嚥下(えんげ)障害を持つ子どもの母親たちが、誰もが食をより楽しめる世界を目指して活動を展開している。コミュニティ活動の「スナック都ろ美(とろみ)」である。本格的な活動を始めたのは2020年から。活動の主軸は、当事者とその家族同士のコミュニケーションを促進させることである。子どものケアで心理的な負担が高まりがちな家族をつなぎ、ケアに役立つ情報やノウハウの交換を促す。これにより当事者および家族のQOL(生活の質)向上を目指す。
「スナック都ろ美(とろみ)」はこれまでにオンラインイベントを複数回実施しており、11月には嚥下障害の専門医師を招いたオンライン勉強会を開催する予定だ。一連の活動には日本財団による助成も受けている。
コミュニティの名称である「都ろ美」は、嚥下障害対応食にかかせない「とろみ」にちなむ。神経系の病気や障害、あるいは高齢化などで食べ物がうまく飲み込めない、つまり嚥下の能力が低下している場合、適度なとろみがあり、かつつるんとした食感のほうが望ましい。ほかにも口の中でのまとまり感ができ、パサつかず、さらさらしすぎない工夫が求められる。これらの工夫により食べ物が喉を適切なスピードで通過しやすくなり、誤嚥(ごえん)のリスクが減る。
スナック都ろ美の“ママ”、つまり中心メンバーの1人である加藤さくらさんは、スナックという立て付けにした趣旨と狙いを次のように語る。「コンセプトは街角のスナックそのもの。障害や病気を持つお子さんがいる家庭の親たちが、自分たちの悩みや困りごとをシェアしながら、同じ目線で相談に乗り、解決策をみんなで見いだしていける。そのような気軽でほっとする、“ゆるい”雰囲気の場にしたかった」。
スナック都ろ美ではこれに加えて、家族同士の対話から得られた情報や意見を集約し、嚥下に配慮した食品や嚥下を助ける商品、あるいはサービスのアイデアをまとめ、企業に提案する活動を進めている。特に食品については「インクルーシブフード」と銘打ち、健常者、障害者、高齢者といった違いを意識せず、柔らかな口中感覚を楽しめる食のスタイルとして情報発信していく意向だ。スナック都ろ美の活動に関心を持ち、新商品の共同企画を進めようとする企業も出てきたという。
ママを務める加藤さくらさんと永峰玲子さんの2人に、健常者も含めて家族みんなで楽しめるインクルーシブフードのポイントを聞きながら、超高齢社会ひいてはSDGs(持続可能な開発目標)の時代に求められる食の在り方を垣間見る。
イベントの盛り上がりを経て継続的な活動に
スナック都ろ美が初めてオープンしたのは2019年8月のこと。永峰さんの子どもが通う特別支援学校、東京都立府中けやきの森学園で行われた「特特祭(とくとくさい)」内の催し物としてスタートした。
この特特祭は、「特別支援学校に通う子どもと家族が『特別おもしろい未来』を見いだせるようなヒントを提供する」ことを掲げたイベント。企画立案に加わっていた永峰さんは、「特別支援学校はどうしても一般社会とは縁遠くなりがち。そこで、1つの特別支援学校、あるいは特別支援学校という枠にとらわれず、企業なども巻き込みながら、オープンで楽しい、未来志向のお祭りにしようと考えた」とその趣旨を語る。
ミズノやユナイテッドアローズなど、インクルーシブデザインに関心を持つ複数の企業や団体の協力も得た。インクルーシブデザインとは、高齢者や障害者など平均的ではないユーザーを取り込むことで、革新的な企画を狙う手法のこと。新しい車椅子のトレンドを「特別おもしろい乗り物」として紹介するブースや、身体機能を求められない「ゆるスポーツ」を体験できる「特別おもしろいスポーツ」ブース、さらにはファッションやディスコまで、多様なブースや企画を用意した。
こうした工夫がヒットし、300枚のチケットは発売開始後、約半日で売り切れた。当日はヘルパーを含めて約500人が来場。永峰さんは「皆さんの多くは自家用車で来られるので、当日は駐車スペースの整理に非常に苦労した」と明かす。
