「楽天グループは正式にヘルスケア事業に参入した。楽天の共通ブランドの価値を活用しながら、我々が開発している治療法を世界に広めたい。一般的なバイオベンチャーとは異なり、研究から治療法開発、商用化まで一気通貫する総合的なバイオベンチャーを目指す」――。

 楽天グループの楽天メディカル社(本社:米国)は2019年7月1日、都内で報道機関向けの事業戦略説明会を開催。楽天 会長兼社長の三木谷浩史氏は冒頭のように宣言した。

 会見で明らかにしたのは、楽天メディカルが開発中の「光免疫療法」と呼ばれる新たな仕組みのがん治療薬「RM-1929」が臨床試験で好成績を得たこと(詳細は後述)。この臨床試験結果は、2019年5月31日から6月4日にかけて米国シカゴで開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)で報告された。

 さらに会見では、同年5月31日付けで楽天メディカルが第1種医薬品製造販売業と第1種医療機器製造販売業の許可を取得したことも報告した。これにより、医師が処方する医薬品の製造販売、ペースメーカーなど生命にかかわるクラス3および4の医療機器の製造販売が可能となった。

事業戦略説明会に登壇した楽天 会長兼社長の三木谷浩史氏(写真:Beyond Health、以下同)

 三木谷氏は、ヘルスケア分野に楽天グループが本格参入する上での強みとして、IT分野での技術力を挙げる。「米国ではGoogleの親会社であるアルファベットがAIを使って医療分野に進出しようとしており、AppleもiWatchを軸にヘルスケア分野を目指している。AI、IT、科学技術の応用が活発になったことで、医療と楽天などIT産業は急速に近づきつつある」(同氏)。

 もう一つの楽天の強みは、事業推進力と資金力にもあると三木谷氏は言う。「これまでのバイオベンチャーは大手製薬会社に売却することが目標だった。我々は製造、販売まで担い、世界的な普及を目指す」(同氏)と力を込めた。

「父を治したい」…ここからすべては始まった

 楽天グループががん治療薬を皮切りにヘルスケア分野に参入したのは、三木谷氏の父親である三木谷良一氏が膵臓がんになったことがきっかけだ。

 膵臓がんは進行して発見されることが多いために治療が難しく、現在でも死亡までの期間が最も短いがんの1つ。三木谷氏は有効な治療法を求めて世界中を探し回った。

 その中で、米国国立衛生研究所(NIH)の1部門である米国国立がん研究所(NCI)主任研究員である小林久隆氏が研究する光免疫療法にたどり着いた。「光を使ってがんを殺すと聞いても半信半疑だったが、小林氏の説明を聞き、サポートしていく価値があると判断した」(三木谷氏)という。

 NIHは、小林氏の研究に基づく光免疫療法の商用化を行う企業を公募、ミゲル・ガルシア・グズマン氏(現・楽天メディカル副会長・最高科学責任者(CSO))が2011年に設立した当時のアスピリアン・セラピューティクス社が独占的な開発権を取得した。三木谷氏は賛同する投資家を集めてアスピリアン・セラピューティクス社に出資するとともに経営に参画、2019年3月に、社名を楽天メディカル社に変更した。今後、取締役会の承認を得た上で、楽天の出資比率をさらに高める考えだ。

 開発中の治療薬のコードネームである「RM-1929」は、ガルシア・グズマン氏らの勧めで、父・良一氏のイニシャルと生年を組み合わせたものだという。また、父・良一氏のイニシャルは楽天メディカルの社名の頭文字とも一致する。

 三木谷氏個人の強い思いから出発しただけに、これまでに世界の薬剤規制当局が認可したことがない新しいタイプの治療薬でありながら、「患者さんが待っている」を合い言葉に、実用化に向けた体制作りが急ピッチで進められている。楽天メディカルの従業員数は現時点で約170人。米国、日本のほか、オランダ、ドイツ、台湾の5カ国に計8拠点を置く。本社は米国カリフォルニア州サンマテオ。同州サンディエゴで医薬品開発を、ドイツ・ジンヘッセンで治療用の医療機器開発を進めている。

