これからの時代、脳科学をどのようにマーケティングに生かしていくべきか。「Rakuten Optimism 2019」(2019年8月1日開催)では、“脳科学から見るマーケティング”を主題にしたパネルディスカッションが開催された。

 登壇者は東北大学加齢医学研究所 所長/東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター センター長の川島隆太氏、脳科学者/医学博士/認知科学者/東日本国際大学教授の中野信子氏。モデレータを日経BP総研 上席研究員の菊池隆裕が務めた。

 「脳を鍛える大人のDSトレーニング」で広く知られる川島氏は、脳科学の第一人者である。中野氏はテレビをはじめとするメディアにひっぱりだこの、言わば脳科学のエバンジェリストだ。その両名が揃ったこともあり、5000人の会場は満員の盛況となった。楽天主催のイベントということもあり、聴衆にはデジタルマーケティングを主戦場とする人たちが数多く詰めかけたようだ。

 冒頭、モデレータの菊池がWebマーケティングの変遷を振り返った。Webの誕生以来、徐々に人間同士のコミュニケーションがデジタル化され、それにより得たデータを元に消費活動へとつなげていく流れに発展してきたと解説。そしてIoT時代は人間とデータがつながるフェーズへと突入し、ウエアラブルデバイスから取得したバイタルデータを通じてメンタルの可視化に挑むサービスも珍しくなくなってきたとする。

パネルディスカッションの様子。右から中野氏、川島氏、菊池(写真:小口 正貴、以下同)

 さらにその先には、脳科学の活用が控えている。「脳科学の利用を前提としたヘッドギア製品も生まれてきた。GAFAやテスラ社のイーロン・マスク氏など、名だたるIT巨人が“頭の中が見える世界”に大いに関心を示している」と紹介した。

義理や忖度がなく、より直感的に人の感性を捉えられる

 これを受け「なぜ今、脳科学とネットマーケティングが近づいているのか?」とのテーマからディスカッションがスタート。まずは川島氏が楽天との関係について説明した。

 この4月、東北大学と楽天はイノベーション創出を目的とした包括連携協定を締結し、川島氏はヘルスケア事業で関わっている。川島氏は、日立ハイテクノロジーズと東北大学が共同で設立したベンチャー企業のNeU(ニュー)でCTOを務めるビジネスパーソンでもある。ニューは“脳科学でQuality of Lifeの向上に貢献する”ことをミッションとし、脳計測ソリューションやニューロマーケティング・感性評価などのサービスを提供する。

 川島氏はニューを「脳科学をもっと身近に、脳計測をもっと生活の中に採り入れたい」との思いから設立したと述べた。背景には、脳科学を応用したサービスに注目が集まっていることが挙げられる。

脳科学をもっと身近にしたいと話す川島氏

 「ヘルスケアに関して、脳科学はさまざまなアプローチをし始めている。私自身は、人間の脳が何をすればどのような働きをするかを調べている。脳機能イメージング研究と呼ばれるものだ。

 例えば今、私がこうして話をしているときに、脳の中で何が起きているかを画像化する。この研究の面白いところは、その先にデコーディング(再構築)があるところ。すなわち、脳のどの場所がどのような働きを持っているかがわかれば、その場所をモニターすることで、その人が何を考えているのかわかるのではないかといった考え方になる」(川島氏)。

 ニューの特徴は高い技術力と研究成果の知見を生かし、人体装着型のデバイスを製造している点だ。企業や研究機関向けに提供する脳計測ハードウエアでは、近赤外光を用いた光トポグラフィ(NIRS)によって脳機能をマッピングする、手のひらサイズの計測機器を開発した。

ニューが開発した小型・軽量の脳計測機器

 「これを皆さんの頭につけて、脳の働きがどうなっているかをスマートフォンで色と音で知ることができる。その昔、脳のデコーディング研究をしようと思ったら大型装置であるMRIを使う必要があったが、脳の計測技術が発展してきて、皆さんの脳の中で何が起きているかを瞬時に画像化できるのも夢ではなくなった」(川島氏)。

 これにより、ニューロマーケティングの世界は加速する。「消費者の意向を知りたい、どんな好みを持っているのかを知りたいといったときにはアンケート調査を実施するが、アンケート調査は状況によって大きくブレる。義理や忖度などのバイアスがかかるためだ。しかし、脳に直接聞くことができれば義理や忖度は関係なくなり、より直感的に人の感性を捉えることができる。我々はより良いモノづくりやサービス、広告づくりを支援し、いつでもどこでも脳に聞いてみることで、社会に新しいニューロマーケティングソリューションを提供していきたい」(川島氏)。

より精密でほしいところに手が届くマーケティングが可能に

 一方の中野氏は「ニューロマーケティングが米国で流行したのは10年前。その後、論文数が一気に減って2014年頃に“幻滅フェーズ”に突入した」と切り出した。その理由は研究室でしか再現できない研究を重ね、市場との条件に大きなギャップがあったからだ。その上で「きちんと市場を見て、生きている人間がモノを買っているという事実から目を背けて研究を進めることがどれだけ危険か。それを知った上で研究を進める人でないと難しい。地道に研究を続け、ここまで商品化された川島先生は素晴らしい」と続けた。

 そして中野氏は、会場に詰めかけた聴衆に次のようにメッセージを贈った。

データを読み解くリテラシーこそが重要と話す中野氏

 「脳科学にはマジカルな響きがある。それと同じようにニューロマーティングも奇跡を起こしてくれるのではないかと感じている人もいるだろう。これを使えば売上が伸びるのではないか、他社に先行して使えば上手く行くのではないかと。

 実際にはそんなことはなく、計測したデータにそれ以上の意味はない。それを読み解くリテラシーこそが大事。受け手が受け身のままではニューロマーケティングの効力は発揮されない。なので皆さんにも、ぜひ精進してもらいたい」(中野氏)。

 次にモデレータの菊池が「脳科学との出会いでネットマーケティングはどのように変化していくか」との質問を投げかけた。

 中野氏は「脳科学との出会いでネットマーケティングは真のマーケティングになる。そう言っても過言ではないかもしれない。年齢や性別で一律には語れないところを脳科学がサポートすれば、より精密でほしいところに手が届くマーケティングができるようになる」と語った。

 川島氏は「結論は中野さんと同じ。ニューロイメージングを組み合わせることで、消費者が何に興味を持っていて、それをどう捉えているかをある程度、数値として蓄積できる。それを使うことで、本当にほしいモノを個人の嗜好にあわせてきちんと届けられる。脳科学を活用したネットマーケティングが、消費者と企業の間のストレスフリーなコミュニケーションツールになっていくのではないか」と期待を込めた。

脳科学とネットマーケティングはより強く結びついていく

 アカデミア、ビジネス双方のバランスを兼ね備えた両者だからこそ、バラ色の未来ばかりではなく現実もきちんと伝える内容だったのが印象深い。脳の可視化は決して“魔法”ではないが、確実にこれまでとは景色の違うマーケティング効果をもたらす――そんな希望を感じさせる有意義なパネルディスカッションとなった。

(タイトル部のImage:小口 正貴)