昨今、脳卒中は日本人の死因の第4位(厚生労働省 平成30年人口動態統計)であり、要介護の要因としても第2位(内閣府 平成30年高齢社会白書)となっている。しかし、医療保険でリハビリテーション(以下、リハビリ)が受けられる期間には日数制限があり、その期限日数を超えると介護保険で受けるリハビリに移行することになる。そのため、「リハビリを受けられる時間が短い」「リハビリ方法を忘れてしまう」「リハビリのモチベーションが維持できない」といった課題も生まれているのが現状だ。

 そこで、スタートアップのエクサウィザーズと北原病院グループは、リハビリを必要とする人が質の高いリハビリを自宅で受けられるようにするための「オンライン遠隔リハビリサービス」を共同で開発。北原リハビリテーション病院での試験導入をスタートした。2020年6月24日に開催した記者会見で明らかにした。オンラインによって自宅でのリハビリの質をあげることで病院や通所施設へ通う頻度を減らすとともに、リハビリ分野でも課題となっている感染症への対策も狙う。

患者が自宅でやろうとしてもうまくいかないのが現状

 医療法人社団KNI(Kitahara Neurosurgical Institute) 広報責任者/理学療法士の亀田佳一氏によれば、リハビリの効果は一般的に「強度や量を増やすとさまざまな面において増大する」と言われている。しかし、現状では「保険診療で受けられるリハビリは入院中で1日3時間まで。退院後はさらに短くなるほか、発症から180日が経つと保険診療でのリハビリが受けられなくなるため、介護保険で受けるリハビリに移行する」ため、そもそも足りていないばかりか「今後はもっと足りなくなる可能性も高い」と危機感を募らせる。

医療法人社団KNI(Kitahara Neurosurgical Institute) 広報責任者/理学療法士の亀田佳一氏(写真:近藤 寿成、以下同)

 また、外来のリハビリを受けられるのは「週1回以下」のペースとなるため、患者が自宅でリハビリを行う「自主トレーニング」も重要なポイントとなる。しかしこちらも、現状ではセラピストが紙面あるいは口頭でプログラムを指導するため、患者が自宅でやろうとしても「なかなかうまくいかない」と亀田氏は指摘する。

 実際、患者側には「間違った方法で行ってしまう」「方法があっているか不安」「方法を忘れてやめてしまう」などの課題がある。セラピスト側には「実際の状況や、適切に行えているかを把握できない」「知っている指導しかできない」などの課題があるという。

 そこで、これらの課題を解決するために開発されたのが、今回の「オンライン遠隔リハビリサービス」だ。AIを活用していることに加えて、北原病院グループと一緒に開発することで「患者にとってより良いものを作り上げられるという点が最大の特徴だ」と、エクサウィザーズ MedTech部 グループリーダーの安田英史氏は説明する。

エクサウィザーズ MedTech部 グループリーダーの安田英史氏


自宅での患者のリハビリ状況をセラピストが把握

 プロダクトの概要としては、「初期アセスメントと目標設定」→「プログラム配布」→「セルフケア(自主トレ)」→「プロダクトを介したコミュニケーション」が大まかな流れとなる。具体的には、まず理学療法士や作業療法士などのセラピストが患者に合うトレーニングプログラムの動画をセレクトし、プロダクトを介して患者に提供する。

iPadで提供されるトレーニング動画の選択画面

 次に、患者がその動画を視聴し、動画と一緒にトレーニングを実施する。さらに、そのトレーニングの様子を動画に撮影し、動画とともにトレーニングの結果をセラピストにフォードバックしていく。

 この仕組みについて、亀田氏は「リハビリをする際に動画を見られる点は、患者にとって理解しやすい」と補足する。課題の1つであった「方法を忘れてやめてしまう」などの解決に効果的だと分析する。

 また、これまでは自宅にいる患者とセラピストはコミュニケーションを取れなかったが、このサービスを活用すれば、自宅での患者のリハビリ状況をセラピストが把握できるようになる。そのため、間違ったやり方をしているのであれば、遠隔での修正も可能となるため、そういった点も踏まえ「患者にとっても、セラピストにとっても有用なものとなる」と亀田氏は言う。

 実際の利用にあたっては、利用者にiPadがレンタル提供され、そのなかの専用アプリを起動してトレーニングを行う。アプリには、北原リハビリテーション病院で指導している自主トレーニングの動画が50種類以上が収録されており、患者の状態に合わせてセレクトされるほか、今後もさらに拡充する予定だ。

