2017年9月に開設した「イノベーションハブ京都」(以下、IHK)。一刻も早い研究成果の社会実装を目的に、京都大学医学研究科が設立したインキュベーション施設だ。ターゲットは京都大学と関わりのあるメディカルバイオ分野のスタートアップで、入居企業は手厚い支援を受けながら産学連携のオープンイノベーションを加速している。

 開設から約3年が経った2020年11月26日、「京大インキュベーター『IHK』で医療ヘルスケア・イノベーションを起こす! ~超スタートアップの本音2020~」と題したオンラインセミナーが開催された。セミナーではIHKに入居する4社のスタートアップを招き、事業紹介とともに、普段あまり目にすることのないメディカルバイオスタートアップの実情に迫った。

 IHKは京都大学医薬系総合研究棟の3階・4階に位置し、“誰もが容易に起業できる研究環境”をモットーに施設を整備している。3階の共用実験施設「インキュベーションコア・ラボ」には、一般的な生物学実験が可能な設備をそろえ、入居してすぐに実験に取り掛かることができる。例えば起業・資金調達に必要なPoC(概念実証)がほしい研究者、あるいは設立して間もないスタートアップなどが対象となる。

IHKのインキュベーションコア・ラボ(出所:IHK)

 成長ステージに応じて施設を用意しているのがIHKの特徴だ。資金調達を果たしたアーリーステージのスタートアップには個室の「アントレプレナー・ラボ」があり、京都大学が用意する機器設備、支援プログラムを利用できる。また、製薬企業や医療機器メーカーなどとの共同研究施設「アライアンス・ラボ」もある。一方、京都大学内に本社を構えたい企業向けに、デスク1台を貸し出すライトな「スタートアップオフィス」も用意する。

 入居するスタートアップで最も多いのは再生医療・細胞治療関連、続いて創薬、医療機器・分析機器、診断領域となる。とくにアントレプレナー・ラボは開所当時からほぼ100%の入居率となっており、最近では共用タイプのインキュベーションコア・ラボも人気が高いという。

 ハード面のみならず、アクセラレーションプログラムを始めとするソフト面の支援も行なう。代表的プログラムが、2017年から開始した「医療ヘルスケア・イノベーション起業家人材育成プログラム」(HiDEP)だ。臨床現場のニーズを起点とし、企業人、学生、研究者、医師の混成チームがゼロからビジネスアイデアを創出し、プロトタイプまで作成する約4カ月間のプログラムで、学内外の豊富な経験を持つメンターがサポートする。これまでに2社の起業、3件の特許出願と一定の成果が生まれている。今年度は新型コロナウイルス感染症の影響で臨床見学ができず中止となってしまったが、来年度は再開する予定だ。

医療の未来を変える研究が続々、歯の再生から超聴診器まで

 セミナーに登壇したのは順に、トレジェムバイオファーマ、Photo Soni Life Technology、HiLung、AMIの4社。最後のAMIを除く3社は2020年に創業したばかりの生まれたてのスタートアップである。

 1社目のトレジェムバイオファーマは、歯数制御による歯の再生治療薬の開発に挑む。代表取締役を務める喜早ほのか氏は現役の歯科医であり、京都大学医学研究科口腔外科学分野の髙橋克准教授のもと、2008年から歯の再生研究グループで研究を重ねてきた。

トレジェムバイオファーマ 代表取締役 喜早ほのか氏(オンラインセミナーのキャプチャー、以下同)

 同社では、永久歯の次に生える「第3生歯」を作ることで、虫歯や歯周病などによる欠損歯の新たな治療法を確立することを目指している。「ただし、いきなりそこに行き着くのはハードルが高い。そこで、小児疾患の先天性無歯症をターゲットに研究を進めている」(喜早氏)。先天性無歯症は永久歯胚が育たない症状で、現状では義歯の補綴(ほてつ)による治療法しかない。そのため未成年期の栄養確保や成長阻害要因となっており、治療薬が望まれている。

 長年の研究成果で見出したのが、抗USAG-1抗体によってBMPとWntシグナルを増強させ、永久歯胚あるいは第3歯堤から歯の発生を推進させる方法だ。「すでにEDA遺伝子欠損マウスに中和抗体を1回投与し、無歯症が回復することを確認できている。さらに、よりヒトに近い犬、フェレットでも歯が生えることを確認した」(喜早氏)。これを受け、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の難治性疾患実用化研究事業にも採択された。