 なお、米国では、2018年に米国食品医薬品局(FDA)がRM-1929について、早期承認を想定したファストトラック指定を与えた。日本でも2019年4月、「極めて高い有効性が期待される医薬品」として、審査期間を最短6カ月に短縮する「さきがけ審査」の指定対象品目に指定された。

頭頸部がん再発患者で30人中4人の腫瘍が消失

 RM-1929について今回の会見で発表されたのは、薬剤開発の初期から中期に相当する臨床試験(第1/2a相)の結果。それまでの治療が有効ではなく、再発が見られた頭頸部がんの患者30人を対象とした。光免疫療法による治療の結果、43%に当たる13人で腫瘍が縮小する効果が見られ、そのうち4人では、画像診断などで腫瘍が完全に消失したことが分かった。

 頭頸部がんとは、眼と脳・脊髄を除く首から上の部位で発生するがんのこと。舌がんや喉頭がん、甲状腺がんなどが含まれる。臨床試験では頭頸部の扁平上皮がんが対象となった。

 臨床試験を主導したガルシア・グズマン氏は、「今回の臨床試験の対象は、様々な治療が効かなかった末期の患者さんだ。そうした患者さんにおいて43%で腫瘍縮小効果が見られたのは、治療薬として高いポテンシャルを示したことになる」という。

 光免疫療法は、体の健康な部分への有害な副作用を最小限にとどめ、標的となるがんだけを攻撃する治療法の1つ。RM-1929は頭頸部がんなどに多く見られる上皮成長因子受容体(EGFR)の働きを抑えるEGFR抗体にIR700という色素の一種を結合したもので、「抗体複合体」と呼ばれる。

 RM-1929を静脈注射で体内に入れると、抗体部分がガイド役となり、薬剤はがん細胞の表面に結合する。その後、がんに対して波長690nm(ナノメートル)の赤色レーザー光を5分間当てると、RM-1929が結合したがん細胞だけが破壊される。光が届く範囲は数cm程度とされるため、大きながんの場合は、がん内部にも光源を入れる。

 臨床第1/2a相試験は、2015年6月から2019年にかけて実施された。また、2018年12月からは、より大規模な国際共同第3相試験「LUZERA-301」が始まった。

離れた臓器に転移したがんも攻撃

 今回の説明会では示されなかったが、米国の臨床試験データベースに登録された内容によると、第3相臨床試験の予定登録者数は日本、米国など十数カ国の275人。少なくとも1種類以上の抗がん剤治療を含む2種類以上の治療を受けた局所再発頭頸部がん患者を対象に、最長1年間、RM-1929による治療を行い、標準的な治療と比較する。試験の完了予定は2021年12月となっており、好ましい成績が得られれば、2~3年後には患者のもとに届く可能性もある。

 RM-1929は、抗体にがん細胞を殺す機能を持つ物質を結合させて抗体複合体を作り、標的となるがんに誘導し、がんだけにダメージを与える。このような治療法は「ミサイル療法」、細胞毒を結合した抗体は「武装抗体」などと呼ばれている。

 通常、ミサイル療法は免疫療法とは呼ばないが、研究者らは、光免疫療法により、免疫系が活性化する場合があることを動物実験で突き止めている。光を当ててがん細胞が破壊されると、周辺の免疫細胞ががん細胞のタンパク質を取り込んで分解する過程で、そのがんを免疫システムの敵として認識する。これを受けて作られるNK(ナチュラルキラー)細胞や細胞傷害性T細胞などが、体内に散らばった同じ種類のがんを攻撃するのだという。これにより、がんが悪化して離れた場所に転移した場合、転移した先にあるがん細胞も攻撃できる。

 ただし、免疫系には、こうした免疫の活性化を止める仕組みがあり、がん細胞は巧妙にそのシステムを利用している。NIHの小林氏や楽天メディカルでは、光免疫療法などによってこうした仕組みを抑える研究を進めている。

(タイトル部のImage:Beyond Healthが撮影)