 また、自主トレーニングをした後に痛みのある部位などを聞く機能を備える。実際に感じたトレーニングの難易度を聞く機能なども今後追加されていく。

「フレイルへの対応も予定」

 さらに今回のサービスでは、AI技術を活用することでユーザーの利便性を向上させる仕組みも備えている。例えば、AIによる骨格抽出技術を組み込んでおり、機械学習によって人間の動きを学習し、それをベースにハンドジェスチャーによるアプリ操作などに対応する。離れた場所からiPadに向けて手をかざすなどの動きによって、アプリを操作することも可能になっている。

トレーニング中に感じた痛みを入力する画面

 今後のサービス展開については、AI技術をさらに活用して「患者やセラピストの負担を軽減していく」と安田氏は語る。具体的には「AIがプログラムを自動で選別したり、患者がフィードバックした動画に対してAIがアドバイスしていくような機能を実装していく」といった構想があるという。

 また、現在は脳卒中における理学療法士や作業療法士を対象としているが、今後は「言語聴覚療法にも拡張していくほか、変形性関節症や骨粗鬆症などの疾患にも広げていく」考えだ。さらに、病気の予防段階として「フレイルへの対応も予定している」と安田氏は説明する。

“入口”から“出口”まで一気通貫のサービスを構築

 北原病院グループは、AIベンチャーとの共催でデジタルリハビリコミュニティ「リハビリテーション×AIイノベーションラボ」を発足した。亀田氏はこのコミュニティを「現場のセラピストとAIの接点となるもの」と位置付ける。「現場の課題をAIを使って解決するようなソリューションを生み出す場にしていきたい」(同氏)。

 今回の取り組みに対して、北原病院グループのKitahara Medical Strategies International(KMSI)で取締役を務める浜崎千賀氏は大きな期待を寄せる。脳と心臓の専門とする北原病院グループは、救急からリハビリ、在宅までの地域医療を一貫して提供。「『よりよく生きる』を産業化する」を目標に掲げ、八王子市をフィールドとした「八王子モデル」の構築を進めてきた。

Kitahara Medical Strategies International(KMSI) 取締役の浜崎千賀氏

 この八王子モデルでは病院が地域全体を支えるサービスをとして「トータルライフサポートシステム」と提唱しており、それを実現する仕組みとして、病院がワンストップですべてのサービスを包括的に提供する会員制サービス「北原トータルライフサポート倶楽部」を提供している。そして、このサービスのメニューの1つに、期間や回数の制限なくリハビリを受けられる自費のリハビリサービス「ユアリハビリテーション」がある。

 浜崎氏によれば、会員の90%以上がこの自費リハビリサービスを利用しており、リハビリサービスが「市場で必要とされている」ことを実感。そこで、その発展版として「オンライン遠隔リハビリサービス」を提供したいと考えて「エクサウィザーズと手を組んだ」とその経緯を語った。

 一方、エクサウィザーズは2018年にMedTech部を設立。事業ビジョンとして「価値のあるヘルスケアを実現し、自分らしく生きられる世界を目指す」を掲げ、「データとAIを上手く活用したプロセスと仕組みを構築することで、より良い意思決定と行動を支援する」ことを目指している。この考え方が北原病院グループの「『よりよく生きる』を産業化する」というビジョンに共感し、「具体的な取り組みにつながった」とエクサウィザーズ MedTech部 部長の羽間康至氏は振り返る。

エクサウィザーズ MedTech部 部長の羽間康至氏

 羽間氏は、B to Bでデジタルトランスフォーメーションを支援してきたこれまでのポジションと、患者や医療従事者に新たな仕組みを提供していくポジションの両面をしっかえり押さえていくことで、「医療のシステム自体をアップデートしていく」と力説。最終的には「“入口”から“出口”まで一気通貫で患者・専門家をサポートできるようなサービスを構築する」という考えだ。

 今回のオンライン遠隔リハビリサービスは、まさに“出口”における患者への介入サービスの1つとなる。こうした動きを進めつつ、今後はディープラーニングを活用したフレイル検知で重症化を予防するなど「“入口”の開発も手掛けていく」(羽間氏)と語った。

(タイトル部のImage:近藤 寿成)