 短期的なゴールは治療薬となるヒト化抗USAG-1抗体製剤の開発だ。早ければ2030年には先天性無歯症向けに上市したいとしている。その後、2号パイプラインとして部分無歯症向け、3号パイプラインとして後天性の欠損歯の治療薬に適用したい構えだ。喜早氏は「3号パイプラインまで到達すれば、歯科医療を変える可能性がある」と結んだ。

 2社目のPhoto Soni Life Technologyは、光超音波イメージング技術の社会実装を目指す。京都大学大学院医学研究科の椎名毅教授の研究をベースにしたもので、「第4回京都大学インキュベーションプログラム」に採択されている。

 代表取締役の若松知哉氏は「光超音波イメージングは、外部から皮膚への影響を与えない程度のパルスレーザーを照射し、内部から発生する超音波を読み取って可視化する技術」と説明する。同社ではこの技術を応用し、光超音波顕微鏡などを開発している。

Photo Soni Life Technology 代表取締役 若松知哉氏

 「生体のイメージング装置は、これまでさまざまなものが開発されてきた。しかし、X線やMRI装置はコストに加え測定時間がかかり、被ばく、あるいは造影剤といった人体への影響も懸念されている。その点、光超音波イメージングは非侵襲かつ高分解能で到達深度も深いことが特徴。血中酸素飽和度といった機能情報など生体情報の可視化もできる。この技術を使えば血管の異常、あるいは血中の成分といったバイオマーカーをモニタリングして、がんやリウマチ、動脈硬化や脳卒中といった疾患を対象にした予防、早期診断、治療の支援に役立てられる」(若松氏)

 若松氏は臨床向け装置として、関節リウマチ向けデバイスの試作品を紹介した。「微細な血管を三次元的に定量的に捉え、血中酸素飽和度による評価も可能。比較的早期に病状を評価できる可能性が出てくる」(若松氏)。高解像度・高機能・小型を強みとしており、「将来的に医療機器としての販売を視野に入れている」と語った。

熊本地震で経験した高度な医療機器がない世界がキッカケに

 3社目のHiLungは、呼吸器疾患の創薬プロセスを革新するiPS創薬プラットフォームの実現を目標にしている。共同創業者の伊藤俊介氏によれば、呼吸器疾患は世界で毎年1000万人が死亡する重篤な病気にもかかわらず、アンメットメディカルニーズ(有効な治療法が見つかっていない病気に対する新薬や新治療法の要望)が深い領域だとする。なぜなら呼吸器疾患は培養細胞や動物実験の成果がヒトの実際の病態を反映せず、医薬品の開発が非常に難しい領域だからだ。

 そこで同社ではiPS細胞の技術を用いて、肺の細胞を体外で再現することに成功。京都大学医学研究科の山本佑樹特定准教授が中心となって研究を進めている。ここでは肺前駆細胞を作り、気道オルガノイドと肺胞オルガノイドヒトに分化誘導させ、ヒトとほぼ同等な病態を提供する。

HiLung 共同創業者 伊藤俊介氏

 「これまではなかなか呼吸器の細胞を培養することができず、医薬品の開発が滞っているような状況だった。しかし我々は体外で細胞を大量に再現できるため、医薬品の開発に必須のハイスループットスクリーニングなどのアッセイ(生物学的な反応を評価する方法)が可能となる」(伊藤氏)

 ビジネスのフェーズは、細胞販売/創薬支援、共同研究型の医薬品開発、再生医療等製品開発のステップとなる。伊藤氏は「最終的に今までにない呼吸器の医薬品を作っていくのが我々の目標とする創薬プラットフォーム」とし、医薬品のターゲットとしては嚢胞性線維症、突発性肺線維症の2つを考えている。

 最後のAMIは、2015年11月に創業。テクノロジーの活用によって遠隔医療にも耐えうる超聴診器の開発に励んでいる。代表取締役CEOの小川晋平氏は熊本を拠点にする現役の医師であり、熊本地震における医療ボランティアの経験が起業のきっかけとなった。

