「これが武田薬品工業の使命」

 最後は、T-CiRA ディスカバリー ヘッドの梶井靖氏が、T-CiRAプログラム(以下T-CiRA)の概要やiPS細胞による再生医療としての「iCART」「iENP」について説明した。

 T-CiRAは、代表取締役社長兼CEOのクリストフ・ウェバー氏と京都大学iPS細胞研究所 所長の山中伸弥氏によって2015年に締結された合意に基づくもので、10年にわたる産学の共同研究開発プログラムである。その特徴は「iPS細胞を題材として創薬研究を行う点」(梶井氏)にある。また、T-CiRAでは京都大学iPS細胞研究所や東京医科歯科大学、理化学研究所の先生や研究者が湘南アイパークに足を運び、そこで武田薬品工業のリサーチャーとともに武田薬品工業の創薬施設を使って研究を進めている。これにより、さまざまなアイデアを製薬企業の研究開発パイプラインに組み込める状態にまで育て上げていくことが重要なポイントとなる。

武田薬品工業 T-CiRA ディスカバリー ヘッドの梶井靖氏
武田薬品工業 T-CiRA ディスカバリー ヘッドの梶井靖氏
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 iPS細胞を使った創薬研究は、ドラッグ・スクリーニングや再生医療薬などへの活用が期待されている。そもそもiPS細胞は、患者や一般ドナーから提供された皮膚や血液の細胞を、山中4因子によって初期化することで作られる。そしてこのiPS細胞からは、必要とする任意のターゲット細胞に作り上げることができるだけでなく、そのターゲット細胞を臓器にまで発展させることが可能だ。例えば「in vitro(試験管内)で人の疾患モデルを作り、正常な細胞などと比較して病気の状況を詳しく知ることができる」(梶井氏)ことから、いわゆるドラッグ・スクリーニングが可能となる。

 T-CiRAでは現在、iPS細胞を利用して膵臓や心臓、神経系などのさまざまな臓器にアプローチしている。その中から梶井氏は第1の例として、京都大学iPS細胞研究所の金子新教授が主導する免疫細胞のアプローチである「iCART」について解説した。

 iCARTのベースとなるのは、がん患者の免疫T 細胞を取り出し、そこにがんと戦うための武器を装備させたCAR-T細胞を患者に戻す「CAR-T療法」である。梶井氏によれば、このCAR-T療法は実際の血液細胞に対して極めて有効性が高いと実証されているが、患者の細胞の状態によっては必ずしも治療機会が得られるとは限らないとの課題がある。そこでiCARTでは、iPS細胞を活用してその課題を打破しようと考えている。

 iCARTでは、まずiPS細胞を免疫細胞系に分化誘導して免疫T細胞を作る。そこからさらに、その免疫T細胞にがんと戦うための任意の武器を組み込むことでiPS細胞由来のCAR-T細胞(つまりiCART)を作るという手法となる。

 ここでポイントとなるのは、iPS細胞によって「いつでも免疫T細胞を用意できる」という点である。一方で、患者への提供を実現するためには、十分な提供を可能にする細胞の製造プロセスの開発が求められるほか、必ずしも「iCARTがネイティブな免疫T細胞と同じ挙動をするとは限らない」(梶井氏)という現状を理解する必要がある。しかし、これらを克服できれば、従来のCAR-T細胞が持つ欠点を補える「新しいがん免疫療法を確立できる」と梶井氏は期待する。さらに、コストの削減やより広い範囲での適用も見据えた研究開発を進めていることも付け加えた。

 第2は、京都大学iPS細胞研究所の池谷真准教授が主導する腸管神経のアプローチである「iENP」について解説した。

 池谷氏は、末梢神経や筋肉などのさまざまな臓器に分化していく神経堤細胞(neural crest cells)に着目し、iPS細胞からこの神経堤細胞を作ることに成功。その細胞は「Neural Crest Stem Cell(NCSC)」と呼ばれ、梶井氏によれば「骨や筋肉、脂肪といった身体を形作るさまざまな細胞に誘導できる」という。

 iENPでは、NCSCを材料とした(=iPS細胞由来の)末梢神経前駆体(Enteric Neuronal Progenitor、つまりiENP)を患者に移植することで、「腸管神経が欠落した患者を救いたい」(梶井氏)と考えている。またその実現においては、実際に移植した細胞が「(安全性も含めて)しっかり機能するか」を今後しっかり確かめていき、武田薬品工業のパイプラインに乗せていく必要がある。

 このように、iPS細胞から作られる再生医療製品はさまざまなポテンシャルを持っており、これまでは治療が限定的だった患者に対して「新しい可能性や治療機会を提供できる」(梶井氏)と期待される。武田薬品工業としては、それを具体的な治療薬として実現するために多彩なアプローチで臨んでいるわけだが、「まだまだ難しい点も多い」と梶井氏は語る。しかし、そういった点を克服してパイプラインに乗せていくことが「武田薬品工業の使命である」として発表会を締めくくった。

(タイトル部のImage:monsitj -stock.adobe.com)