大腸がんは、日本で一番多いがん。男女合わせた罹患数は第1位で、死亡数は肺がんに次ぐ第2位。女性に限ると、がん死のトップに位置する。大腸がんが増えている主原因は食生活の欧米化だといわれるが、そもそも食生活が変わるとなぜ大腸がんが増えるのか。近年、それを解明する鍵として注目されているのが腸内細菌だ。

大阪大学大学院医学系研究科がんゲノム情報学教室の谷内田真一教授らは、メタゲノム解析とメタボローム解析を用いて超早期の大腸がんに関わる腸内細菌を突き止めた。さらに腸内細菌やその遺伝子配列と代謝物質などを組み合わせて解析することで、8割近い感度でごく初期の粘膜内がんの診断も可能になるという。近い将来には、便検査による大腸がんの超早期発見が可能になりそうだ。また、健康なうちから大腸がんができにくい腸内細菌叢に整えることで、大腸がんの発症予防も可能になると期待される。日本で一番多いがんを減らす切り札になるか──。

 私たちの腸内には約1000種類、40兆個、重さにして1k~1.5kgの腸内細菌が存在している。ヒトの全細胞数は約37兆個といわれるが、それを上回る多さだ。この膨大な数の腸内細菌がさまざまな病気と密接に関係していることが近年、明らかになってきた。もちろん、大腸がんも例外ではない。谷内田教授は次のように語る。

 「大腸がんの研究において腸内細菌が一躍注目されるようになったのは、2012年のこと。歯周病の原因菌として知られるフソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)が大腸がん患者の便中に多く存在することが報告され、腸内細菌と大腸がんがひもづくブレークスルーとなった。欧州や米国などでは2008年頃から国を超えた研究プロジェクトを立ち上げ、ヒトの腸内細菌のメタゲノム解析に熱心に取り組んできた。一方、当時の日本では個々の研究者が細々と研究を続けている状況で、完全に出遅れていた」

がんの多段階発がんについて説明する谷内田教授
大腸がんは腺腫(ポリープ)、粘膜内がん、早期がん、進行がんへと多段階で進行する。この「多段階発がん」説を提唱したのが、米国・ジョンズホプキンス大学のバート・フォーゲルシュタイン教授。谷内田教授の留学時代の恩師でもある(写真:今 紀之)

 そんななか、谷内田教授らが2014年から始めたのが、大腸がんの進行段階に応じて腸内環境がどう変化するかを調べる研究。谷内田教授が当時在籍していた国立がん研究センター研究所、東京工業大学生命理工学院、東京大学医科学研究所、慶應義塾大学先端生命科学研究所などとの共同研究で、その結果は2019年6月、米国の医学誌「ネイチャー・メディスン」に掲載された。

大腸がんの進行段階で、増える腸内細菌の種類が異なる

 研究の対象となったのは、国立がん研究センター中央病院で大腸内視鏡検査を受けた616人。内訳は、大腸がんと診断された患者365人と大腸がんではないと診断された健常者251人。ヒトの腸内細菌の研究でこれだけの規模のものは他に類を見ないという。全員が大腸内視鏡検査に加え、食事など475項目にわたる詳細な生活習慣アンケートにも回答。さらに、採取した凍結便を次世代シーケンサーでメタゲノム解析を行った。

 その結果、大腸がんの進行段階によって腸内に増える細菌が異なることが判明した。「これまでの研究では、フソバクテリウム・ヌクレアタムやペプトストレプトコッカス・ストマティス(Peptostreptococcus stomatis)などの嫌気性菌が増えることがわかっていたが、これらはどれも進行大腸がんで増加する腸内細菌。今回の我々の研究では、進行がんではなく、前がん病変である多発腺腫(ポリープ)やごく初期の粘膜内がん(ステージ0)でのみ増える細菌が初めて明らかになった」(谷内田教授)。

