健康経営を推進する企業が増えている。従業員が健康になれば、生産性が高まり企業業績が向上するとともに、企業イメージなども良くなると考えられるからだ。しかしその一方で、企業側が健康経営の一環として用意した各種取り組みに対し、肝心の従業員の参加率や継続性が低いといった現実もあるという。こうした課題に対し、働き世代向けの健康サポート事業を推進するトータルウエルネスプロジェクトオキナワ統括プロデューサーの菊池和登氏は、「ブルーゾーンの地、沖縄を活用してほしい」と訴え、健康長寿食である「沖縄の食」を軸にした健康経営支援プログラムを展開する。沖縄と健康経営について、菊池氏に聞いた。

 カナダ・バンクーバーの海岸近くの公園で芝生の上に寝そべっていたときのこと。これまでに経験したことのないような至福の時を感じたのです──。

 こう語るのは、沖縄県を拠点に働き世代向けの健康サポート事業を手掛けるトータルウエルネスプロジェクトオキナワの設立者の一人、菊池和登氏である。沖縄で育ち沖縄の大学を卒業後、仲間2人とIT企業を立ち上げるも、仕事にやりがいを感じその面白さから熱中するあまり、体を壊してしまう。後にトータルウエルネスプロジェクトオキナワの代表となる管理栄養士の伊是名カエ氏に相談し、大事に至らぬ前にライフスタイルを変えようと、7年間所属したIT企業を退職。その後、体を休めながら自己研さんに励み、2015年夏、マネジメント関連の学会に参加するためにバンクーバーを訪れる。冒頭の体験は、そのときのものだった。

トータルウエルネスプロジェクトオキナワ統括プロデューサーの菊池 和登氏。IT企業時代に、不規則な食生活や体のケア不足で体調を崩す。それが一つのきっかけとなり、IT分野からウエルネス分野に転身した(写真:新関 雅士)

 ふと歩きついた公園で、全身幸福感に包まれた菊池氏は、非日常空間が持つ不思議な力に気付いたという。「忙しい毎日を過ごしていた日本から遠く離れ、ゆったりとした空気が流れる地に身を置く。そんな中で、これからの生き方や働き方について考えていると、不思議と自分の心に素直に向き合えた」。これが、非日常空間が持つ力と感じた菊池氏。日本でも、多くの人に同じような体験をしてもらいたい、健康で元気に活き活きとしてもらいたいと、非日常空間としての沖縄と健康を融合した事業を構想するようになった。

 カナダから帰国して4カ月後の2015年12月、菊池氏は自身のライフスタイルを変えるきっかけを与えてくれた伊是名氏と共に、トータルウエルネスプロジェクトオキナワを設立し、沖縄を拠点にしたウエルネス事業を立ち上げたのである。

講師は、琉球料理伝承人であり管理栄養士であり健康運動指導士

 トータルウエルネスプロジェクトオキナワが推進するウエルネス事業の柱は、「食を通して沖縄から元気に健康に!」をうたう「KAE project」である。特徴は、大きく三つある。

 第一は、舞台が沖縄であること。沖縄県外の多くの企業にとって、南国・沖縄は非日常空間である。日常のさまざまなしがらみから解き放たれた、かの地は、菊池氏がバンクーバーで体験したように、何かを考えたり始めたりするきっかけ作りに適している。とりわけ健康は、健康長寿の地、沖縄にふさわしいテーマ。そこで例えば、健康や食を軸にしたMICE(Meeting(会議)、Incentive Travel(報奨・研修旅行)、Convention/Conference(国際機関・団体、学会などによる会議)、Exhibition/Event(展示会・見本市、イベント))を開催し、働き方やライフスタイルなどについて考えるのには絶好の地だ。しかも沖縄という日本屈指のリゾート地であるが故、高い参加率も見込まれる。

 第二は、多くが認める「健康長寿食」である、沖縄の食を軸にすること。例えば、長命草と呼ばれるサクナ、血の葉・不老長寿の葉とも称されるハンダマ、薬草として重宝されるフーチバー(沖縄よもぎ)などの島野菜はその代表格で、カルシウム、鉄、食物繊維を多く含み栄養価が高い。沖縄の食は、こうした島野菜をはじめ、魚介、海藻、豆腐、豚肉などをふんだんに用いるとともに、外来の昆布やスンシー(しなちく)などを上手に取り入れながら、「医食同源」の考えに基づいて調理されている。KAE projectでは、こうした沖縄の食を学んだり、作ったり、食べたりすることができる。しかも、講師の伊是名カエ氏と上原かおり氏は、県から「琉球料理伝承人」として認証された、沖縄の食を知り尽くしたスペシャリストである。

栄養価の高い沖縄ならではの島野菜と沖縄料理(写真:トータルウエルネスプロジェクトオキナワ)

 そして最後の特徴も、この二人の講師に由来する。伊是名、上原両氏は共に、琉球料理伝承人であると同時に、管理栄養士と健康運動指導士の両方の資格を持つ。「健康推進には、食と運動の両面からのアプローチが不可欠。しかし、食は指導できても運動は教えられない、逆に運動は教えられても食は指導できないという講師が多い中、二人は両面からのアプローチが可能。結果、その人に合った最適な食と運動を指導できる」(菊池氏)のである。

 トータルウエルネスプロジェクトオキナワのKAE projectでは、こうした三つの特徴を生かしながら、健康経営推進のためのプログラムを提供する。幾つか紹介しよう。

One Teamで料理を作って、食べて、楽しんで

 健康を考えながら、企業内のチーム力を高めるプログラムが、「チームビルディングクッキング」だ。年代や性別、役職を問わず4〜5人程度のチームを作り、限られた時間内に役割を分担しながら料理を作り上げる。

