遺伝情報を正確かつ効率的に改変する「ゲノム編集技術」を用いた治療薬創出がカウントダウンに入った。中でもその最先端を走るのが、革新的な「切らないゲノム編集技術」で治療薬開発を目指すバイオベンチャーのモダリス(東京都中央区)。希少疾患をターゲットとするが、富士フイルムをはじめ大手企業やベンチャーキャピタルがこぞって開発資金を提供する。その理由を探るべく、最高経営責任者(CEO)の森田晴彦氏に話を伺った。

 2016年創業のモダリスは、4年目を迎えた2019年8月、新たな脱皮を図った。旧社名のエディジーン(Edigene)から社名を変更。新社名はモダリティー(modality、治療手段の総称)にちなみ、革新的な遺伝子制御技術を構築し医療に提供する意図をより反映させたいと、森田氏自身が命名した。

 同社が、創薬のターゲットに据えるのは、希少疾患だ。日本では、対象患者数が5万人未満の場合、希少疾患と定義される。一つひとつの患者数は少ない。そのため、これまで大手製薬企業は、心血管疾患や糖尿病など、患者数の多い疾患を中心に新薬を開発してきた。希少疾患の治療薬開発は時間も費用もかかるため、手を着けにくい領域だった。

 とはいえ希少疾患は、全て合わせると全世界で約4億人の患者が存在するとされ、トータルでみれば決して小さな市場ではない。また、単一の遺伝子異常が発症と直接的に結びつく疾患(単因子疾患)が多く、遺伝子治療が有用だと考えられている。そこで森田氏は、共同創業者で取締役兼サイエンティフィックアドバイザーを務める東京大学の濡木理教授の技術に注目し、その技術を核に「切らないCRISPR(クリスパー)」という有力なゲノム編集技術を独自開発しようと創業を決意。治療薬がほとんどなく、アンメットメディカルニーズとされてきたこの希少疾患の治療薬開発を目指すことにした。

モダリスCEOの森田氏(写真:川島 彩水、以下同)

遺伝子のオン・オフを司るタンパクに注目

 遺伝情報を書き換えるゲノム編集技術は、1980年代から研究が進められ、第一世代のZFN、第二世代のTALENといった人工的に設計された酵素を、塩基配列に特異的に結合させ切断する方法が開発された。そして、2012年に登場したCRISPR/Cas9こそは、大本命とされる(関連記事)。

 CRISPR/Cas9は、細菌がウイルスを撃退するために備えている免疫系にヒントを得た仕組みだ。細菌は、感染したウイルスのDNA(デオキシリボ核酸)を、CRISPRと呼ばれる反復配列(clustered regularly interspaced short palindromic repeat)に取り込む。再びウイルスに感染した場合、CRISPR遺伝子座から転写される短鎖のガイドRNAがウイルスのRNAを切断するのだ。

 CRISPR/Cas9は、DNA上の遺伝情報を探し出すガイドRNAと、遺伝子切断酵素のCas9がセットになっている。これを細胞の核内に注入すると、ガイドRNAが目指す塩基配列を見つけ出し、これをCas9がハサミのように切断し、狙った遺伝子の破壊(ノックアウト)、あるいは正常配列を持ったDNAを同時に投入することで挿入(ノックイン)ができる。CRISPR/Cas9の導入には、アデノ随伴ウイルスという病原性のないウイルスを、遺伝子を細胞に送り届けるベクター(運び屋)として用いる。

 モダリスでは、Cas9から遺伝子切断活性を除いて小型化した(図1)。はさみの機能をなくしたことで、遺伝子を切ってしまうリスクは排除される。その代わり、遺伝子のオン・オフを調節できるタンパク質(guide nucleotide-directed modulation:GNDM)、通称ガンダム分子を連結させた。これにより、ガイドRNAが見つけ出した遺伝子を、ピンポイントでオンにしたりオフにしたりできるのだ。ガンダム分子にはもう一つ特徴があり、プロモーターと呼ばれるパーツの働きにより、ターゲットの細胞でしか機能することがない。