 その細菌がアトポビウム・パルブルム(Atopobium parvulum)とアクチノマイセス・オドントリティカス(Actinomyces odontolyticus)だ。もともと口の中に多く存在する細菌だという。下のグラフのように、アトポビウム・パルブルムは多発腺腫と粘膜内がんの段階で健康な人よりも明らかに増えている。アクチノマイセス・オドントリティカスは粘膜内がんで増加している。これらの細菌は大腸がんが進行すると減少しており、超早期にのみ増える細菌だということもわかった。

発がん早期でのみ増える腸内細菌が判明
健常者、多発腺腫、粘膜内がん(ステージ0)、大腸がんステージⅠ・Ⅱ、ステージⅢ・Ⅳの患者、合計616人の凍結便に含まれる細菌をメタゲノム解析で調べた。その結果、前がん病変である多発腺腫ではアトポビウム・パルブルムが、粘膜内がんではアトポビウム・パルブルムとアクチノマイセス・オドントリティカスが統計学上有意に増加していた。これらは大腸がんが進行すると減少に転じた。+印は統計学的な有意差を表す(谷内田教授の資料を基にBeyond Healthが作成)

 「進行大腸がんになるとフソバクテリウム・ヌクレアタムなどの嫌気性菌が爆発的に増加するため、アトポビウム・パルブルムなどの細菌は生息しづらい腸内環境になるのだろう」と谷内田教授は推測する。他にも善玉菌として知られるビフィズス菌も粘膜内がんの段階で減少。また、大腸炎などを抑える有用物質として近年注目されている酪酸を産生する細菌も、粘膜内がんの段階から進行大腸がんに至るまで減っていたという。大腸がんの進行に伴って腸内環境が悪化していくわけだ。

8割の精度で超早期のがんを診断

 研究では、凍結便をメタボローム解析にかけることで、大腸がんの段階ごとに腸内細菌による代謝物質がどう変動するかについても調べた。その結果、多発腺腫の段階では胆汁酸の一つであるデオキシコール酸が腸内に増えていることが明らかになった。

 「デオキシコール酸は肉食で増える物質で、30~40年も前から発がん物質ではないかと指摘されていた。大腸がんになる手前の多発腺腫の段階で増加していることから、やはり発がんとの関係が強く疑われる」と谷内田教授。また、粘膜内がんの段階ではイソロイシンやグリシンなどのアミノ酸が健康な人より増加していることもわかった。腸内のアミノ酸も大腸がんの進行と共に変動するわけだ。

大腸がんの進行に伴う腸内環境の変動
大腸がんは腺腫(ポリープ)から粘膜内がん(ステージ0)、比較的早期のがん(ステージⅠ・Ⅱ)、進行がん(ステージⅢ・Ⅳ)へと段階的に進んでいく。各段階で優勢となる主な腸内細菌や代謝物質は図のように変動する。今回の研究では、ごく初期の段階でのみ増える細菌と代謝物質が初めて特定された。谷内田教授と東京工業大学生命理工学院の山田拓司准教授、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの柴田龍弘教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授らの共同研究(図:Nature Medicine Vol.25 June 2019 968-976を基にBeyond Healthが作成)

 現在、大腸がん検診では便潜血検査を行い、陽性の場合は大腸内視鏡検査で詳しく調べることになっている。「ただし、大腸がんから腸管に出血して便に血液が混じるようになるのは、大腸がんがある程度進行してから。多発腺腫や粘膜内がんの場合は出血や腸管の狭窄が起こらないため、便潜血検査ではまず引っかからない。だからこそ、今回の研究結果に大きな意義がある」と谷内田教授。がんになる前の病変や超早期の大腸がんを見つけることが可能になるからだ。この段階で発見できれば、大腸内視鏡で切除して治すことができる。

