富士フイルムと国立がん研究センターは、プログラミングの知識がなくても医療用人工知能(AI)ソフトウエアを構築できるプラットフォームを共同開発した。必ずしもプログラミングに通じていない医師や医療関連の研究者を支援し、AI技術の活用を促す。

 医療分野においては、画像や臨床情報の評価にAIを利用するソフトウエアの開発が国際的に活発化している。放射線科、循環器、皮膚科などの専門領域で既にAIを用いた医療機器も実用化の事例が出てきている。開発の主体も、研究機関や医療機関、企業など裾野は広がっている。

 こうした中で障壁になるのは、AI開発を担う研究者に高度な工学的知識の習得が求められることだ。学習データの作成から管理、学習モデルの設計、学習の実行と評価まで、一連の開発工程にはプログラミングの技術がどうしても欠かせない。とはいえ医師や医療関連の研究者の関与は重要だ。そこで開発したのが、工学的知識の障壁にとらわれず、膨大に存在する画像や臨床情報を使ったAI開発を後押しする今回のプラットフォームだ。

「画像の解析、自動判別が大きな発展性を期待されている。企業との連携が必須」と、国立がん研究センター研究所長の間野博行氏(出所:国立がん研究センター、以下同)
「画像の解析、自動判別が大きな発展性を期待されている。企業との連携が必須」と、国立がん研究センター研究所長の間野博行氏(出所:国立がん研究センター、以下同)
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 2021年4月13日に開催された記者会見で、国立がん研究センター研究所長の間野博行氏は、「国立がん研究センターは、センターを挙げてメディカルAIの開発を進めている。画像の解析、自動判別が大きな発展性を期待されている。企業との連携が必須になっており、このたび医療画像で最大手の富士フイルムとプラットフォームを構築した。AI開発に取り組んでいく」と説明した。

カギを握る「アノテーションツール」

 起点は、AI開発のプロセスで特に重要な「アノテーション」のツールを双方で共同開発したこと。それを汎用化したのが、今回のプラットフォームである。

 画像診断であれば、画像のどこに腫瘍があるか「正解」を付与していくプロセスがアノテーションだ。臨床医が病気に関する理解に基づいて、陰影などに対して臨床的な判断を下す。国立がん研究センター医療AI研究分野の小林和馬氏は、「医療データをAI開発に活用するためいくつもの課題解決が必要だが、共同研究の成果として特に重要なのがアノテーションツール。AI開発にとっては正しいアノテーションが行われているのが大切」と話す。

 臨床医がアノテーションの作業を効率的に行えるシステムとして、アノテーションのツールを作り上げた。富士フイルムと同研究センター中央病院放射線腫瘍科が共同で開発したのが肺がんを自動判別できるAIソフトウエアを構築できる仕組みだ。胸部の画像データを基に臨床医が自らアノテーションを行い、その結果に基づいて機械学習のアルゴリズムが作られる。陰影が肺に認められた場合、病変か否か、病変の種類などの多様な臨床情報を反映させAIの精度を高める。

 同科の三宅基隆氏は、「なじみのあるビューアで直感的にアノテーションができるので、周辺の臨床情報も含めてアノテーションできる仕組みが提供されている。さらに、複数人でのアノテーションを効率的に管理できて、アノテーションの質を担保できる。学習したAIモデルによる推論結果は直ちに確認可能で最適な学習条件を効率的に探索できる」と評価する。

 対応するプロセスは、正しい病変の位置情報を付与するアノテーションばかりではなく、画像やデータの移送、匿名化、学習管理、AI処理の実行、ユーザー間での開発AIエンジンの共有まで、一貫した対応を実現した。医療画像で標準的に用いられているDICOM画像のほか、電子カルテや臨床システムのデータを取り込み可能だ。

今回のプラットフォームで脳腫瘍の自動診断ソフトを開発

 同センター中央病院脳脊髄腫瘍科では共同開発されたプラットフォームを用いて、脳腫瘍の存在を判定できるAIソフトウエアを開発した。一つは、脳内で発生した原発性脳腫瘍の領域を推定するAIモデル。234例の原発性脳腫瘍の訓練用データセットにより脳腫瘍を検出するAIを開発。60例のテスト用データセットにより性能を評価し、良好な検出性能を達成した。「造影された領域と浮腫の領域を見極めるのが課題になるが、その検出が適切に行えた」と、同科の高橋雅道氏は説明する。同様に転移性脳腫瘍についても289例の訓練用データセットでAIを開発。38例のテスト用データセットで良好な検出性能を確認した。

脳腫瘍の存在を判定できるAIソフトウエア開発に取り組んだ、国立がん研究センター中央病院脳脊髄腫瘍科の高橋雅道氏
脳腫瘍の存在を判定できるAIソフトウエア開発に取り組んだ、国立がん研究センター中央病院脳脊髄腫瘍科の高橋雅道氏
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 センターでは構築したプラットフォームの活用を内部で広げていく方針だ。今回の共同研究は2016年から進められている国家プロジェクト、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)および2018年からの戦略的創造研究推進事業(PRISM)の一環で進められており、AI研究のペースを加速することになりそうだ。国立がん研究センター医療AI研究分野の長の浜本隆二氏は、「研究センターに蓄積されているがん患者などの臨床情報やゲノム、エピゲノム、画像情報や血液情報などの情報を統合し、がん患者の個人に最適化した医療の提供を目指していく」と説明している。

 富士フイルムでは日本国内の外部研究機関や医療機関でのAI開発プラットフォームの標準にすべく製品化を目指すほか、世界展開も見据えている。海外では英国公的保険のNHS、米国放射線専門医会、米国国立がん研究所などが同様な開発支援プラットフォームを構築しているという。

「世界展開を進めていく」と、富士フイルム専務執行役員メディカルシステム事業部長の後藤禎一氏
「世界展開を進めていく」と、富士フイルム専務執行役員メディカルシステム事業部長の後藤禎一氏
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 富士フイルム専務執行役員メディカルシステム事業部長の後藤禎一氏は、「1980年代の前半に世界に先駆けてコンピューテッドラジオグラフィの領域を拓き、PACS(医療用画像管理システム)を米国で開発。世界シェアアンバーワンとなった。医療AIの開発のプラットフォームの活用を進め、アカデミアの研究成果の社会実装という面からも産学連携の良い例になるよう尽力し、医療現場のニーズにも応えていく」と展望した。

(タイトル部のImage:monsitj -stock.adobe.com)