「清掃車と介護のノウハウをミックスしたプロジェクト」。これだけ聞いても、それが何を生み出すのか皆目見当がつかない。ごみ収集の清掃車が目となり、認知症の症状のために街を徘徊している人を助けようというのが同プロジェクトの概要だ。他業種と手を結ぶ事で介護士のノウハウを街全体に広げようとするこの試みは、高齢化社会に向けた多くのヒントを含んでいる。

次々と出発していくパッカー車(写真:末並 俊司)
次々と出発していくパッカー車(写真:末並 俊司)
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 栃木県下野市の有限会社国分寺産業。地域で3代続く廃棄物処理会社だ。ゴミ回収や浄化槽の保守点検など、地域の美化における縁の下の力持ちである。2021年11月15日、ここを起点に「ふくろうプロジェクト」が始動した。

 午前8時半、プロジェクトのステッカーが貼られたパッカー車(いわゆるゴミ収集車)がそれぞれの回収コースに向け、次々と出発していく。同プロジェクトの呼びかけ人、ステイゴールドカンパニーの横木淳平代表はこう語る。

 「今日からこのパッカー車が街の目になって人の命を救うことになるかもしれないんです」

 人が生活すればゴミが出る。地域ごとに設置された集積所を回収業車は隈なく巡る。国分寺産業代表の田村友輝さんが説明する。

 「ゴミの集積所は、人の住む場所に満遍なく用意されています。これを一つひとつ漏れなく回るわけですから、実は我々清掃業車は街のことを本当に隅々まで知っているんです」

 ふくろうプロジェクトは、国分寺産業のパッカー車やし尿処理の車両などを運転する同社のスタッフが街の目となり、地域の安全を守る試みだ。

 廃棄物収集のために街中を走り回る最中、認知症などの症状で迷子になっているような、つまり保護が必要な人を見きわめ、然るべき場所に報告するのである。

人の足元を見るプロジェクト

 田村さんが説明する。

 「我々は毎日のように同じ場所を走っているわけですから、ちょっとした異変に気がつきやすい。毎日この場所で見かけるおじさん、今日はいないなとか、これまで私も業務中に、酔っ払って畑にうつ伏せて寝ている人を救助したこともあります」

 しかし、認知症のために迷子になった人がいたとして、素人にそれを見分けることが可能なのだろうか?

ステイゴールドカンパニー代表の横木淳平さん(写真:末並 俊司)
ステイゴールドカンパニー代表の横木淳平さん(写真:末並 俊司)
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 「ちょっとしたコツさえ掴めば簡単なんです」

 そう語るのは前出の横木淳平さんだ。そもそも横木さんは長く介護施設に勤務し、その後栃木県の下野市に介護付き有料老人ホーム「あらた」を立ち上げた人物だ。認知症についてのエキスパートである。

 「まず足元を見るんです」

 どういうことなのだろうか。

 「今年のはじめに飲食関係の仕事をしている知人と『職業病ってあるよね』みたいな話をする機会があって、そのときに、『僕は、街を歩いてるお年寄りの履き物をみちゃうんですよね』という話をしたんです。室内用のスリッパのまま道路を歩いているとか、裸足ででかけているとか、そうしたお年寄りってかなり高い確率で認知症を患っているんです」(横木さん)

 履き物と認知症、その関係を横木さんは次のように解説する。

 「散歩、買い物、人は出かけるときに、TPOに応じた履き物を選びます。ところが認知症が悪化するとそうしたところに斟酌できなくなってしまいがちです。まず『出かけたい』という気持ちが先にたち、履き物をTPOに合わせるところまで気がまらないのです」(横木さん)

 室内用のスリッパで表を歩いている。雪が降っているのにサンダルで出かけている。左右違う靴。裸足まま歩いている、など足元が「ちょっと変だな」と感じられる高齢者に声をかけて、受け答えがチグハグな場合は役所の高齢福祉課に連絡を入れて保護を依頼する。

 人の足元を見る──この方法で横木さんはこれまで何人もの認知症患者を保護した経験があるという。

まず浮かんだのが清掃業者だった

 雑談の中で何気なく口にした言葉が、聞いていた相手を驚かせた。

 「それってすごいノウハウだよ。なるべく多くの人に知ってもらったほうがいいよって、その知人に言われました。自分自身でも『そうかもしれいな』って改めて感じました。その時、最初に浮かんだのが国分寺産業の田村社長の顔だったんです」(横木さん)

