複数の営業先を回るセールスマンは移動距離をなるべく短くしたいと考えるもの。地図を広げて複数の行くべき場所をポイントし、より短い距離で一筆書きする。簡単なようで実はこれ、ものすごく難しい数学的な脳みそが必要だ。世にいう「巡回セールスマン問題」である。数字音痴を震え上がらせる難問として知られるが、介護現場でも日夜この問題と格闘している人がいる。デイサービスなどの利用者を送り迎えする送迎業務に携わる方々だ。そんな彼らの苦労を一挙解決するかもしれない凄腕アイテム「GeoRouterCare」が、2019年10月に登場した。開発者の湯浅剛氏に話を聞く。

ジオインフォシステムの湯浅氏(写真:末並 俊司、以下同)

 「Aさんのご自宅のまわりは道が狭いので軽自動車しか行けないけど、途中でBさんとCさんをピックアップしなきゃいけないんですよね」

 「でもBさんは車いすだから、トランクが大きめでないとなぁ。となると、ちょっと大きな車がいいんだけど、それだとAさんに大通りまで歩いてもらわないとダメだし……」

 デイサービスの事業所などで日常的に交わされているこうしたやり取り。利用者が数人で、みなさんご近所であればピストン輸送でもなんとかなる。しかし、規模の大きなところであれば、日に100人を超える利用者を抱える事業所もある。これを限られた数のスタッフと車で送迎するわけだ。

 もちろん、全ての方に送り迎えが必要なわけではない。ご家族が連れてくる利用者もいるだろうし、公共の交通機関を使って自分で行き帰りする方もいる。

 ところが「昨日転んでしまって、急遽お迎えが必要なんです」といった要望も入る。送迎を担うスタッフは日々気が抜けない。

 ジオインフォシステム(富山県富山市)の湯浅剛代表が語る。

 「送迎の計画から実際の送り迎えまでが、1日の作業の約3割になるという事業所もあるようです。これを圧縮できれば、他の業務を行う時間が増えて、ご利用者の幸福につながる」

 同社は機械学習などの技術を使い、様々な情報を「見える化」する製品づくりに取り組んでいる。なかでも、地図の情報を読み解き、より便利な利用法を提案するという分野では知られた会社だ。

 「例えば営業先がA~Tまで20軒あるとして、これの最適コースを割り出すとします。最も正確なのは、全てのコースをちくいち数え上げ、そこから最適なものをピックアップするという方法。ただこのやりかただと、AからB、AからC、AからDなどと全てのコースを検討しなければならない。営業先が20ですから、数学的にいうと検討すべきは19の階乗になります。コースの数は120京を超えます。京ですよ。兆の次です。とても現実的じゃない」(湯浅氏、以下「」は全て同じ)

機械学習で最適を選び出す

 そこで登場するのが機械学習。人間もかなわない囲碁ソフトなどはこの技術が使われている。

 「例えばコンピューターにいろいろな写真を見せて、そのなかから猫を選ばせるとします。そのためには『猫とはどういう動物なのか』をコンピューターに学習させなければならない。最初は『ヒゲがある』とか『毛がモサモサしている』とか、猫の特徴を覚えさせます。

 こうした条件を手がかりにまずはコンピューターに選ばせる。でも最初は間違えます。犬やネズミを選んでくるかもしれない。そこで『これは違うよ』と間違いを指摘するのです。これを繰り返したあとに機械同士で『強化学習』させ、精度を高めていくわけです。地図の最適ルートも基本的にはこの技術を使います」

 同社がコンピューターによる配送計画のサービスを始めたのは2008年のこと。富山市内にある生協の「悩み」がきっかけだった。かつて生協は、会員制の宅配サービスが事業の大きな柱となっていた。地域ごとに会員グループで品物を一括注文し、定期的に配達するサービスだ。

 ただ、時代は変わり、共働き家庭が増加し、昼間の時間帯に自宅に人がいないといったことも増えてきた。また、近所にひと通り揃うスパーマーケットができるなど、社会のお買い物事情が変化してきた。そうしたこともあって、会員の出入りが激しくなり、おかげでルート配送がより複雑になってきたのだった。以前は住宅地図を広げてコースを検討していたというが、それでは追いつかなくなってしまった。

