福祉先進国フィンランドの思想を取り入れてスタートした特別養護老人ホーム「ゆめパラティース(兵庫県尼崎市)」。現在ここで入居者による赤ちゃんロボットの検証実験が行われている。様々な分野でロボットの導入が進む昨今だが、介護業界はまだ道半ばだ。現場が潜在的に持っている先端技術へのアレルギー、価格、使い勝手…様々なハードルを乗り越えることができるのか、その取り組みを取材した。

 「きつい」「汚い」「危険」──いわゆる職場の3Kを表現する言葉だが、介護現場の職員たちはこれに「給料が安い」「結婚できない」を加えて5Kと自嘲する。

 このような現状を少しでも改善しようと、各所で様々な試みが行われている。ロボットの活用もそのひとつだ。ただ必ずしもスムーズに導入が進んでいるとはいいがたい。まだまだ試行錯誤が続いているというのが現状だ。

 そんななか、入居者の「笑顔が増える」ロボット導入の取り組みが行われていると聞き、現場に足を運んだ。 

ベッドの中にまで持ち込むなど四六時中「ひろちゃん」と一緒の入居者さん(撮影:末並 俊司)

 写真の女性が抱いているのが検証中の赤ちゃんロボット「かまって『ひろちゃん』(以下、ひろちゃん)」だ。情報通信関連分野における先駆的・独創的研究を推進する国際電気通信基礎技術研究所(京都府相楽郡)とヴイストン(大阪府大阪市)が共同で開発。そして実証試験協力は社会福祉法人の隆生福祉会(大阪府大阪市)が担当した。

 ロボットと笑顔。始めはピンとこなかった。しかし、実際に利用者さんたちの顔を見て納得した。

 実証実験を行っている特別養護老人ホーム「ゆめパラティース」の施設長・藤本章代氏はこう話す。

 「現在はまだ、検証前の準備段階です。年内(2020年)いっぱいはこれをやって、来年から実際の検証が本格的に始まる予定です」

「あやすときゃっきゃと喜ぶからかわいいの」と話す入居者さん

 同施設がロボットの導入を始めたのはひろちゃんが初めてではない。今現在も、入居者の移乗を助けるリフト型や、身体に装着するタイプの補助ロボットなどを日々の介助に役立てている。

 また、大阪大学教授で国際電気通信基礎技術研究所 石黒浩特別研究所所長の石黒浩氏が開発したアンドロイドロボット「テレノイド」 などを用いた介護サービス利用者のQOL向上にも取り組んできた。

 「テレノイドはものすごく精巧なロボットです。目にはカメラが入っていて、遠隔でのコミュニケーションや操作が可能。だから価格も高価です。これを特養のご利用者全員に配ることはできません。ところがひろちゃんの場合は1つ5000円程度です。現在はワンユニット(10人)全員に配布して、様子を観察しています」

子供、孫、兄弟、誰にでもなれるひろちゃん

 体重は500グラム程度。表情のない顔に、短い手足。どうやら人間の赤ちゃんらしいが、性別や正確な年齢は分からない。手のひらにあるスイッチを押すと目を覚まし、放っておくと「エーン、エーン」と泣き始める。抱き上げてあやすと「きゃっきゃっ」と嬉しそうな声を出し、退屈してくると「ムニャムニャ」と赤ちゃん語をつぶやく。

隆生福祉会理事長室の久保田真子氏

 隆生福祉会理事長室室長の久保田真子氏はこう解説する。

 「ひろちゃんはとにかくかまってもらいたいのです。目鼻口がついていないので、表情はわかりませんが、ご利用者様はそこに笑顔や泣き顔を想像してあやされます。また、顔がないからキャラクターは自由です。ご兄弟のお世話をしていたころのことを思い出してあやしている方もいらっしゃれば、お子様や孫お孫様としてお世話をやいている方もいらっしゃるようです」

