ペットロスという言葉がある。長年飼ってきたペットとの別れがもたらす激しい喪失感のことをいう。連れ添った伴侶のように、いやもしかしたらそれ以上に、ペットの存在は大きい。そうした感情がネックとなり、老後の生活を危うくする例が増えている。新潟県新潟市にある「はあとふるあたご住宅型有料老人ホームおぎかわ」は、猫と暮らせるホームとして注目されている。その取り組みを聞いた。

はあとふるあたご 事業企画本部課長の永正崇文さん(写真提供:はあとふるあたご)
はあとふるあたご 事業企画本部課長の永正崇文さん(写真提供:はあとふるあたご)
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 栃木県在住、50代女性が語る。

 「5年前に父が亡くなり、当時70代後半だった母の一人暮らしが始まりました。父がいなくなったことで母はすっかり落ち込んでしまったんです。ペットでも飼えばやることができていいかもしれないと思い、豆柴の『豆ちゃん』をプレゼントしました。そしたらすっかり元気をとりもどしてくれ、ホッとしたんですけど……」

 話はここで終わらない。

 「そんな母も、80歳を過ぎたころから物忘れが激しくなり、やがて認知症の症状が出るようになってきました。一人娘の私は離れて暮らしていることもあり、世話をすることができません。介護施設を探したのですが、入居するためにはペットを手放さなければならない。でも母にとって豆ちゃんは家族同然の存在で離れたくないと泣くのです。最終的にはなんとか説得したのですが、こちらまでいたたまれない気持ちになってしまいました。こんなことになるならペットなんかプレゼントするんじゃなかったと、今は少し後悔しています」

 今年11月に入居募集がはじまった有料老人ホームはあとふるあたご(新潟県新潟市)は、猫と暮らせる施設として注目を集めている。同施設の事業企画本部 課長永正崇文さんが説明する。

 「はあとふるあたごが開設した複合施設おぎかわは、介護付き有料老人ホームが50室。通い宿泊などの複数のサービスが利用できる小規模多機能型居宅介護が9室。住宅型有料老人ホームが32室の複合型施設です。この住宅型有料老人ホームのうちワンフロア12室を猫と暮らせる部屋として運営しています」

 取材時(2021年11月中旬)にはまだ猫連れの入居例はないが、今後は施設利用を検討する要介護者にとって有力な選択肢となるだろう。

妻の活動がきかっけだった

 永正さんの奥さんは地元新潟で、動物の保護活動を行っているという。新しく立ち上げる施設について夫婦で意見交換をしているときに「ペットと暮らせる場所があれば救われるお年寄りは多くいる」という話を聞かされた。

 「長年いっしょに暮らしてきたペットと別れたくないので施設には入らない。そういう高齢者が一定数いる事実を妻の口から聞いた時に、弊社の事業でそのような問題について、なにかできることがあるんじゃないか、と思うようになったんです」(永正さん)

 これがきっかけとなり、猫と暮らせる老人ホームプロジェクトがスタートした。

 ただ、動物といっしょに暮らすのは、簡単なことではない。ましてや介護施設だ。飼育のノウハウやハード面の設備にも限界がある。当初は猫に限らずペット全般、犬やその他の動物の受け入れも考えたというが、当面は猫に限定することとなった。

 「動物愛護センターの関係者などに相談したところ、猫であれば自分のテリトリーさえしっかり確保できれば、トイレの世話なども比較的簡単だし、動物由来の感染症などの心配も低いことから、まずは猫からはじめましょうということになりました」(永正さん)

エレベーターには「ペットが乗ってます」の表示

 猫OKフロアには大浴場があり、ここに併設するかたちで動物用の洗い場も用意されている。また、共用のエレベーターには「ペットボタン」があり、猫といっしょに乗り込む際にこれを押す。すると、各フロアの階数を表示する部分にペットの文字が点灯する仕組みだ。

 「入居者の中には猫が苦手な方がいらっしゃる可能性もあります、その場合、ペットの文字が点灯していれば乗り込むのを避けていただく。そのための仕組みです」(永正さん)