図1●切らないCRISPR技術「CRISPR-GNDM」(モダリスによる) 遺伝子のスイッチを制御して治療を行う。

 このスイッチのオン・オフ機能が、単因子疾患の治療につながる可能性があり、モダリスでは新たな治療薬の開発を目指している。

「遺伝性単因子疾患のブレークスルー技術になり得る」

 ヒトの体は、約200種類、全体で37兆個以上の細胞から構成されているが、元はたった一つの受精卵からできており、同じ設計図(DNA)を持っている。DNAには塩基対が約3億個あり、約2万個の遺伝子がコードされている。特定の遺伝子がオンなのかオフなのかにより異なるタンパク質に翻訳されるため、形状や機能が異なった細胞が生み出される。

 遺伝性の単因子疾患には、この遺伝子オン・オフ機能に異常を来しているものが少なくない。コード部分にエラーがあり異常な細胞が出てきてしまうケース、また本来オンになるべき所でオフになって機能が欠失しているケースがある。さらに、本来オフになるべき所で誤ってオンになるケースもあり、細胞増殖に関わる遺伝子がどこまでもオフにならないことで生じるがんは、その典型例である。

 森田氏は、「我々が開発中のゲノム編集を応用した遺伝子治療は、いったんある疾患にその方法論が使えると、他疾患にも容易に転用しやすい。遺伝性の単因子疾患のブレイクスルー技術になり得る」と自信をのぞかせる。

 約7000あるとされる遺伝子疾患の半数が単因子疾患で、そのうち20ほどを創薬のターゲットに据えている。既に国内外の大手製薬企業と共同で、筋肉や神経、中枢系の疾患など、特定の遺伝子が原因で起こる難病について、複数のパイプライン(開発中の薬品)を同時並行で進めている。また、モダリスが単独で独自で新薬開発に挑んでいる疾患もある。患者数が少ない希少疾患であれば、ベンチャー企業でも製薬まで手掛けることが可能だとされる。

 モダリスは、米ボストン市にラボを構え、医師資格を持ち製薬企業出身の山形哲也氏が率いるハーバード大学出身者を中心とした多国籍の研究チームが、ゲノム編集技術の改良を続けている。

富士フイルムが4億7000万円出資を決定

 ベンチャーキャピタルなどから、既に40億円以上の資金を調達していることから、期待の大きさがうかがえる。中でも、富士フイルムは、4億7000万円の出資を決めている。同社では長年のフイルム製造で、粒子を均一に並べる技術では世界でトップレベルを誇る。これを医薬品に応用したのが、有効成分を内包して効率的に患部に届けられるリポソーム製剤の技術である。新たにゲノム編集技術との融合を目指して、モダリスとタッグを組んだ。

 森田氏は大学院で化学工学を修めた後、キリンビールに入社。医薬事業本部(現・協和キリン)で血小板産生を調節する造血因子であるトロンボポエチンを作動させる薬の開発に携わった。その後は研究職を離れ、コンサルタントを経て、いくつかのバイオベンチャー企業の経営を手掛けた。理化学研究所発の創薬ベンチャーであるレグイミューンの社長を退いた後、次は、希少疾患を手掛けたいと考えていた折、濡木氏のゲノム編集技術に遭遇した。直接会って技術の手ほどきを受け、知的財産を生かした創薬ベンチャーの立ち上げで意気投合して、モダリスの創業に至っている。

 開発中である筋肉疾患の治療薬の一つは、動物実験で高い有効性が認められており、2年以内にヒトでの臨床研究に進むことを目指している。同じ遺伝子に関わる疾患であれば、動物で効けばヒトでも有効だろうとみられている。また、遺伝子治療のリスクはゼロではないが、標的としない細胞に作用してしまう可能性が、既存の低分子や中分子の薬に比べて格段に小さい。

 森田氏は、「基本的なハードルは越えた。これまでのベンチャー経営経験から、遠回りせず直線に近い道のりで、ゴールが近づいている。根治療法がない多くの希少疾患の治療に貢献したい」と抱負を語る。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)