その特特祭の催し物として提示したのが、前述のスナック都ろ美。「ユニバーサルスナック」を掲げたスナック都ろ美では、「にぎらな寿司」など嚥下機能に配慮した新型フードの試食や、とろみ調理器(自動販売機運営大手のアペックス製)を使ったとろみ付きのドリンクを提供した(にぎらな寿司については後述)。提供した食事は、子どもたちが顔をほころばせたのはもちろん、家族もおしなべて美味しいと口にしたという。
加藤さんと永峰さんは特特祭とスナック都ろ美ブースでの体験を通じて、「お互いの苦労や悩みに共感しつつも、深刻になりすぎずに、病気や障害との付き合い方や、社会を前向きに変える方法を楽しく考えていくことの大切さを実感した」と口をそろえる。
スナック都ろ美というゆるいコンセプトが好評だったこともあり、特特祭からスピンアウトさせて、活動を継続させることになった。
スナック都ろ美から探る、インクルーシブな食文化
現在、スナック都ろ美の中心メンバーは、加藤さんと永峰さんを含めて6人。オンラインミーティングを通じて情報交換の機会を持ちつつ、イベントや勉強会を実施している。
既にいくつかのオンラインイベントをスタートさせている。7月からは月に2回、オンラインミーティング機能を使って家族横断的に夕食タイムを過ごす企画、「バーチャル大家族 みんなでいただきます」を実施中。9月には嚥下障害対応のおやつを楽しむオンラインイベント「スナック都ろ美 de むせないおやつタイム」を開催した。
むせないおやつタイムを開催するに当たっては、嚥下に配慮した「むせないケーキ」を製造・販売しているカフェ、カムリエ(東京都文京区)の協力を得た。参加者には事前にカムリエのケーキのアソートセットを送付。ケーキを食べつつ、カムリエ店長である志水香代氏による嚥下に配慮したレシピのレクチャーを受けながら、参加者同士で意見交換や情報交換を実施した。
11月14日には、摂食嚥下障害を専門とする歯科医師で東京医科歯科大学教授の戸原玄氏を招いた質問会「嚥下障害について気軽に質問できちゃう会」を開催する予定だ。加藤さんは「従来型の勉強会のような堅い形態にせず、気軽に参加しつつも有用な情報が得られるスタイルにした」と語る。
ママおすすめ、家族全員で楽しめる嚥下障害対応フード
ここからはスナック都ろ美のママ、加藤さんと永峰さんが勧める「インクルーシブフード」の例を2点、紹介しよう。
■「にぎらな寿司」
加藤さんと永峰さんがまず推薦したのは、この「にぎらな寿司」。医療・介護・福祉・保育事業を展開するさわらびグループが開発したレシピで、高齢者が好む寿司を、嚥下障害がある人でも食べられるようにしたもの。具材や酢飯、薬味などの構成要素が軟らかいムース状になっており、スプーンに盛り付けられている。まさに名前の通りのにぎらな寿司である。
食べる人の健康状態に合わせて、具材の種類や量、味付け、軟らかさ、あるいは加熱・非加熱などを選択することが可能だという。スプーンに盛り付けているので箸が持ちにくい人でも食べやすいこともポイントだ。
最大のポイントは「分子調理」のメソッドを適用したところにある。分子調理とは、食材や調理を物性レベルから捉える方法論。味や調理に科学的にアプローチすることで、味の再現性を高められるなど様々な効果が見込める。
口に入れるとまさに寿司の味。加藤さんらは先述した特特祭でのデモで試食した。「食感は従来の寿司とは異なるが、味は寿司そのもの。(嚥下障害がある)娘が6貫も食べていた。私自身も美味しく食べた。家族全員で同じものが食べられるというのは、とても重要」(加藤さん)。
さわらびグループのCEO/DEOを務める山本左近氏は、「食は人生の基本。ご高齢になり嚥下機能が低下した方々にも、美味しいものを食べていただきたい。このような思いが、にぎらな寿司の開発を始めた出発点だった」と語る。また、「健常者の方々でも普通に美味しいと思っていただけるものにすることについては、特にこだわった」(山本氏)という。