谷内田 真一(やちだ・しんいち)
1969年京都府生まれ。1994年、鳥取大学医学部医学科卒業。1998年、香川医科大学大学院修了。国立がんセンター中央病院外科レジデント、香川医科大学医学部第一外科学内講師を務めた後、米国・ジョンズホプキンス医学研究所に博士研究員として留学。帰国後は国立がん研究センター研究所ユニット長、香川大学医学部消化器外科特任准教授などを経て、2017年から大阪大学大学院医学系研究科ゲノム生物学講座・がんゲノム情報学教授。日本消化器外科学会・消化器外科指導医。日本医師会医学研究奨励賞、日本消化器癌発生学会田原賞、日本癌学会学術賞JCA-Mauvernay Awardなどを受賞(写真:今 紀之)

 谷内田教授らは、今回の研究結果を基に便から粘膜内がんを診断する技術も開発した。「便からDNAを抽出し、全ゲノムショットガンシークエンス法で細菌由来遺伝子を調べる。さらにいくつかの細菌種と代謝物質も組み合わせて機械学習することで、8割近い精度で粘膜内がんを診断できることがわかった。この技術は現在、ライセンスアウトを検討しているところ。数年後には実用化され、人間ドックなどで利用できるようになると期待している。大腸内視鏡検査が日本ほど頻繁に行われていない欧米での市場が大きいようだ」と谷内田教授は話す。

発症前に細菌叢の変化をつかみ予防へ

 超早期診断法の実用化が待たれる一方で、谷内田教授は今後ぜひ取り組みたいことが2つあるという。一つは、大腸がんの進行に伴ってなぜ腸内細菌が変動するのか、その理由を突き止めること。もう一つは今回の研究成果をいかに大腸がん予防につなげていくか、だという。

 まずは一つめ、大腸がんの進行段階で腸内細菌が変わっていくのはなぜなのか。それは“原因”なのか、“結果”なのか。「進行大腸がんの場合は、がんが大きくなることで腸管が狭窄して便の流れが悪くなり、フソバクテリウム・ヌクレアタムなどの嫌気性菌が増えやすい腸内環境になると考えられるので、がんが進行した“結果”だと推測できる。

しかし、腺腫と粘膜内がんの場合はせいぜい1cm程度の大きさなので、進行大腸がんのような狭窄は起こらない。だから、こちらは結果ではなく、“原因”の可能性が高いと考えている。つまり、アトポビウム・パルブルムなどの細菌が増えるような腸内環境になると大腸がんが発症しやすくなるのではないか、と。今後は動物実験や被験者の追跡調査を行って、因果関係を明らかにしていきたい」。

 こう語る谷内田教授の研究室には現在、3000人以上の凍結便がマイナス80℃の超低温冷蔵庫に保存されている。「これだけの数のストックは世界最大規模。研究者にとってはまさに宝」と谷内田教授は顔をほころばす。

超低温冷蔵庫の中には3000人以上の凍結便が保存されている。研究の基になる貴重なサンプルだ(写真:今 紀之)

 そして、もう一つが大腸がん予防。実はこれこそが谷内田教授の最大の目標なのだという。「今回の研究では食生活についての詳細なアンケート調査も実施しているから、食事と腸内細菌叢との相関も調べられる。どんな腸内細菌が増えると大腸がんのリスクが上がるのか、そのような腸内環境はどのような食生活と関係しているのか。さらには、どんな食生活にすればリスクが下がるのか。それらを明らかにすることで大腸がんの予防や先制医療につなげていきたい。

 例えば“フローラ外来”のような場で、エビデンスに基づいた栄養指導を行うという手もあるだろう。治すより、ならないようにすることが、医師として研究者としての夢。夢を叶えられるよう、これからもコツコツ努力していきたい」と谷内田教授は熱く語る。

和室に改造した教授室では、「夢」と書かれた掛け軸が床の間を飾る(写真:今 紀之)

(タイトル部のImage:谷内田教授提供資料、Nature Medicine Vol.25 June 2019 968-976 にも掲載されている)