浴場に併設されたペットの浴槽(写真提供:はあとふるあたご)
浴場に併設されたペットの浴槽(写真提供:はあとふるあたご)
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 また、猫フロアの壁紙は匂いや爪あとがつきにくい特別の素材を使っているとのこと。ペットにも人にも優しい配慮がなされているようだ。

 ペットと離れたくないが故に施設への入居を諦めるというケースの裏側には、ペットと別れて施設を選んだ場合に、そのペットが飼い主を失い、殺処分となるかもしれないという問題もある。ペットとの別れは人間と動物、双方にとって悲劇だ。

 つまりはあとふるあたごの猫同伴室は高齢者の福祉、動物の福祉。2つの視点を持った取り組みと言えそうだ。

地元大学からのサポートも

 猫と暮らせるはあとふるあたごには力強いサポーターもいる。地元新潟県の新潟医療福祉大学に爆誕した、その名も『ねこ部』だ。ねこ部の顧問である同大学の社会福祉学部 准教授の五十嵐紀子さんが語る。

着物好きの五十嵐紀子さん。授業もこの姿で行う(写真提供:ご本人)
着物好きの五十嵐紀子さん。授業もこの姿で行う(写真提供:ご本人)
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 「私は、永正さんの奥さんと同じように動物保護の活動を続けてきました。そういう繋がりもあって、はあとふるあたごさんの取り組みには注目してきました。また、勤務する大学で数年前から『教職員ねこ部』というものを立ち上げて、活動していたところ、学生からもねこ部を作りたいという声が上がるようになり、今年の夏に『学生ねこ部(総勢約15人)』が発足したんです」

 今年は新型コロナの影響もあり、まだ活動の内容は限定的だが、将来的には学生ねこ部の部員が定期的にはあとふるあたごに通い猫たちの世話をしたり、入居者との交流をするといった活動を考えているとのこと。

 「猫好きのねこ部と、猫好きの入居者さん。猫が介在することで、より交流の垣根は低くなると思います。また、猫に会いたいから、という気持ちでいいと私は思っています。そのような活動を続けることで、改めて福祉に対する想いが高まることもあるはずです」(五十嵐さん)

活動についてミーティングするねこ部のメンバー(写真提供:新潟医療福祉大学)
活動についてミーティングするねこ部のメンバー(写真提供:新潟医療福祉大学)
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図書館内の「ねここーにゃー」の展示も活動のひとつ(写真提供:新潟医療福祉大学)
図書館内の「ねここーにゃー」の展示も活動のひとつ(写真提供:新潟医療福祉大学)
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認知症とペット問題

 五十嵐さんはこれまで行ってきた動物保護の活動から、多頭飼育崩壊と高齢化問題の関係を指摘する。 

 「猫や犬の数がいつの間にか増えてしまい、適切な環境で飼うことができなくなる、いわゆる多頭飼育崩壊の現場では、動物たちが非常に劣悪な環境に置かれていることが多々あります。そうしたケースの背景には少なくない割合で認知症の問題が絡んでいるのです」(五十嵐さん)

 晩年認知症を患った筆者の母も猫を飼っていた。姉夫婦が同居してくれていたので、猫の世話係はもっぱら姉が担っていた。もし老夫婦だけで暮らしていたら、猫の安全は保証できなかったと思う。避妊手術を受けさせることもなく、多頭飼育に陥っていた可能性もあっただろう。

ありし日の筆者の母と愛猫のマオさん(写真:末並 俊司)
ありし日の筆者の母と愛猫のマオさん(写真:末並 俊司)
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 団塊の世代が後期高齢者となる2025年には、日本の認知症患者は700万人を超えると言われる。介護など、社会保障費を圧縮するためもあり、政府は施設・病院から在宅介護へのシフトを推進している。今後は最後まで自宅で暮らす高齢者が増えるだろう。ここまで見てきたようなペットの問題が全国で発生することが考えられる。

 はあとふるあたごのような考え方を持つ施設が増えれば、問題解決の手がかりになることは間違いない。ペットが安心して暮らせる社会は、人間にとっても安心な社会と言える。真の共生社会はこうした取り組みから始まるのかもしれない。

(タイトル部のImage:出所ははあとふるあたご)