「“細胞レベル”で病気の発症がわかり、自覚する前に治療ができる」──。そんなSFのような技術の開発が進んでいる。1滴にも満たない微量の血液で、疾患や体調、薬の効き具合など健康に関するあらゆる情報が“予兆”の段階でわかる。そんな可能性を秘めているのが「AIプロテオミクス」と呼ばれる技術だ。生体のたんぱく質を“見える化”し、疾患に関わるたんぱく質の変化を迅速かつ簡便に見つける画期的な技術に今、医療をはじめ、創薬や食品、化粧品などさまざまな産業から熱い視線が注がれている。実用化に向け、東京工業大学との協働研究を進めているaiwell 代表取締役の馬渕浩幸氏に話を聞いた。

生命活動をリアルタイムに担うたんぱく質に着目

 微量な血液から得られるたんぱく質の情報で、病気の症状を自覚するずっと前の“未病”の段階から体の変化をキャッチし、超早期に介入して発症を予防する──。そんなことが可能になる技術、それがAIプロテオミクスだ。

 プロテオミクスはプロテ(プロテイン=たんぱく質)とオミクス(網羅的に見る)の造語。たんぱく質は我々の体を構成している数十兆個ともいわれる細胞の主要な成分であり、体の各臓器や組織はもちろん、生体機能を維持するのに必要な酵素やホルモンもたんぱく質の一種である。裏を返せば、体内のたんぱく質の種類や量、状態をみれば、その人の体質や疾患リスクなど、「今」のからだ体の状態がわかるということだ。

 体質や疾患リスクを調べる方法としては、唾液などから遺伝子の配列を調べる遺伝子検査がすでに上市され久しいが、これとどう違うのか。「遺伝子は人体の“設計図”に例えることができますが、生活習慣やストレスなどの環境要因により、必ずその通りに体ができあがっていくとはいえません。つまり、リスクはわかっても、本当にそれが起こるかどうかの確定情報ではない。一方、遺伝子の命令を受けて細胞が実際につくりだすたんぱく質は、体のその時の状態をリアルタイムに反映していると言えます」(馬渕社長)。

馬渕浩幸(まぶち・ひろゆき)
aiwell 代表取締役。大学卒業後、マーケティング会社や化粧品会社勤務を経て2009年にアスリート向けクラウドサービスを提供するCLIMB Factory設立。2017年に売却し2018年にaiwell設立。2019年に東京工業大学・aiwell AIプロテオミクス協働研究拠点設立、副拠点長就任(写真:剣持 悠大)

 我々の社会も、ある一定のエリアを俯瞰してみた場合、建設機械がたくさんある地域は開発中であるとか、消防車などの機械が出動していれば災害下にあることがわかるのと同じように、人体も、たんぱく質の分布や状態によって、今どんな状態にあるかがわかる。社会を構成する機械の種類を分析すれば、その社会の状態を把握することができる──。この「社会」を人間の「体」に置き換えたのが「プロテオミクス」の考え方なのだ。

 人体に変化が起きているときには、必ずたんぱく質に変化が起きる。たとえば、病気が発症する前に、本人は自覚しない段階から、体の中ではその発症につながるたんぱく質の変化が起きている。そして、どのたんぱく質の変化がどの疾患とつながっているのかについては全世界で研究が進んでおり、すでに膨大なデータが蓄積されている。

 つまり、過去のその人のたんぱく質の状態と今の状態の画像を比較し、変化したたんぱく質を明らかにすれば、その先に起こる病気までわかるというわけだ。

産学連携で短時間、低コストを実現

 実はこのプロテオミクスの考え方自体は、生化学領域ではすでによく知られているアイデアだ。生体を知る一つの有用な方法であると目されていたにも関わらず、医学や健康分野等への応用がこれまで進んでこなかったのは、プロファイリングに時間もコストもかかる上、再現性ある方法が確立されていなかったからだ。

 「そこに汎用化への突破口を開いたのが、東工大 生命理工学院の林宣宏准教授です。林准教授はプロテオミクスのデータを簡便に取得する技術を開発し、コストは従来の約100分の1、時間も約5分の1まで圧縮することに成功しました。再現性も高く、今までごく限られた施設でしかできなかった技術が、より多くの場所で、短時間かつ低コストでできるようになったのです」(馬渕社長)。