同グループではにぎらな寿司を「記念日用介護食」と位置づけ、主に同グループが運営する介護施設などで、誕生日などの特別メニューとして提供している。今後はにぎらな寿司で得たノウハウを、グループ内で提供する日常的な献立や、パスタやハンバーガーなどに応用する可能性を探っていくという。
■カムリエの「むせないケーキ」
次に加藤さんと永峰さんが推薦したのは、先述したカムリエの「むせないケーキ」。パティシエの辻口博啓氏が歯科医療の専門家と共に開発したこのケーキは、クリームやスポンジなどケーキの主要な構成要素に工夫を凝らし、口の中で適度なまとまり感やとろみが形成されるようにした。これにより、食べやすさ、飲み込みやすさを高めたという。
先のにぎらな寿司と同様、家族で同じものを楽しめることがポイントだ。永峰さんは「嚥下障害を持つ子どもの親は、子どもだけに嚥下食を食べさせて、自分たちは普通の食を食べることについて、罪悪感を抱く傾向がある。カムリエのケーキなら、子どもと一緒にスイーツタイムを体験できる」と感想を述べる。
カムリエの店長でパティシエの志水香代氏は、「お口の機能が低下している人でも、やはりお祝いのときには家族や親しい人と一緒に同じスイーツが食べたいと思われるはず。そのような楽しいひとときに利用していただければ」と語る。
カムリエは歯科医療メーカーのジーシーがプロデュースしている。なおカムリエでは嚥下機能に配慮した食事の料理教室や食育セミナーなども提供している。
“スナック”に持ち寄られた意見をアイデアとして提示
永峰さんは、このほか大手外食チェーン・サイゼリヤのメニューである「ミラノ風ドリア」も重宝していると話す。ドリアを子どもと自分の分のそれぞれを頼んだ上で、子どものドリアにはお冷やの氷を数個入れて、軟らかくしながら食べさせているという。
「嚥下障害の子どもを持つ母親と話していて共通するのは、食事にかける手間のこと。食べさせていたら1日が終わった、というほどに時間がかかることもままある。外食店でこのようなメニューがあると、食べさせる手間が軽減できて非常にありがたい。スナック都ろ美では、このようなちょっとした情報を交換している」(永峰さん)
スナック都ろ美では今後「インクルーシブフード」と「誰もが外食を楽しめる世界」を掲げ、嚥下障害のある・なしに関わらず楽しめる食品およびレシピの開発と普及を目指していく。
ある大手外食チェーンはスナック都ろ美が掲げるインクルーシブフードの概念に興味を示しており、商品開発プロジェクトの目玉として嚥下に配慮したラインアップを組み込めないか検討中という。また、大手旅行会社に対しては嚥下障害のある子どもや高齢者が家族と一緒に旅行できる“インクルーシブツアー”の企画を提案している。
活動の発端について加藤さんは「(嚥下障害をもつ子どもを持った)私たちも、普通に外出や旅が楽しめる世の中を作りたいという思いが原点だった」と説明する。また「超高齢社会を迎えようとする中、嚥下機能に配慮した食品やレストランが増えれば、社会全体にチャンスが増えるのではないか」と見る。
嚥下に配慮が必要な高齢者でも安心して外出できる環境が整えば、経済はもちろん健康増進にもプラスに働く。また、嚥下障害を持つ子どもが積極的に食べられる食事は、高齢者はもちろん、離乳食として、あるいはファスティングダイエットの回復食としても転用できそうだ。
「にぎらな寿司も、むせないケーキも、普通に美味しいし食感が楽しい。スナック都ろ美としては、街角でおしゃれな食事としてインクルーシブフードが売られるようになるのが理想だ。普通の人が食べるものとして普及することで、障害や病気に対する理解が自然に広がっていくのではないか」(加藤さん)
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