新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界に広がる中、マスクやガウン、手袋、フェイスシールドなど医療従事者が使う個人防護具(personal protection equipment:PPE)の不足が問題となっている。大阪大学大学院医学系研究科次世代内視鏡治療学特任教授の中島清一氏と同大学招へい教員の室崎修氏は、身近な文房具の「クリアファイル」と3Dプリンターで自作可能なフレームからなる顔面保護具(フェイスシールド)を開発し、4月3日に発表した。製造時間は最短で1時間半ほど。中島氏らは必要なデータをウェブ上で公開し、非常事態に活用可能とした。

発想から試作品完成までたった3日

 マスクなどは単回使用だが、個人防護具は不足傾向が顕著で医療現場でも使い回しが行われるようになっている。米ニューヨーク州のマウントサイナイ病院においては、看護師の使うガウンがなくなり、代替品としてゴミ袋をかぶらざるを得なくなっていることが3月26日にニュースで報じられている。

 中島氏は、「CDC(米疾病対策センター)は新型コロナウイルスの対応にN95マスク装着を求めていたが、個人防護具の不足が深刻になり、エアロゾル(空気中に浮遊する固体や液体の粒子)化が問題となる処置以外では通常のサージカルマスクでよいと表現を改めた。これまでは考えられなかったが、自宅から装着しているマスクで対応してよい方針も米国の医療施設認定合同機構から示された」と述べた。同氏が参加している欧州内視鏡外科学会のフォーラムでは、世界中の医師らが医療器具の不足を代替品で賄うアイデアを持ち寄っているという。「日本からも自分たちで動き出そうと検討に着手した」と今回の開発経緯を説明した。

 3月27日、中島氏の研究室関係者がビデオ会議でブレインストーミングを行い、フェイスシールドの開発を決めた。もともと産学連携を推進し、「ユニバーサルヘルスカバレッジ」の考え方の下、先進国ばかりではなく、新興国でも実用に堪える医療機器を安価に作り出す研究を進めている(関連記事)。その延長線上にあるものだ。

身近な文房具「クリアファイル」と3Dプリンターで自作可能なフレームからなる顔面保護具(写真:星 良孝、以下同)
身近な文房具「クリアファイル」と3Dプリンターで自作可能なフレームからなる顔面保護具(写真:星 良孝、以下同)
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産学連携で開発スピードを上げるには

 中島氏は、緊急対策としての機器開発を成功させる上では次の3つのポイントがあると説明する。(1)産学連携は堅持されるが、産は儲けを、学はデータをあえて放棄する、(2)ニーズは極めて明確だが、研究開発に許容される時間も短い、(3)とにかく早くモノを出すこと──。さらに、早くモノを出すためにはダーティー・プロトタイプ(dirty prototype)、バーチャル・エンジニアリング(virtual engineering)、ラピッド・プロトタイピング(rapid prototyping)の思想で物作りを進めたという。

 通常の産学連携では、ニーズ探索から事業化まで長い道のりがあり、製品化前に評価や検証を繰り返し、知財、外部資金獲得、論文執筆などが行われるため、開発スピードが遅れがち。バーチャル環境で素早く、常識にとらわれない機動力を発揮し、完全を目指さずにとにかく作ることが重要といえそうだ。中島氏は、「新型コロナウイルス対策では、開発をスピーディーに行い、世界全体で利用しやすいユニバーサルに通用するものであり、工場(fabrication facility)を必要としないファブレス(fabless)で、超低価格であることが重要」と強調した。

 中島氏の研究室は、日本医療研究開発機構(AMED)の「次世代医療機器連携拠点整備等事業」補助を受けて工房を設置。3Dプリンターも備え、その仕組みを使って開発を進めた。

フェイスシールドの土台となるフレームとクリアファイル
フェイスシールドの土台となるフレームとクリアファイル
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 フェイスシールドの土台となるフレームの作製には、産学連携のネットワークから、メガネ産地として知られる福井県鯖江市のメガネメーカー、シャルマンの協力を得た。同社は医療機器も手がけ、飛沫防護シールドも製品ラインアップに持つ。スキルや経験も参考にさせてもらい、ユニバーサルデザインのメガネフレームを土台に検討。バーチャル・エンジニアリングを専門とする室崎氏が、コンピューター上で製品を設計。3月28、29日の土日の2日間で一気に設計。30日に試作品第一号を完成させた。

 発表も「通常の大学の発表は1カ月ほどかかる。論文に出しているか? オーソライズされているか? 等々が問われる。それが超短期間で実現した」(中島氏)と、新型コロナウイルス感染症の蔓延も踏まえ情報公開のスピードも速まったという。

世界に広がる3Dプリンター開発

 3Dプリンターで生産できるデータは即時に無料公開。中島氏によると、3Dプリンターでの製造に要する時間は0.4mmずつ積層した場合、フレーム1個当たり1時間15分ほど。製造原価は105.5~339円。フレームとなるABS材のコストが9割を占め86.7~315円。クリアファイルは18.8~24円。

 製造には3Dプリンターが必要だが、中島氏は「全国で次世代医療機器連携拠点整備等事業の補助を受けた17拠点で対応できるほか、大学やメーカーなど保有は広がり、装置を持った場所と協力して製造できる。3Dプリンター自体は3万円程度から入手できる」と説明する。

 世界で代替品が模索される中で、3Dプリンターを使ったバーチャルでのエンジニアリングの動きも活発になっている。フランスAFP通信によると、欧州ではフェイスシールドやマスク、人工呼吸器など多様な医療器具が、緊急的に製造されて、現場で使われている。米HP(ヒューレット・パッカード)も3Dプリンターで製造可能な医療器具のデータを公開する。

 緊急事態の下、新しいスタイルでの医療機器の開発が進む。平時なら低品質と見られるかもしれないが、それが、状況が変わることで新しい価値を持つ。これはまさにディスラプティブイノベーション(disruptive innovation)といえるだろう。

 中島氏は世界の国々で共通して使える安価な製品の開発を進める。国の経済発展の違いを踏まえたものだったが、感染症の流行という状況の違いが同様に新しい物作りの思想を生む。必要最低限の製品でできることが見えてきた先に、今回の自作可能な医療用具といった、これまでなかった発想からの技術が感染症終息後の世界で新しい価値を持つかもしれない。

大阪大学大学院医学系研究科次世代内視鏡治療学特任教授の中島氏(右)と同大学招へい教員の室崎氏
大阪大学大学院医学系研究科次世代内視鏡治療学特任教授の中島氏(右)と同大学招へい教員の室崎氏
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(タイトル部のImage:monsitj -stock.adobe.com)