厚生労働省によれば、国内の認知症患者は2025年に730万人、2050年には1016万人に達すると推計される。そのうちおよそ7割を占めるのがアルツハイマー病(Alzheimer's disease:以下、AD)だ。

 2019年10月から始まった「J-TRC(ジェイ・トラック)研究」は、ADの超早期・無症状段階の「プレクリニカル期AD」を主な対象とする大規模なコホート(集団追跡検査)プロジェクト。開始から3年目を迎え、研究を牽引する岩坪威氏(東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻 教授/東京大学医学部附属病院早期・探索開発推進室長)、新美芳樹氏(東京大学医学部附属病院早期・探索開発推進室 特任講師)が、認知症治療を取り巻く現状や、研究の現状と展望についてオンライン発表会で語った。

超早期・無症状段階に注力

 ADを引き起こす要因は、脳内のアミロイドβ(以下、Aβ)蓄積による老人斑が原因と言われている。岩坪氏によれば、これまでAβの発症メカニズムに作用する疾患修飾薬(Disease-Modifying Therapy:以下、DMT)は146もの治験が不成功に終わったが、近年では状況が好転。Aβ抑制効果が期待される「アデュカヌマブ」(米バイオジェン)、「ドナネマブ」(米イーライ・リリー)、「レカネマブ」(エーザイ)、「ガンテネルマブ」(スイス・ロシュ)などが、「有効性の上で注目すべき結果を出してきている」(岩坪氏)とする。

岩坪威氏(出所:J-TRC記者発表会広報事務局)
岩坪威氏(出所:J-TRC記者発表会広報事務局)
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 「アデュカヌマブが2021年に米FDAより迅速承認を受けたのはご存じのとおりだ。第3相のEMERGE試験では22%の進行抑制効果が見られた。レカネマブやドナネマブも第3相試験が進行中であり、第2相までの結果を見てもAβがうまく除去されている場合には、認知機能に対する良好な効果が見られる。あくまで私見だが、3つの薬剤の治験データを総合して考えると、Aβの除去・低下は臨床的改善に相関があるのではないかと考えている」(岩坪氏)

 これらDMTは、軽度認知障害期(Mild Cognitive Impairment:以下、MCI)の早期ADを対象としたことで一定の効果を得た。ADの根本治療薬開発に向けて大きな一歩となったが、現段階では臨床的改善効果が20〜30%に留まることも事実である。すでに認知機能低下が明らかになった時点では相当数の神経細胞が脱落していることから、細胞変性を食い止めるためには、MCIより前のプレクリニカル期が重要だと岩坪氏は説く。

 「AβはADの自覚症状が出るだいぶ前から蓄積されるが、基本は無症状。現在では、無症状ではあるものの病理変化がすでに始まっているプレクリニカル期を対象に、DMTの治験が開始されている。神経細胞が温存された時期をターゲットにし、超早期の段階でADを予防・治療するアプローチだ。しかし、無症状であるがゆえに病院や研究機関との接点がなく、診断や同定そのものが困難だった。そこで効率的な募集体制の構築に向けてスタートしたのがJ-TRC研究になる」(岩坪氏)