健康と病気の中間にある状態をいう「未病」。この概念的な状態を定量化する──。そんな画期的な研究成果が発表された。

 発表したのは、富山大学 和漢医薬学総合研究所と東京大学 生産技術研究所 教授の合原一幸氏らの共同研究チーム。メタボリックシンドロームを自然発症するマウスにおいて、発病する前の期間に現われた生体信号の変化を捉え数学理論を用いて解析することで、未病状態を定量的に明らかにした。

 2019年6月19日の発表会見には、富山大学学長で、未病プロジェクトの前プロジェクトリーダーだった齋藤滋氏が登壇。「“未病を治療する”という究極的な先制医療の可能性を示すことができた。今後の予防医学にとって非常に大きなイベントだと考えている」と研究成果を誇った。

富山大学学長の齋藤氏(写真:Beyond Healthが撮影、以下同)

健康から病気への遷移状態を生体指標として識別

 未病という言葉は、現存する中国最古の医学書とされる「黄帝内径」(こうていだいけい)に見られ、未病の時期を捉えて治すことのできる人が医療者として最高人(聖人)であると書かれている。昨今、未病があらためて注目されるようになったのは、超高齢化社会の中で病気の発症や重症化を未然に防ぐ手段の確立が、大きな社会的な価値だからだ。

 実際に、2017年2月に閣議決定された国の「健康・医療戦略」には、健康か病気かという二分論ではなく健康と病気を連続的に捉える「未病」の考え方が重要になるとし、新しいヘルスケア産業が創出されるなどの動きも期待されると記載された。未病研究は国の重要な政策課題の一つと位置付けられたわけだ。

 特に緩やかな時間変化をたどる生活習慣病などでは、リスクを低減する生活習慣の改善などによる予防とともに、未病状態を医学的に捉えて早期に医療介入することが求められている。富山大などによる研究成果は、健康から病気への遷移状態を生体指標として識別することで、「未病を診断する」手法を確立するものといえる。

メタボ発症前の「揺らぎ」を検出

 生活習慣病の中でもメタボリックシンドロームを題材に未病状態を立証しようとした理由を和漢医薬学総合研究所 准教授の小泉桂一氏は、次のように説明した。「病気の状態へ緩やかに遷移していく生活習慣病を対象に、同時にいくつかのモデルを研究している。メタボリックシンドロームは動脈硬化による心疾患や糖尿病などにつながる重要な医療課題であり、先行して実証するモデルとして一番いいだろうと考えた」。

 共同研究グループは未病を科学的・定量的に検出するため、生体信号の「揺らぎ」に着目した数学理論を用いた。合原教授らが2012年に発表した「動的ネットワークバイオマーカー(DNB)理論」と呼ばれるもの。生体から得られるさまざまなビッグデータから動的状態の遷移過程を識別する方法である。

 DNB理論では、健康な状態から病気の状態へと遷移する直前で、一部の互いに関連した生体信号の揺らぎが大幅に増加することが数理解析によって予測されているという。「『揺らぎが大幅に増加した時点=未病の状態』と考えることができ、くぼみの底でエネルギーが安定している状態(健康状態)から、くぼみが浅くなり大きく揺らぐようになる」(和漢医薬学総合研究所 特任准教授の奥牧人氏)と説明する。

 この数学理論がヒトなどにも当てはまるのか、医学的な観点から実証したのが今回の研究成果である。具体的には、メタボリックシンドロームを自然発症するマウス(TSOD マウス)を用いた。3週齢から7週齢まで1週間おきに脂肪組織を採取し、数万種類の遺伝子発現量を一度に測定する技術(マイクロアレイ法)で、マウスの遺伝子を網羅的に測定。

 測定結果をDNB理論に基づくデータ解析を行い、測定期間内で揺らぎの増加した時点があるかどうかを調べた。その結果、メタボリックシンドロームを発症する以前の5週齢の時点で遺伝子の発現量の揺らぎが大きく増加していることを捉えた。「5週目の顕著な揺らぎは、147個の遺伝子の発現量で起きていた。(8~10週齢で)メタボリックシンドロームを発症する前の未病をマウスのモデルで捉えられたことが大きな成果だ」(小泉氏)と述べた。

認知症やフレイルなどへも応用

 今回の研究成果を基に、メタボリックシンドロームにおける未病での医療介入に向けた臨床研究を進めていく。「人間のメタボリックシンドロームは数年かかって発症するので、臨床研究・治験の成果を得るには長期的なスパンが必要になる。将来的に薬事承認を取りたいと考えている」(齋藤氏)。

 共同研究グループは、メタボリックシンドローム以外の生活習慣病などに対しても研究を進めており、順次成果を論文化して発表していく予定。緩やかな時間変化をたどるアルツハイマー病などの認知症、サルコペニア、フレイルなどへの応用と先制医療の確立も期待されている。

会見に臨む富山大学 和漢医薬学総合研究所のメンバー

 すでに富山大学から部局横断的に8 部局(医学部、和漢研、附属病院、工学部、薬学部、理学部、都市デザイン学部、人間発達学部)と東京大学 生産技術研究所/ニューロインテリジェンス国際研究機構の合原教授グループが参加する重点研究領域プロジェクトを立ち上げ、未病に対する先制医療戦略の構築が開始されているという。

(タイトル部のImage:mikelaptev -stock.adobe.com)