光や超音波、中性子線など安全な物理エネルギーを患部にピンポイントで照射し、そこで薬剤を活性化させるがんの根治療法が、手術・抗がん剤・放射線・免疫療法に次ぐ「第5のがん治療法」として注目されている。5月20日、ホウ素化合物を病巣に送達して中性子線を照射することで、がんをホウ素との核反応で破壊する「ホウ素中性子捕捉療法(boron neutron capture therapy:BNCT)」が保険適用になり早速、国内の病院で世界初の治療が行われた1)

 5月22日、川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)で、東京工業大学科学技術創成研究院・化学生命科学研究所教授の西山伸宏氏がウェブ講演会を実施し、BNCTを含めた「第5のがん治療法」の技術の進歩について解説した。

 BNCTは、植物の生育に必須な微量元素としても知られる「ホウ素」の化合物をがんの病巣に集め、ここに放射線の一種である熱中性子を照射する治療だ。ホウ素は、熱中性子を受けたときに核反応してヘリウム原子であるα粒子とリチウム反跳核を放出して、がん細胞を殺すことができる(図1)。発生するα粒子やリチウム反跳核の飛距離は10μmと概ね細胞1個分の距離であり、がん細胞周囲の正常細胞への影響がほとんどない。西山氏は「従来法では治療することが困難な再発性のがん、多発性のがんに対しても有効で、第4のがん治療法と呼ばれる免疫療法に続く『第5のがん治療法』として大きな期待を集めている」と紹介した。

図1●ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の原理 ホウ素と熱中性子が核反応を起こし、細胞傷害性の高いα粒子とリチウム反跳核を産生する。これらの粒子ががん細胞に致命的な傷害を与える(出所:2020年1月23日付 東京工業大学プレスリリース、図2とも)

 BNCTの研究段階では、京都大学複合原子力科学研究所の研究炉(KUR)のように規模の大きな原子炉で発生させて熱中性子を生み出す必要があった。それが保険適用に向けた臨床研究が追い風になって、加速器を用いた、病院に設置できる小型のBNCT装置が実現。住友重機械工業は2019年11月にBNCT装置の製造販売承認にこぎ着けている2)

ホウ素化合物をナノ技術でがん病巣に集積させる

 冒頭で触れたように、このBNCTには、がん病巣にホウ素を集中させ、そこをピンポイントで狙う技術が適用されている。「LAT1」と呼ばれる、正常細胞にほとんど発現しておらず、がん細胞の表面にだけ過剰に現れるタンパク質(アミノ酸トランスポーター)に着目し、これにホウ素化合物が取り込まれる仕組み(エンドサイトーシス)を利用した。がんは活発に増殖するために多くのタンパク質を必要とするが、その元となるアミノ酸を、LAT1を通して細胞内に取り込む性質がある。

 BNCTでは、アミノ酸の一種であるフェニルアラニンとホウ素を結合させた「BPA(ボロノフェニルアラニン)」という薬剤を用いる。BPAはアミノ酸の構造を含んでいるので、LAT1に認識されて、細胞の中へと導くことができる。BPAを製造・販売するステラファーマが行った臨床試験では、再発頭頸部がんに対してBNCT施行90日後の奏効率は71.4%に上っている。

 西山氏らはナノレベルの機能性高分子技術によりBPAの細胞滞留性を高めて、BNCTをさらに進化させようと研究を進めている。「BPAは水溶性で腫瘍滞留性が低いのが課題だった。腫瘍滞留性が低いのは、BPAの血中濃度が下がるとアミノ酸を吐き出してしまうから。そのためBPAは点滴しながら、熱中性子線を当てるが、血液中にもBPAが高い状態にすると正常組織に対する障害が起こる可能性がある。照射しながらであるため、医療事故の懸念もある。そこで高分子が使えるのではないかと考えた」

 西山氏らは、「スライムの化学」と呼ばれる、液体のりの主原料としてよく知られている高分子のポリビニルアルコール(PVA)とホウ素を含むホウ砂を混ぜるとスライムが作られる化学反応に着目。BPAとPVAを組み合わせてお互いに化学結合をすることでスライムを作り出し(図2)、細胞からの流出を防ぐ方法を考案した(関連記事)。実際、BPAと結合させると、細胞から容易に流出しにくくなった。これまでの動物実験で、BPAをより腫瘍に貯留しやすくすることができ、治療効果も高まることを確認している3)

図2●西山氏らが開発したPVA-BPA
スライムの化学を利用してBPAをPVAに結合した。PVA-BPAはLAT1介在型エンドサイトーシスにより細胞に取り込まれエンドソーム・リソソームに局在するようになる

 西山氏の研究グループでは、「水中でPVAとBPAを混ぜるだけで簡単に合成可能。製造が容易である上に治療効果も非常に優れている。今後、ステラファーマの協力を得てさらなる研究を行うことになり、安全性を精査しながら臨床応用への可能性を検討していく予定」としている。

「ナノマシン造影剤」でがん診断にも応用可能

 さらに、がん診断にもがん病巣にBPAを集める仕組みは応用可能とみられている。BPAに放射性のフッ素を結合した18F-PBAを使う仕組みもできている。LAT1によって18F-PBAを取り込ませてPETスキャンでBPAの分布を調べると、がんの有無を判断できるからだ。今後、この技術を進めていくことで、がん診断の精度をより高めていける可能性もある。ナノマシン技術を応用して放射線画像において正常部分と異常部分のコントラストをはっきりさせる薬剤となるので「ナノマシン造影剤」と西山氏は説明する。

東京工業大学科学技術創成研究院 化学生命科学研究所教授の西山氏(写真:Beyond Health)

 「低磁場のMRIは感度が低く微小がんの検知が困難だが、ナノマシン造影剤を使うことで高感度化することが可能。今後、微小ながんを検出可能となる可能性があるほか、悪性度の高いがんで高信号を判別できる」と西山氏はみる。

 このようながん細胞のアミノ酸を取り込む仕組みなどを活用して、がんを標的に治療したり診断したりする技術はこれまでの治療の欠点を補う面もある。がん治療において標的を狙う治療としては、「抗体」と呼ばれる体が外敵を排除するために備えている仕組みを応用する方法が知られている。免疫グロブリンと呼ばれるタンパク質が、異常なタンパク質に結合して、機能を失わせる仕組みになる。

 抗体を使った仕組みは、がん治療において狙えるターゲットが限定的である課題があった。西山氏は、「抗体を使った治療の課題は、HER2、EGFR、PD-1など少数のタンパク質を標的にしている。当てはまるタンパク質が少ないがん細胞では標的にしづらい。それに対して、LAT1のようなアミノ酸を取り込みやすい性質や、酸性度の違いを応用するなど、新しい狙い撃ちの技術が進歩している」と説明する。

 こうした狙い撃つための微小な分子を調整して作り出す仕組み「ナノマシン技術」の応用が、がん治療のほか、脳神経疾患など幅広く進む。今後、さらなる応用が進む可能性がある。


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