8割の精度で超早期のがんを診断

 研究では、凍結便をメタボローム解析にかけることで、大腸がんの段階ごとに腸内細菌による代謝物質がどう変動するかについても調べた。その結果、多発腺腫の段階では胆汁酸の一つであるデオキシコール酸が腸内に増えていることが明らかになった。

 「デオキシコール酸は肉食で増える物質で、30~40年も前から発がん物質ではないかと指摘されていた。大腸がんになる手前の多発腺腫の段階で増加していることから、やはり発がんとの関係が強く疑われる」と谷内田教授。また、粘膜内がんの段階ではイソロイシンやグリシンなどのアミノ酸が健康な人より増加していることもわかった。腸内のアミノ酸も大腸がんの進行と共に変動するわけだ。

大腸がんの進行に伴う腸内環境の変動
大腸がんは腺腫(ポリープ)から粘膜内がん(ステージ0)、比較的早期のがん(ステージⅠ・Ⅱ)、進行がん(ステージⅢ・Ⅳ)へと段階的に進んでいく。各段階で優勢となる主な腸内細菌や代謝物質は図のように変動する。今回の研究では、ごく初期の段階でのみ増える細菌と代謝物質が初めて特定された。谷内田教授と東京工業大学生命理工学院の山田拓司准教授、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの柴田龍弘教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授らの共同研究(図:Nature Medicine Vol.25 June 2019 968-976を基にBeyond Healthが作成)

 現在、大腸がん検診では便潜血検査を行い、陽性の場合は大腸内視鏡検査で詳しく調べることになっている。「ただし、大腸がんから腸管に出血して便に血液が混じるようになるのは、大腸がんがある程度進行してから。多発腺腫や粘膜内がんの場合は出血や腸管の狭窄が起こらないため、便潜血検査ではまず引っかからない。だからこそ、今回の研究結果に大きな意義がある」と谷内田教授。がんになる前の病変や超早期の大腸がんを見つけることが可能になるからだ。この段階で発見できれば、大腸内視鏡で切除して治すことができる。

谷内田 真一(やちだ・しんいち)
1969年京都府生まれ。1994年、鳥取大学医学部医学科卒業。1998年、香川医科大学大学院修了。国立がんセンター中央病院外科レジデント、香川医科大学医学部第一外科学内講師を務めた後、米国・ジョンズホプキンス医学研究所に博士研究員として留学。帰国後は国立がん研究センター研究所ユニット長、香川大学医学部消化器外科特任准教授などを経て、2017年から大阪大学大学院医学系研究科ゲノム生物学講座・がんゲノム情報学教授。日本消化器外科学会・消化器外科指導医。日本医師会医学研究奨励賞、日本消化器癌発生学会田原賞、日本癌学会学術賞JCA-Mauvernay Awardなどを受賞(写真:今 紀之)

 谷内田教授らは、今回の研究結果を基に便から粘膜内がんを診断する技術も開発した。「便からDNAを抽出し、全ゲノムショットガンシークエンス法で細菌由来遺伝子を調べる。さらにいくつかの細菌種と代謝物質も組み合わせて機械学習することで、8割近い精度で粘膜内がんを診断できることがわかった。この技術は現在、ライセンスアウトを検討しているところ。数年後には実用化され、人間ドックなどで利用できるようになると期待している。大腸内視鏡検査が日本ほど頻繁に行われていない欧米での市場が大きいようだ」と谷内田教授は話す。