 表情がないぶん、使っている人の想像力のじゃまをせず、より愛着を持たせる効果があるのだ。

大量導入がもたらす効果

 検証実験を行うのであれば、ある程度のスケールが必要だ。導入数が1体、2体では検証するほどのデータを集めることは難しい。その点ひろちゃんは1体5000円と低価格のため、大量導入のハードルが低い。

 「現在弊法人では1ユニット10人の入居者様に配布して様子を観察していますが、例えば定員が100人の施設で、これを50人ずつのグループに分け、一方には全員配布、もう一方には配布ナシ、という検証をすることも可能かもしれません 」(久保田氏)

 現在はプレ検証の段階だが、想定外の効果も出始めているという。

 「特養にいらっしゃる方は基本的に要介護度が3以上です。また認知症を患っている方が多くいらっしゃいます。それでもコミュニケーションに支障がない方も多い。そうした方々がひろちゃんをかまっているうちに笑顔が増える。この部分についてはある程度予想できることでした。ところが施設の職員たちにも、良い効果がで始めているのです」(藤本氏)

ゆめパラティース施設長の藤本章代氏。隆生福祉会のユニフォームを着たテレノイドとのツーショット

職員の癒やしにもつながるひろちゃん効果

 どの職場もそうだが、人間関係がときには殺伐としてしまうこともある。認知症など難しい問題を抱えた方多くいらっしゃる介護の現場はなおさらだ。

 「現場では、申し送りをスムーズにするため、日々のご利用者様の様子を書きとています。それらを見ていると『ひろちゃんをあやす●●さまの声を聞くと癒やされる』、『ひろちゃんを抱き上げたときの▲▲さまの笑顔を見るとこちらも和んでくる』など、職員たちの心にもひろちゃん効果が届いていることが分かってきたのです」(藤本さん)

 5Kと言われるだけあって、介護現場は職員の定着率が相対的に低い。ひろちゃんなど、「癒やし系」のロボットを導入することで、定着率の向上にも一定の効果が期待できるかもしれない。

 「検証ではそうしたことも同時に見ていくことができればと考えています」(久保田さん)

 しかし、なぜゆめパラティースはここまでロボットの導入に積極的なのか。そこには法人そのものの理念があった。

介護業界の新5Kとは

 ここまで見てきたゆめパラティースの取り組みだが、導入しているロボットはひろちゃんだけではない。玄関の入り口近くにはセラピー用アザラシ型ロボットの「パロ」がつぶらな瞳で迎えてくれるし、各階では移乗のためのリフト型のロボットも稼働している。

玄関先ではアザラシ型ロボットのパロが迎えてくれた

 「私どもの法人は、10年以上前から福祉先進国であるフィンランドとの交流を行っています。北欧は身体が大きい方がたくさんいらっしゃるということもあるのだと思いますが、介護現場でのロボットの導入が日本よりもずっと進んでいます。現地の視察を行った理事長が、『日本でもこうしたものをどんどん導入すべきだ』と考え、2014年に立ち上げたゆめパラティースにもその考えが反映されています」(藤本氏)

 パラティースはフィンランド語で「楽園」という意味なのだという。

 併設するデイサービスでは北欧生まれのロープを使ったリハビリ器具が活躍する。また移乗や入浴でもロボットの手を借りる場面も多いが、人間同士のコミュニケーションを排除することなく、きめ細かな声掛けや見守りを行う。施設全体が北欧と日本の介護文化の融合体として機能している印象だ。

北欧生まれ、ロープを使ったリハビリ器具

 「私どもの法人の目標のひとつに『きれい』『かっこいい』『給料が高い』『健康になる』『感謝される』の5Kを実現したいというものがあります」(久保田氏)

 各種ロボットの導入もこれを実現するための布石のひとつだろう。

 しかしもちろん、全ての場面でロボットが取って代わることができるわけではない。介護の現場は今までもこれからも「人の、人による、人のための」仕事だ。ただ、それだけでは立ち行かなくなってきている現実もある。最先端のロボットを導入することで現場に笑顔が増えればそれに越したことはないのかもしれない。

(タイトル部のImage:末並 俊司)