図1●プロテオミクスのデータ取得の流れ
プロテオミクスの従来の技術は電気泳動法といい、血清からたんぱく質部分を分離後、それを26cm×20㎝の水槽のような装置に入れて分析する方法だ。林准教授はその装置を小型化(8㎝×8㎝)するとともに、各検体に特化した前処理法を検討し、高品質の画像データを効率よく取得する手法(高性能二次元電気泳動法)を開発した。これにより、分析にかかる時間は1週間から33時間に短縮。再現性や感度も高くなり、今までごく限られた施設でしかできなかった技術が、より多くの場所で、短期間でできるようになった(図中の写真は剣持 悠大)

 2019年4月、aiwellは東工大内に協働研究拠点を設立。林准教授が開発した独自の二次元電気泳動法を用いたプロテオミクス技術にディープラーニングやAIによる機械学習アルゴリズムを導入。多くのデータをAIに読み込ませることで、迅速、高精度かつ汎用性の高い画像判断を可能にした。東工大とaiwellの技術の結晶がAIプロテオミクスだ。

図2●二次元電気泳動画像の一例
敗血症症例30例の罹患時と健常時より採取した血液検体において、プロテオミクス解析を実施して得られた画像。色付けされた部分が敗血症に関わるタンパク質の変化をあらわしている。「ここに変化が認められたら敗血症であり、敗血症になれば誰もが同じ部分が変化した絵になります」(馬渕社長)。林准教授らの研究グループはこの方法で、98.2%の精度で、敗血症患者の的確な診断が可能であることを証明した(出所:aiwell)

創薬コストも大幅削減へ、汎用化の主軸は医療・健康分野

 短時間で高精度に生体のたんぱく質の変化をみつけるAIプロテオミクスは、さまざまな産業での汎用化が期待される。中でも、aiwellが基幹事業として取り組んでいるのが予防医学の分野だ。

 プロテオミクスは図1のとおり、基本的には血液からたんぱく質を分離し、解析する。「血液は、全身をめぐっている間に体のあらゆる情報をレコーディングしています。そして、敗血症には敗血症の、がんにはがんの、という具合に、病気にはそれぞれ特徴的なたんぱく質の変化があり、その変化は我々が自覚する前に始まります。そのため、レコーディングされた情報を画像化し、特定のたんぱく質の変化が見つかれば、例え自覚症状がなくても、生体的にはその病気を発症していることがわかるのです」(馬渕社長)。

 これにより、理論的には「発症前に治療する」ことも可能になるというわけだ。中には未病と呼ばれる、食事や運動、休息等、生活習慣の改善で治ってしまうレベルのものも多いと考えられる。そうなれば、医療費もかからずに、自分の力で治すことができることになる。

 そのステップとして、低侵襲で簡単に血液検査ができるようにする必要があるが、それについては「現在、指先に細い針を指して採血する微量な血液量(20μL)で、プロテオミクスの画像をつくる技術も開発中です」と馬渕社長は話す。病気をスクリーニングするときに、「臓器や部位別にその都度検査を受けるのではなく、たった1回の血液検査で全身の状態がわかるというのも、プロテオミクスの強みになります」。

 馬渕社長は、この技術が創薬の分野でも大きなビジネスになると考えている。というのも、AIプロテオミクスを使うと、創薬にかかる費用が大幅に圧縮可能となるからだ。

図3●創薬の開発費用に関する軽減の試算
左端の棒グラフが現在の新薬開発費用総額と内訳、右はプロテオミクスを使った場合の試算。現在は半分以上をバイオマーカーの探索が占めているが、プロテオミクスの導入でバイオマーカーの候補の絞り込みが容易になれば、半額以下まで圧縮できる可能性も(出所:aiwell)

 現在の新薬開発では、病気と関連の強いたんぱく質(バイオマーカー)の「仮説」と「検証」を繰り返しながら、ターゲットとするバイオマーカーを絞り込んでいく。しかしどのような疾患であれ、関わっているたんぱく質はざっと数千あるともいわれ、絞込みに膨大な時間とコストがかかっているのが現状だ。

 ところがプロテオミクスを使えば、コストの半分以上を占めるバイオマーカーの探索費用を大幅に圧縮できるという。「なぜならプロテオミクスは『仮説』を必要としないからです。昔と今の地図を見比べるように、病気を発症する前と後の画像を比較し、変化しているたんぱく質をみつけるだけ。変化しているものが疾病に特徴的なたんぱく質なので、変化を探すだけで絞り込みが一気にできるからです」(馬渕社長)。