 「それまではCTやMRIなど高度な医療機器に囲まれた環境で診察していたが、熊本地震でそうした設備がない世界を初めて経験した。そこから質の高い遠隔医療を実現したいとの気持ちが芽生え、起業に至った」(小川氏)

AMI 代表取締役CEO 小川晋平氏

 対象疾患は大動脈便弁狭窄症と心不全だ。「共通点として予後が悪いことが挙げられる。一方、大動脈便弁狭窄症は2013年からカテーテル治療が可能となり、心不全も新治療薬が数多く生まれてきている。つまり早期発見がさらに重要になってきたのだが、全員に数十分かかる心臓エコー検査を行なうのは現実的ではない。そこで聴診器をアップデートしようと考えた」(小川氏)。

 開発中の超聴診器は、心筋活動電位の発生タイミングをトリガーにしてデジタル化された音を合成し、自動診断アシスト機能を実装する仕組み。そこに独自のAIアルゴリズムによるソフトウエアを加え、遠隔地から心音を聞くことができるようにした。当初はたった一人で手作りの試作機から始めたが、現在では医療従事者とエンジニアの混合チームが研究開発に携わり、遠隔でもクリアに聞こえる精度を実現している。さらに受け手側の環境で心音が上手くキャッチできない場合に備え、音を可視化できる機能を備える。

 「もともと遠隔で聴診して、災害地医療や離島医療に役立てたいという思いが根底にある。超聴診器によって、心疾患による突然死を少しでも減らしたい」(小川氏)

立ちはだかる壁は「人材と資金」

 後半はサイアス代表取締役の等 泰道氏がモデレーターとなり、パネルディスカッションを実施した。「起業にあたっての苦労、課題と感じることは?」との質問については、4社とも共通して“人材と資金”を課題として挙げた。

後半のパネルディスカッションの様子。左上がモデレーターを務めたサイアス代表取締役の等 泰道氏

 「研究は順調に進んでいるが、この5月に起業したばかりなので経営を勉強している最中。早くもお金と人の壁を痛感している」(喜早氏)

 「特殊かつ高度なハードウエアなので、試作機を作る段階でも数百万円、数千万円かかる。人材面でも限られたリソースをどの市場に向けて開発を進めていけばいいかがまだ絞りきれてない」(若松氏)

 「世の中にはまだiPS細胞を使ったプロダクトが1つも出ていない。再生医療も創薬もそうだが、本当にiPS細胞の技術が使えるのかが証明されていない。しかし、その証明をするためにやはり資金と技術的なパートナーシップが必要。まるで鶏と卵のような問題がつきまとっている」(伊藤氏)

 「お金と人に関しては避けては通れない。だが先を見据えてAIのデータベースを作りたいとの思いがある。スタートアップならではのスピード感を生かしていければ」(小川氏)

 次の質問は「研究者や医師であるのにどうして起業に至ったのか」。喜早氏は、マウスでの有効性を発見したのが自分自身だったとした上で、「この技術を患者の皆さんに届けられるところまで持っていきたいとの気持ちから代表取締役に立候補した」とモチベーションを語った。

 若松氏は産学連携事業を支援する活動の中で椎名先生と出会い、優れた技術シーズをアカデミックな研究にとどめず、世の中に出して発展させたいとの思いでPhoto Soni Techに参画した。

 これまでに理研やエーザイ、デロイト トーマツ コンサルティングなどを渡り歩いた伊藤氏は「産業化するためには技術もビジネスも知っている人間が必須。私自身が両方の橋渡しをしたいと考えた」ことが大きいという。

 小川氏は「起業はあくまでも手段の1つ。目的達成のためには、会社を作ることが最短の道だと気づいた。なぜなら医療機器は10億円単位の資金が必要となるからだ」と話した。

 メディカルバイオ分野はウェットラボが必須で参入障壁が高い。その点ではヘルステック業界に比べて競争相手が少ないとも言えるが、地道で長期的な研究開発が大前提となる。国内でもトップレベルのIHKから芽生えつつあるこれらの技術が、しっかりと花開くことを期待したい。

(タイトル部のImage:オンラインセミナーのキャプチャ)