脳には薬が0.1%しか入らなかった

 世界の主要な製薬企業が、アミロイドβに結合する抗体の開発を進めているが、なかなか成果に結びついてこなかった。臨床試験まで駒を進めるものの、アルツハイマー病の症状を抑制する効果を示せずに中止になってきたのだ。唯一、米国バイオジェンとエーザイが共同で開発したアデュカヌマブはいったんは有意差なしと判定されたものの、その後の解析で高用量投与群で症状の抑制効果が確認されたとして承認申請されることになった。とはいえ、多くの薬は開発がうまくいっていない。

 開発の難しさの背景の一つにあるのは、冒頭で触れた血液脳関門(BBB)の存在だ。血液と脳との間に物質が行き来できない。脳を有害物質から守るための生体の仕組みだが、脳の薬物療法にとっては障害になる。

 アルツハイマー病に対して有望視されてきた候補治療薬の多くは脳にほとんど入らないので、効果が限定的にならざるを得ない。アルツハイマー病の治療薬の候補となる抗体は、脳には投与したうちの0.1%しか集積しないと分かっている。同様に、既にアルツハイマー病に適用のあるドネペジルと呼ばれる薬も0.1%しか集積しない。

 研究グループが注目したのは、血液から脳内への「能動的な輸送」だ。血液脳関門の“壁”は有害物質を阻む一方で、自ら必要なものを飲み込む仕組みがあることを活用することにした。東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻・特任准教授でナノ医療イノベーションセンター・客員研究員の安楽泰孝氏は、「抗体医薬ほど大きいものを細胞内に取り込ませるため、参考にしたのが自然界」と解説する。

 というのも、自然界では、血液脳関門を通過できるものが存在しているのだ。典型的なのは、グルコースだ。脳にとってのエネルギー源で、これは脳の細胞の表面にある「グルコーストランスポーター1(GLUT1)」というタンパク質がグルコースを見分けてこれを取り込むような仕組みがある。GLUT1は、脳に存在する「脳血管内皮細胞」に豊富に存在。興味深いことに、GLUT1は空腹時に血管側に顔を出すことも分かっていた。これは合理的で、脳が栄養を欲するときに糖を取り込みやすくなることになる。

 さらに、どのようにグルコースを細胞が飲み込むのかの仕組みも解明している。グルコースの分子は、6つの炭素分子が環状につながる形をしている。GLUT1は、番号が付いている炭素C1~C6のうち、C1、C3、C4を見つけて飲み込んでいる。それに対して、C6は使われない。