患者に新しい可能性や治療機会を提供することが、我々の使命だ──。2021年4月22日、武田薬品工業はオンラインセミナー形式での発表会を実施。2021年度におけるR&D事業部のグローバル戦略と日本拠点の役割や、ニューロサイエンス事業におけるプロジェクトの詳細、京都大学 iPS 細胞研究所(CiRAサイラ)と武田薬品工業の共同研究プログラムであるT-CiRA の研究開発状況などを紹介した。

 まず、ファーマシューティカルサイエンス デピュティヘッドの新美満洋氏が、タケダR&Dのフォーカス領域やパイプライン(Wave 1/Wave 2)、革新的創薬創出のための研究開発体制について説明した。

武田薬品工業 ファーマシューティカルサイエンス デピュティヘッドの新美満洋氏
武田薬品工業 ファーマシューティカルサイエンス デピュティヘッドの新美満洋氏
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 研究開発でフォーカスする領域としては、バイオファーマで「オンコロジー」「希少遺伝子疾患および血液疾患」「ニューロサイエンス」「消化器系疾患(GI)」の4つが挙げられる。希少遺伝子疾患および血液疾患についてはシャイアー社の統合が大きく影響しており、昨今では細胞療法や遺伝子治療といった「極めて革新的なモダリティを駆使して創薬活動を続けている」(新美氏)。また、希少遺伝子疾患は臨床試験の対象となる患者の数が極めて限定されることから、近年は「リアルワールドエビデンスを活用しながら、臨床試験で得られた知見と比較して安全性を論じる」(新美氏)といった手法も取り入れられている。

 現在の研究パイプラインには、11のウェーブ1新規候補物質がある。このうち、5のプログラムがブレイクスルーセラピー、3つがファーストトラック、1つが先駆け審査指定という構成となる。新美氏によれば、ウェーブ1は2020年度~2024年度に製品上市が期待されるもので、それ以後のタイムフレームに期待されるものがウェーブ2として約30あるという。また、これらの実現や開発活動の推進は単独では実現が難しいことから、パートナーとの協業関係を進めているそうだ。

 2019年度~2020年度における社外パートナーとの取り組みについては、約160件の研究提携や約20件の共同開発が進んでいる。そのほか、新技術などのライセンス導入が約40件、研究開発を踏まえたパートナーとの新会社の設立も約20件ある。このような取り組みにより、現在の研究パイプラインの約80%が「クラシカルな低分子化合物以外のもので占められている」(新美氏)そうだ。この傾向について新美氏は、2016年以降から進めてきた「モダリティの多様化を目指す活動の成果である」と補足した。

 承認申請は2021年度末までに最大6つを予定しており、そのうち4つの承認取得が見込まれている。そのため、2021年度は「パイプラインの転換点になる」(新美氏)と期待されている。また、2021年度末までに7つのプログラム・10の適応症でピボタル試験の実施を見込むほか、ウェーブ2のプログラムにおいても、核酸による新しい治療薬「TAK-999」やがん領域の低分子化合物「TAK-981」は、開発の加速次第で「ウェーブ1入りの可能性もある」(新美氏)という。

 このような多様なパイプラインに対して、武田薬品工業としては日米欧および中国を第1ターゲットに据えて研究開発を進めている。その他の新興国についても「順次、製品群の上梓を目指して活動を続けていく」(新美氏)考えだ。

2020年代は「神経学分野の10年になる」

 次に、リサーチ ニューロサイエンス創薬ユニット アジアNCEプロダクション研究所長の一川隆史氏が、ニューロサイエンス創薬ユニットや湘南拠点特有の活動などについて説明した。

 武田薬品工業がニューロサイエンスに注力する理由について、一川氏は「ニューロサイエンス領域には、患者のいまだ満たされない医療ニーズがあるから」と説明する。近年はサイエンスの進歩によってイノベーションの起きる環境が整ってきたことから、治療困難な状況にあった神経疾患への対応力が向上。武田薬品工業としては「ニューロサイエンス領域の将来を決定づける変革点を迎えている」(一川氏)と考えており、2020年代は「神経学分野の10年になる」と予想する。

武田薬品工業 リサーチ ニューロサイエンス創薬ユニット アジアNCEプロダクション研究所長の一川隆史氏
武田薬品工業 リサーチ ニューロサイエンス創薬ユニット アジアNCEプロダクション研究所長の一川隆史氏
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 IRイベントとしては、2024年度までに3つのウェーブ1治療薬の承認が期待されている。1つは、希少てんかん症候群の発作コントロールを改善する「Soticlestat TAK-935(DSおよびLGS)」で、2023年度の承認可能性がある。残り2つは、希少過眠症に対するオレキシン(ナルコレプシー タイプ1)作動薬で、注射剤の「TAK-925」と経口剤の「TAK-994」が2024年度の承認を目指している。

 ここでポイントとなるのは、3つすべてがグローバル研究開発拠点の1つで武田湘南(R&D)から創出されたパイプラインであるということ。一川氏はこの点を強調し、「武田湘南のパイプライン創出力の高さ」をアピールした。

 武田薬品工業のニューロサイエンス創薬ユニットは、サンディエゴ、ボストン、湘南の3拠点で構成されるグローバル組織となる。疾患戦略としては、原因となる遺伝子が判明している希少神経疾患に注力するほか、患者のアンメットニーズが大きい神経変性疾患の中で徐々に原因因子が解明されつつあるパーキンソン病やアルツハイマー病にも投資しているという。また、武田薬品工業は「患者を第一に考える」ことをビジネスの最優先事項としており、グローバルの連携なども良好な組織が構築されていることから、一川氏は「それが当社の強みだ」と胸を張る。

