これだけ医学・薬学が発達した現在においても、認知症には根治可能な治療法や治療薬が存在しない。加えて10〜20年と長い年月をかけて進行するため、多くの人は無自覚のまま社会生活を過ごす。

 2019年、厚生労働省は「認知症施策推進大綱」を発表。認知症の発生を遅らせ、認知症になっても希望を持ちながら生活できる社会を目指し、「共生」と「予防」を施策の両輪と位置づけた。こうした背景もあり、将来の発症を防ぐ認知症の早期予防が注目されている。

 早期予防のターゲットは、病理変化が見られるものの無症状な状態のプレクリニカル期だ。高齢者のみにフォーカスしていた認知症の傾向検査を40〜50代の中年層まで拡大し、継続的に“脳の健康”を可視化して把握するソリューションが次々と生まれている。その結果を受け、認知症リスクにつながるとされる生活習慣・社会習慣の改善につなげる。

 2021年6月に設立したエムは、自社開発プログラム「MVision brain」を提供する医療ベンチャー。脳のMRI画像をAI(人工知能)で解析して脳の健康状態を測定するもので、脳内505構造の同定および体積測定が可能。脳全体を網羅的に対象とするのが特徴だ。

 2022年2月18日に都内で開催した記者発表会には、エム創業者の森進氏、同社代表取締役の関野勝弘氏、東京ミッドタウンクリニック院長の田口淳一氏が登壇。森氏は米ジョンズ・ホプキンズ大学医学部放射線科教授でもあり、MVision brainのコアとなるAI技術を開発した。その上で、森氏はMVision brainについて次のように説明した。

森進氏(写真:小口 正貴)
森進氏(写真:小口 正貴)
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 「MVision brainは脳の病理変化をAI解析し、脳健康リスク測定を支援する脳ドック用プログラムで、2つの機能がある。1つは脳の包括的な萎縮評価。ここでは脳室拡張や脳各部位の大脳皮質の体積を数値化する。もう1つが脳の血管性病変評価で、白質(神経線維が集積し走行している領域)病変領域の体積を数値化する。この結果を同年代受診者のデータと比較し、複数回の受診者は萎縮や血管性病変の経年推移を評価する」(森氏)

 健康度評価の基盤には、東京ミッドタウンクリニックとの共同研究で得た健常者3万人以上の健診データを活用した。「米国では病気にならない限りMRIを撮影しないが、日本には未病段階での豊富な脳のMRI画像がある。3万例にも及ぶビッグデータをもとに各年齢における日本人の正常値や異常値を検出し、多角的に脳の健康度を評価できるのが我々の強みだ」(森氏)。

MVision brainの概要(出所:エム)
MVision brainの概要(出所:エム)
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 さらに、粗い解像度でも対応できる点が特徴だとする。現存する脳のMRI解析プログラムの多くが1ミリ程度の解像度を要するのに対し、一般的な脳ドックで採用されている3〜7.2ミリのデータでも対応可能。「脳全体を対象とし、機種に依存せずに適用範囲が広いことはMVision brainの差別化要因と考えている」と森氏は言う。

 MVision brainは東京ミッドタウンクリニックを皮切りに2022年春から半年程度の試用を行ない、その後、正式に提供を開始する予定だ。現状は医薬品医療機器等法(薬機法)の承認を得たプログラムではなく、あくまで「脳ドックにおける医師の絶対的評価を補完するもの」(森氏)だという。ただし、これについては厚生労働省と密なやり取りを重ねており、将来的な医療機器プログラム承認を視野に入れている。これを踏まえ、東大、京大、京都府立大、旧放医研らとの共同分析を進め、品質を高めていきたいと語った。