 これにより、バイオマーカー候補を、従来の数千から、数百~数十に絞り込むことが可能だという。

多数の検体を持つデンマークのバイオバンクと提携

 医療分野でのAIプロテオミクスの実用化に向け、aiwellは現在、多様な疾患別の画像蓄積に着手している。

 敗血症の診断実績から、AIを使えば40症例程度の画像データで高精度の診断が可能だと見込んでいる。そのためには、疾患と紐づいた多くの血液検体が必要になる。そこで同社が目をつけたのが、540万人分もの検体が保管されているデンマークのバイオバンクだ。

 生まれてから亡くなるまで時系列で健康状態を追える検体も多く、例えば若年性認知症に罹った人はいつどのたんぱく質に変異が起こっていたか、その人の実際の病歴とプロテオミクス画像を照らし合わせることでわかる可能性がある。デンマーク大使館の全面的なバックアップを得て現地に支社を立ち上げ、産学連携も視野に入れて画像蓄積の準備を進めている。

 創薬や予防医療という主軸事業の一連の準備にかかる資金調達の一環として同社では、今までの研究成果を事業化し、そこで得た収益を研究や設備投資に回している。

 例えば、化粧品の成分が実際に皮膚にどのような変化をもたらしているかをプロテオミクスで見える化し、確認できれば、メーカーにとっては、その成分の強力なエビデンスになる。畜産物や養殖魚のプロテオミクス解析をすれば、いつどのタイミングでどんな餌を与えれば品質が向上するか、計画を立てる際の有用な情報となる。アロマやマッサージなどのいわゆる民間療法やサプリメント、今はエビデンスが乏しいとされているケア方法についても、プロテオミクスで実際に、それをとりいれた人の生体に変化があらわれていることが確認できれば、有効性の証明につながる可能性が出てくる。

プロテオミクスの活用で、予定している事業の一例

・肩こり、腰痛の評価とその処置に対するマッサージ、鍼灸などの効能評価(製薬メーカー)

  • →痛みなどの症状に関わるたんぱく質を特定し、施術による変化を見て、効果の有無を判断。エビデンスを得る。

・化粧品原材料の効果効能判断(化粧品メーカー)

  • →一例として、しみやしわなどの皮膚のダメージに関わるたんぱく質を特定し、化粧品の成分が実際にそのたんぱく質にもたらす変化をデータ化し、エビデンスを得る。

・母乳の成分評価と子どもに対する影響評価(食品メーカー)

  • →母乳を与えた子どもの成長に関わるたんぱく質を特定し、粉ミルクの場合と比較。商品開発につなげる。

・ペットサプリメントの効果効能(食品メーカー)

  • →サプリメントを与えた場合の、ペット体内のたんぱく質の変化をデータ化し、実際に効いているかどうかなどの判断材料にする。

病気の超早期発見で一生、健康でいられる社会を目指す

 AIプロテオミクスの技術を使って、aiwellが最終的に目指すのは、「すべての人がずっと健康でいられる社会」だ。

 「一般人の場合、よほど健康意識が高く日ごろから自己管理を怠らない、という人でない限り、『病気や怪我は起きてしまったらしかたがない』という気持ちが強いと思います。結果、不調が起こったときに初めて手を打つから、対症療法になってしまう。もっと早く、未病のうちに食事や運動でコントロールしていれば治療に至らずすむことにまで、今は医療費をかけている。医療費は膨張しつづけているのに健康寿命が伸びない今の状況をなんとかしたい」(馬渕社長)。

 スマホサイズまで装置を小型化し、個々人が携帯して自分で微量採血、その場でプロテオミクス画像を得られるようになる、そんな未来を思い描いている馬渕社長。「AIの学習が進み、あらゆる健康状態を把握できるようになれば、常に自分の健康状態をモニタリングし、病気の発症前、すなわち未病のうちに治すことができるようになります。それにより健康長寿が実現し、医療費も削減できる。プロテオミクスの汎用化が、近未来型の健康社会を実現するカギになると確信しています」。

 世界有数の長寿国である一方、寝たきりや介護の問題も深刻化している日本。健康なまま一生を送れる“持続可能な健康社会”実現へのカギとなりうるAIプロテオミクスの動向に今後も注目したい。

(タイトル部のImage:剣持 悠大)