 ニューロサイエンス創薬ユニットとしての湘南特有の活動には、In silico予想ツールによって創薬研究を加速化させるAIを用いた創薬研究、企業間でシームレスな社内創薬データを共有するオープンイノベーションな取り組みなどがある。とくにデータの共有に関しては、機械学習ではより多様性のある質の高いデータを学習することで精度の高いAIツールを開発できることから、複数の企業が非競争領域としてデータを共有することは「コスト面においても互いにベネフィットがある」と一川氏。そのため、武田薬品工業は「湘南ヘルスイノベーションパーク(略称:湘南アイパーク)」内の田辺三菱製薬と互いの社内評価データを共有する契約を締結。この提携によって創薬研究の効率化を期待するともに、今後は業界全体への拡大も計画する。

「これが武田薬品工業の使命」

 最後は、T-CiRA ディスカバリー ヘッドの梶井靖氏が、T-CiRAプログラム(以下T-CiRA)の概要やiPS細胞による再生医療としての「iCART」「iENP」について説明した。

 T-CiRAは、代表取締役社長兼CEOのクリストフ・ウェバー氏と京都大学iPS細胞研究所 所長の山中伸弥氏によって2015年に締結された合意に基づくもので、10年にわたる産学の共同研究開発プログラムである。その特徴は「iPS細胞を題材として創薬研究を行う点」(梶井氏)にある。また、T-CiRAでは京都大学iPS細胞研究所や東京医科歯科大学、理化学研究所の先生や研究者が湘南アイパークに足を運び、そこで武田薬品工業のリサーチャーとともに武田薬品工業の創薬施設を使って研究を進めている。これにより、さまざまなアイデアを製薬企業の研究開発パイプラインに組み込める状態にまで育て上げていくことが重要なポイントとなる。

武田薬品工業 T-CiRA ディスカバリー ヘッドの梶井靖氏
武田薬品工業 T-CiRA ディスカバリー ヘッドの梶井靖氏
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 iPS細胞を使った創薬研究は、ドラッグ・スクリーニングや再生医療薬などへの活用が期待されている。そもそもiPS細胞は、患者や一般ドナーから提供された皮膚や血液の細胞を、山中4因子によって初期化することで作られる。そしてこのiPS細胞からは、必要とする任意のターゲット細胞に作り上げることができるだけでなく、そのターゲット細胞を臓器にまで発展させることが可能だ。例えば「in vitro(試験管内)で人の疾患モデルを作り、正常な細胞などと比較して病気の状況を詳しく知ることができる」(梶井氏)ことから、いわゆるドラッグ・スクリーニングが可能となる。

 T-CiRAでは現在、iPS細胞を利用して膵臓や心臓、神経系などのさまざまな臓器にアプローチしている。その中から梶井氏は第1の例として、京都大学iPS細胞研究所の金子新教授が主導する免疫細胞のアプローチである「iCART」について解説した。

 iCARTのベースとなるのは、がん患者の免疫T 細胞を取り出し、そこにがんと戦うための武器を装備させたCAR-T細胞を患者に戻す「CAR-T療法」である。梶井氏によれば、このCAR-T療法は実際の血液細胞に対して極めて有効性が高いと実証されているが、患者の細胞の状態によっては必ずしも治療機会が得られるとは限らないとの課題がある。そこでiCARTでは、iPS細胞を活用してその課題を打破しようと考えている。

 iCARTでは、まずiPS細胞を免疫細胞系に分化誘導して免疫T細胞を作る。そこからさらに、その免疫T細胞にがんと戦うための任意の武器を組み込むことでiPS細胞由来のCAR-T細胞(つまりiCART)を作るという手法となる。

 ここでポイントとなるのは、iPS細胞によって「いつでも免疫T細胞を用意できる」という点である。一方で、患者への提供を実現するためには、十分な提供を可能にする細胞の製造プロセスの開発が求められるほか、必ずしも「iCARTがネイティブな免疫T細胞と同じ挙動をするとは限らない」(梶井氏)という現状を理解する必要がある。しかし、これらを克服できれば、従来のCAR-T細胞が持つ欠点を補える「新しいがん免疫療法を確立できる」と梶井氏は期待する。さらに、コストの削減やより広い範囲での適用も見据えた研究開発を進めていることも付け加えた。

 第2は、京都大学iPS細胞研究所の池谷真准教授が主導する腸管神経のアプローチである「iENP」について解説した。

 池谷氏は、末梢神経や筋肉などのさまざまな臓器に分化していく神経堤細胞(neural crest cells)に着目し、iPS細胞からこの神経堤細胞を作ることに成功。その細胞は「Neural Crest Stem Cell(NCSC)」と呼ばれ、梶井氏によれば「骨や筋肉、脂肪といった身体を形作るさまざまな細胞に誘導できる」という。

 iENPでは、NCSCを材料とした(=iPS細胞由来の)末梢神経前駆体(Enteric Neuronal Progenitor、つまりiENP)を患者に移植することで、「腸管神経が欠落した患者を救いたい」(梶井氏)と考えている。またその実現においては、実際に移植した細胞が「(安全性も含めて)しっかり機能するか」を今後しっかり確かめていき、武田薬品工業のパイプラインに乗せていく必要がある。

 このように、iPS細胞から作られる再生医療製品はさまざまなポテンシャルを持っており、これまでは治療が限定的だった患者に対して「新しい可能性や治療機会を提供できる」(梶井氏)と期待される。武田薬品工業としては、それを具体的な治療薬として実現するために多彩なアプローチで臨んでいるわけだが、「まだまだ難しい点も多い」と梶井氏は語る。しかし、そういった点を克服してパイプラインに乗せていくことが「武田薬品工業の使命である」として発表会を締めくくった。

(タイトル部のImage:monsitj -stock.adobe.com)