 そうした悩みを知った湯浅氏がコンピューター上でコースを瞬時に割り出すシステムの研究を始めた。

 「今では電力会社さんにも使っていただいています。各地にある鉄塔のメンテナンスのためのコース作りなのですが、これも広範囲に複数の鉄塔があるので、人力で最適コースを割り出すのは難しい。私どものシステムを使えば手間と時間が大きく圧縮できます」

利用者それぞれの細かな条件に対応

 住宅街の入り組んだ狭い道。日々変わる利用者の状況。車いすの要・不要。歩行器の要・不要……などなど。介護施設の送り迎えでは考慮しなければならない事柄が一般的な送迎に比べて格段に多い。

 そこでジオインフォシステムが開発したのが「GeoRouterCare」だ。利用者ごとの細かい条件を事前に登録することで、日々の諸々の条件をシュミレーションし、最適コースを瞬時に割り出してくれる。

「GeoRouterCare」のデモ画面。利用者の氏名・住所などの条件をあらかじめ入力する(画面の氏名や住所などはダミー)

 「例えば、『助手席は不可』という方もいらっしゃいます。そのような条件も登録可能です」

 バンやワゴン車などの場合、1列目の座席、つまり運転席と助手席は後部座席に比べて乗り口が高くなっている。高齢になり、足元に不安がでてきたために、前列シートの高さまで登れないといった悩みも生じる。

 また逆に「前方が見えていないと不安を覚えるので」と助手席のみ希望する方もいる。GeoRouterCareはそうした、まさにかゆいところに手が届く条件にも対応可能だ。送り迎えの希望時間。施設にある車の台数。その車種。送迎車の利用車定員数。車いす座席の数。歩行器の積み込み可能数。助手席希望・忌避──。

 そしてユニークなのが「同乗制限」という条件だ。

「感情」にまで目を配る

 介護の現場を取材しているとよく耳にするのが「AさんはBさんとあまり仲がよくないから。食事のときのテーブルは離してください」といった指示だ。人間は年齢を重ねていくうちにまるく穏やかになり、どんな人ともうまく関係を築く知恵を身につける……と思いがちだが、現実はさにあらず。

 歳を取るにしたがって頑固になっていく人もけっこう多い。そうでなくても、人間誰しも「苦手な人」はいるものだ。そのような場合のために、GeoRouterCareには条件設定の欄に「同乗制限」という項目が用意されている。

 「ここばかり大きく取り上げられるのは本意ではないのですが」と苦笑しつつ、湯浅氏は次のように説明してくれた。

 「例えばAさんという方がいらっしゃったとして、この方がFさんとうまくやっていけない場合は、Aさんの『同乗制限』の部分のFさんの番号を記入するわけです。こうすることで、AさんとFさんが同じクルマに乗らなくてすむようにシミュレーションしてくれるということ」

GeoRouterCareのデモ画面。条件は一度入力すれば シュミレーションごとに反映されるし、随時変更も可能

 特定の施設に長年勤務し、利用者の特性や住んでいる場所、地域の交通量、道の広さなどを把握しているベテランであれば、最適ルートを提示するのにさほど時間を使わないだろう。しかし、ベテラン職員が毎日いるとは限らない。テクノロジーの力を借りることで埋められる穴であればどんどん埋めていきたいものだ。

 同社はGeoRouterCareの簡易版とも言えるサービス「ぐるっと」を無料で提供している。旅先などで効率よく観光地を回りたい場合などに便利だ。

「ぐるっと」のデモ画面

 パソコンやスマホから登録したのち、Excelファイルなどを元に「施設名」「住所」「滞在時間」を登録すれば最大10件まで無料で最良の一筆書きコースを作り出してくれる。興味のある方は試してみるといいだろう。

 地図は情報の宝庫だ。これがなければ社会が成り立たないといっても言い過ぎではないだろう。ただ、誰もが最大限活用できているかとなると疑問だ。GeoRouterCareは、地図にその他の情報を注ぎ込むことで、全く新しく、そして有意義な使い方を提示してくれる。

 介護と地図は意外な組み合わせだが、こうした視点が未来の地図を書き換える手がかりになりそうだ。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)