妊娠中や産後(周産期)の女性の自殺率の多さが社会問題になっている。背後には、子育てへの不安やストレスが引き金となる「うつ病」があるとされる。うつ病は妊娠中の合併症として、最も多い病気でもある。

周産期にうつ病が増えるのは、この時期、大きく変動する女性ホルモンや環境の変化に女性の心身が晒されるからだ。しかし、症状の兆候に気づいたとしても、妊娠期・授乳期の投薬には慎重にならざるを得ず、有効な“打つ手”が模索されている。

そんな中、誰もが取り組みやすい「栄養」というアプローチで、妊娠中のうつリスクを軽減することを目指す研究が進んでいる。「魚の摂取量が多い国ほど産後のうつ病有病率が低い」という海外の研究報告などをヒントに、うつ症状のある妊婦を対象に魚由来の油を使って国内初のランダム化比較試験(RCT)という精度の高い研究を行ったのが、東京大学大学院医学系研究科准教授の西大輔氏だ。

西大輔氏 東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 准教授
九州大学医学部卒業。九州大学付属病院、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所室長などを経て2018年より現職。うつ病や不安障害などの予防に貢献できる研究に取り組む。現在、年間27万人の妊娠報告がある「ルナルナ」の妊娠育児向けアプリ「ルナルナ ベビー」と協働し、「インターネット認知行動療法」による妊娠うつ病、産後うつ病予防の研究を進行中(写真:本人提供)

 女性にとって、妊娠期と産後はストレスがかかりやすい時期だ。急激なホルモン変動によって体調が波打つように変化し、子育てが中心となる生活の変化も、身体・精神的に大きな負荷をかける。疲労感、不眠、不安感、イライラ、意欲の低下、自責感……。産後の場合、子どもに愛情を感じられなくなる人もいる。

 うつ病にかかる人の割合は国によって差があるが、妊娠中や産後にうつ病にかかる人は10%を超えるという海外の研究がある1、2)。また、「妊産婦死亡の原因の中で最も多いのは自殺」という国内の調査もある3)

 いまや妊娠中、および産後のうつはわが国の大きな社会問題の一つだ。「世の中では産後うつが主に注目されているが、実はその前段階である妊娠期に生じるうつや不安感が、産後うつの大きな要因の一つとなっている。妊娠期から産後までの“周産期”に、切れ目のないうつ対策が必要だと考えている」と話すのは、精神科医としての臨床経験を生かし、うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)の予防をテーマに研究を行う東京大学大学院医学系研究科准教授の西大輔氏だ。

 「妊婦のうつ病は本人にとって大変苦痛であり、自傷や自殺の危機、飲酒や喫煙といった健康リスクにもつながる。胎児の成長や出生後の発達、パートナーとの関係にも負の影響を及ぼす可能性が高くなる。つまり、妊娠中からうつを予防、改善することができれば、2~3人分のリスクを予防することになりうる」と、西氏は妊婦のうつ対策の重要性を強調する。

 一般的にうつ病の治療は、精神科や心療内科での投薬や心理療法が中心となる。だが、妊娠中は、抗うつ薬成分の胎盤への移行という難しい問題が横たわる。産後も、母乳を介して成分が胎児に移行する。そのため「大部分の母親は、服薬を希望しない」(西氏)。

 一方、「国際的なガイドラインでは、重度のうつ病の場合には薬物療法が薦められるが、軽度のうつ病の場合は抗うつ薬ではなく、心理教育やストレスマネジメントなどが推奨されている」(西氏)。

 日本人成人のうつ病の7~8割は軽度や中等度4)であるため、ガイドラインに従うなら、症状のある妊婦の多くは心理療法での治療を受けることが有効な対処となる。しかし、国内の心理療法の専門家の数は十分とはいえない状況だ。「そのため、多くの妊婦が、精神ケアの手が届かず宙に浮いた状態にある」。西氏は、周産期女性のうつ治療の難しさをこのように説明する。