京都大学高等研究院 特別教授(神戸医療産業都市推進機構 理事長)の本庶佑氏は、「21世紀先端医療シンポジウム~医療革命の方向性を知る」(主催:日経BP 21世紀 先端医療コンソーシアム)の基調講演に登壇。「ライフサイエンスの知識において、人類が知っているのは全体の1000分の1、あるいは1万分の1に過ぎない」とした上で、それが「多くの人の誤解を生む」と指摘した。

 もっとも、医療は「ライフサイエンスの進歩に基づいて新しい展開が起こる」(本庶氏)。1970年代~2000年代にかけて起きた進展の具体例として、DNA構造や遺伝子コードの解明、塩基配列によるヒトゲノムの解読、ゲノム編集などを挙げた。しかし、こうした展開は事前にデザインでるものではないと同氏は言う。

 例えば、ロケットの打ち上げプロジェクトは、その計画のほぼ全体を事前にデザインすることが可能だ。実現に当たりどのような問題があるか、技術開発はどこまで可能か、工学的・材料的にさまざまな検討を重ねて問題を解決すれば、ロケットを月まで飛ばすことができる。

 一方で、医療の場合はそうはいかないと本庶氏は語る。実際、「がんを治す」という命題に対して、多くの人ががんの免疫療法などの実現を計画的に試みたものの、ことごとく失敗してきた。抗がん剤「オプジーボ」を生み出せたのは、同氏が偶然的に「PD-1(Programmed death-1)」を発見できたからに他ならない。

 このような経緯は、人類史における最大の課題であった「感染症」の克服でも同様だ。その突破口を開いた「ペニシリン」も、極めて偶然的に発見されたことは、多くの人が知るところであろう。

 これらを踏まえて本庶氏は「ライフサイエンスは未熟な学問」とした上で、「命題に対して事前にデザインするよりも、さまざまなチャレンジを繰り返すことで初めて、新たな展望が見えてくる」と説いた。

最も切実なのは医療マネジメント革命


 次に本庶氏は、「21世紀の医療革命」として次の4つを提示した。すなわち、(1)創薬革命、(2)医療機器革命、(3)医療情報革命、(4)医療マネジメント革命、である。

 近年は医療の多様化が進んでおり、一人ひとりのニーズに合った個別化医療の提供などに注目が集まる中、(1)の創薬革命については、抗体や核酸などのさまざまなコンセプトで新薬の開発が盛んに行われている。しかし、本庶氏は「生命科学のレベルを過信している」とし、「新薬をデザインできると思うと、大きな間違いを犯すことになる」と警鐘を鳴らした。

 (2)の医療機器革命については、ライフサイエンスやメカトロニクス、インフォマティックスなど、異分野の交流が進展しつつあり「大きな展望が期待できる」(本庶氏)と見る。一方で、「多様性の問題をいかに乗り越えるかが、非常に大きな問題だ」との考えを示した。

 (3)の医療情報革命については、電子カルテの普及に着目しつつも、国内では「必ずしも、統一データベースとしてすぐに活用できるわけではない」(本庶氏)ことを問題視した。情報統合やその活用へのさらなる努力を求め、「医療に大きな風穴を開ける」ことへの期待を語った。

 (4)の医療マネジメント革命は、「最も切実な問題」(本庶氏)だとする。中でも「医療費の高騰」をポイントに挙げる。国民皆保険制度そのものを根底から覆すほど医療費が膨らんでいるにもかかわらず、現状は「本来は使わなくてもいい医療費が使われ、必要なところにお金が回っていない」と嘆く。この問題の解決に当たって同氏は「予防」を重要視し、「予防の方が治療よりもはるかに効率が良く、患者にとっても幸せだ」と語る。しかし、現実は必ずしもその方向には向かっていないため、このままでは日本の医療が「極めて危険な状況に陥ってしまうのではないか」との危惧を示した。

 最後に本庶氏は、日本の医療がすでに「待ったなし」の状態にあることを改めて指摘。迫りくる人口減少社会や高齢化社会に対して、日本はどのようにして活力を取り戻すのか。「そこに注力していく必要がある」との方向性を示して講演を終えた。

(タイトル部のImage:近藤 寿成)