 栃木県下野市にある介護付き有料老人ホームあらたの立ち上げから参加し、その後施設長を勤めた横木さんは次のように説明する。

 「あらたのトイレは水洗ではなく、浄化槽を使っています。そのメンテナンスなどで国分寺産業さんとのお付き合いはもともとありましたし、社長の田村さんとは地域の活動で顔を合わせることも多い。お互い地元のために力になりたいという思いもあるし、国分寺産業さんはなにしろ街のことをよく知っていますからね。すぐに資料を作って田村さんにプレゼンしました」(横木さん)

 国分寺産業の田村さんもこう言う。

 「地元の下野新聞を読んでいると『中学生が徘徊老人を保護』みたいな記事がしょっちゅう出てくる。僕ら毎日街なかを走ってますし、たぶんそうしたお年寄りが目に入っているんでしょうけど、意識していないから見過ごしているんだと思うんです。横木さんの話を聞いて、『そうやって見分けるのか』って目から鱗がおちた。すぐにやろう。スタッフを集めて横木さんにレクチャーしてもらい、認知症についての勉強もしました」(田村さん)

国分寺産業代表の田村友輝さん(写真:末並 俊司)
国分寺産業代表の田村友輝さん(写真:末並 俊司)
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マスコットは視野が広いふくろう

 プロジェクトのブランディングを手がけたのは地元栃木をベースに活動するアートディレクターの青栁徹さんだ。

 「ふくろうは首がくるりと180度以上回って、視野が非常に広い。また、知恵の象徴でもあることから街の隅々まで賢く見渡すことができるようにとの想いを込めて、『ふくろうプロジェクト』としました」(青栁さん)

 栃木県の小さな町ではじまったプロジェクトだが、ここだけで終わらせるつもりはないという。横木さんは次のように語る。

 「現在は栃木県を拠点に仕事をしていますが、生まれは隣の茨城県です。学校を卒業後は茨城県の老人保健施設で10年働きました。ここで知り合った人といっしょに栃木県の下野市で6年前に介護付き有料老人ホームあらたを作った。そうした仕事を通して、介護はクリエイティブな仕事だと確信するようになったんです」

ふくろうをデザインしたプロジェクトのステッカー(写真:末並 俊司)
ふくろうをデザインしたプロジェクトのステッカー(写真:末並 俊司)
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目指すのはクリエイティブな介護

 人がその人らしく最期を迎えることができる社会。これを実現させるためには上辺のノウハウを漫然と遂行するだけではままならない。横木さんは続ける。

 「入浴ひとつとっても、ただ漫然と体を洗うだけではなく、リラックスしてもらうためにお風呂に入る。身体の清潔を保つということももちろん大切ですが、お風呂はリラックスしてもらう場所でもある。どうすればよりリラックスさせることができるのか、自分で考える。

 また排泄ケアにしても漫然とオムツ交換だけをするのではなく、相手のプライドを尊重し、そのためにはどういうケアをすればいいのかを考える。考えれば、そこにクリエイティブな要素が生まれる。だから僕は自分のことを介護クリエイターと言っています」

 ふくろうプロジェクトも、認知症のために迷子になり危険に直面する人を少しでも減らすために生まれた、とてもクリエイティブな試みだ。

 「なんでだろう?、という思いがあれば仕事はなんでもクリエイティブになります。介護の仕事は老いて弱っていく人のお世話をするだけ。だからやりがいが感じられない。そんなことを言う方がいます。でも、”なんでだろう”と考えて工夫して、クリエイティブなケアをすればやりがいが見えてくる」(横木さん)

 横木さんは排泄ケアを例に、こんな話をしてくれた。

 「ただ漫然と決められた時間にオムツを替えるだけじゃなく、それぞれの人の様子を観察しながら、尿意便意の兆候を感じ取り、トイレに誘導し便器を使ってもらう。じゃーっと元気な排尿の音を聞く、それだけでやりがいを感じることができるんです。仕事ってそうした毎日の積み重ねなんだと思います」(横木さん)

 介護の現場で培った仕事に対するこうした目線が、地域を見守るふくろうプロジェクトに結びついたのだろう。

 観察し、なんでだろうと考え、方法を見つける。そこにクリエイティブな喜びを見出す。今後の介護に必要な考え方だ。

(タイトル部のImage:末並 俊司)