チームビルディングクッキングの様子。チームで一つの料理を創り上げる。コミュニケーションが促進され、チーム力がアップする(写真:トータルウエルネスプロジェクトオキナワ)

 実は、料理を作るプロセスは、仕事やプロジェクトの進め方と共通する点が多く、チームで一つの作業を成し遂げることの楽しさや尊さを体験できる。実際、料理を皆で作り、皆で食すことで、「コミュニケーションが促進され、チーム内の風通しがよくなる。しかも、ヘルシーな沖縄の食だから、健康にもつながる」(菊池氏)。体験メニューについては対象者や目的に合わせて、伝統的な琉球料理をはじめ、沖縄食材を活用したアレンジ料理やメディカル料理などから選ぶことができる。

 沖縄の食をベースに健康を学ぶプログラムや、五感で体験するプログラムもある。前者が食事を取りながら健康と食に関する知識を身につける「ランチョンセミナー」、後者が料理の実演を見てから試食会やパーティーなどを通してコミュニケーションを図る「ライブクッキング」である。両プログラム共に、(1)琉球料理伝承人による沖縄食文化、(2)管理栄養士によるウエルネス、(3)沖縄食材を活用した地産地消、(4)病状に合わせたメディカル食、(5)女性が喜ぶHealth&Beauty、(6)トリプルリスク(塩分・糖分・脂肪分)解消、といったテーマが用意されている。

 この他、社員が食や運動、休養などに関する正しい知識・理解を身に付けることができる「トータルウエルネスセミナー」、沖縄の食材をベースに、それを最適に料理して自分のコンディションを整える力「食選力」や、何をどれだけいつ食べたらよいのかが身に付く「時間栄養学」について学ぶ「食&味覚セミナー」、自社でどのような健康活動を、どのように推進していけば無理なく実行性の高い取り組みとなるのかを考える「自社ウエルネス取り組み構築」、職場でも実践可能なフィットネスを指導する「運動セミナー&フィットネス」などのプログラムがある。研修やワークショップ用のツールも併せて開発している。

 このように多くのプログラムが提供されているが、いずれも軸になるのは沖縄であり沖縄の食である。「数年前に世界でベストセラーになった『ikigai(生き甲斐)』という本の中で、人々が生きがいを持って生きている地として紹介されたブルーゾーン、沖縄に足を運び、健康長寿食である沖縄の食をさまざまな角度から体験してほしい。その過程で、健康長寿の秘訣と現代の健康課題を学び、企業の健康経営推進の動機付けの機会となればいい」と、菊池氏は考える。

県外の企業を支援し、県内の企業に気付きを与える

 トータルウエルネスプロジェクトオキナワが健康経営支援の対象とするのは、沖縄県外の企業だけではない。当然のことながら、沖縄県内の企業にも目を向けている。実は、そこには深刻な事情がある。

 2015年の厚生労働省の調査によれば、沖縄県の平均寿命は全国で女性7位、男性36位。とりわけ、働き盛り世代の死亡率が全国と比較して高く、定期健康診断で何らかの異常所見が見つかる労働者の割合を示す有所見率も2018年で66.7%と、8年連続で全国最悪を記録する。原因は、「特に働き盛り世代で顕著な食の欧米化と、自動車通勤が多いなどの運動不足にある」(菊池氏)という。今なお全国でトップクラスの平均寿命を誇る高齢者世代との世代間二重構造が浮き彫りとなっているのだ。

 こうした事態を重く見た沖縄県は2014年に「健康おきなわ21(第2次)~健康・長寿おきなわ復活プラン~」を策定し、「2040年に男女とも平均寿命日本一」を目指して、県民に食生活を見直したり運動量を増やしたりするよう呼びかけている。トータルウエルネスプロジェクトオキナワも、沖縄食文化の継承と沖縄食材の消費拡大と並び、健康長寿沖縄の復活をミッションとして掲げ、那覇市や琉球大学経営学教授などと連携しながら、前述したウエルネスプログラムやセミナー、ワークショップなどを実施する「働き盛り世代向け」健康プロデュース事業「オウラボ(Okinawa Well-being LAB)」を展開している。

 菊池氏は、沖縄県の企業に対し、沖縄県外の企業の取り組みを見てもらうことで健康経営に関心を持ってほしいという。「以前、読谷村の我々のスタジオを訪ねてきた外国人が、沖縄の健康や長寿について詳しく聞いてきた。そのとき、沖縄県内の人よりも沖縄県外の人の方が、沖縄の健康や長寿に対して高い関心を持っていることに気付かされた。そうであれば、まずは沖縄の食などを沖縄県外に向けて発信し、関心を持った企業や人を沖縄県に呼び込む。それを沖縄県内の企業が間近で見て、沖縄の食の良さなどに改めて気付いてもらい、健康経営に舵を切ってもらえればいい」と考えたのである。

 それだけではない。菊池氏は、海外にも目を向ける。その視線の先にあるのは、肥満や糖尿病が多く沖縄と同様の健康課題を抱えるフィジーやサモア、トンガなどのオセアニア地域だ。2019年1月と10月にはJICA(国際協力機構)を通じて、同地域の政府職員である栄養士や保健師、看護師などの研修生を受け入れ、生活習慣予防研修を実施した。沖縄の食で世界の健康に貢献する──。菊池氏らの挑戦は始まったばかりだ。

沖縄と同様の健康課題を抱えるオセアニア地域も健康にしたいと、菊池氏らは世界にも目を向ける(写真:新関 雅士)

(タイトル部のImage:トータルウエルネスプロジェクトオキナワ)