日常生活動作(ADL)の低下や身体の機能改善を目指す高齢者や要介護者が、大阪を代表する大型高級ホテルである「リーガロイヤルホテル」に滞在しながら、リハビリに取り組む──そんな「ホテルリハビリ」サービスが登場した。

 名称には優雅な響きがあるが、そのリハビリ内容は決してラクではない。カウンセリングにより個人プログラムを設定し、1回2時間、週5回の歩行機能回復に向けたリハビリと、同じく1回2時間、週4回の手足・生活動作の機能改善などに向けたリハビリを行う。つまり、1週間のうち4日は4時間、1日は2時間のリハビリトレーニングを積み、“休日”は2日だけというスケジュールで、基本的には1カ月単位での利用となる。ホテルで過ごす優雅なひとときというより、どちらかと言えば充実したトレーニングにより身体機能の向上を目指す、体育会系クラブの長期合宿のようだ。例えば車椅子でホテルに来店し、1~3カ月の滞在を経て自分の足で歩いて帰宅することを目指す。

 同サービスは、リーガロイヤルホテルを運営するロイヤルホテルと、歩行に特化した自立支援デイサービスを手掛けるポラリス、脳梗塞といった脳血管疾患後遺症などに対するリハビリを提供する「脳梗塞リハビリセンター」を展開するワイズの3社による共同サービスだ。ポラリスとワイズは、いずれも急性期を過ぎた慢性期の患者に向けたリハビリサービスを展開しており、リーガロイヤルホテル内に施設を持つ。今回のサービスで提供されるリハビリは保険外の自費リハビリとなる。

「ホテルリハビリ」の共同記者発表会には、ロイヤルホテル 代表取締役社長 蔭山秀一氏(左)、ポラリス 代表取締役 森剛士氏(中央)、ワイズ 代表取締役会長兼CEO 早見泰弘氏(右)が登壇した(撮影:大亀 京助)
「ホテルリハビリ」の共同記者発表会には、ロイヤルホテル 代表取締役社長 蔭山秀一氏(左)、ポラリス 代表取締役 森剛士氏(中央)、ワイズ 代表取締役会長兼CEO 早見泰弘氏(右)が登壇した(撮影:大亀 京助)
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 今回のサービスの中で、歩行機能回復に向けたリハビリはポラリスが担当する。同社は全国58カ所でデイサービスセンターを運営するが、一般的な高齢者を対象とする通所介護サービスとは大きく異なる。最大の特徴は、様々な日常生活には必ず歩行が伴う点に着目し、自立支援として歩行機能の回復に向けた運動に注力する点。「運動学習理論」に基づき、入院・手術や疾患などによって歩くことを“忘れてしまった”体に、歩く練習によってもう一度歩く技能を身につけさせるべく、低負荷反復運動を行う。

 リーガロイヤルホテル内に今回新設したポラリスのリハビリルームには、軽い負荷で呼吸やリズムを重視して取り組むパワーリハビリ用機器6機種と、天井懸下式の支持装置を備えたトレッドミル(「Pウォーク」)を備える。まずはパワーリハビリで関節の柔軟性を高めて可動域を広げた後、股関節部分を支えて体重負荷を減らした状態での歩行練習を繰り返すPウォークで歩行動作を思い出させる。最後には、実生活に近い屋外歩行を行う外出訓練リハビリを実施する。

ゆったりとしたトレーニングルームに、酒井医療のパワーリハビリ用機器6機種を用意する。一般的なトレーニングマシンと見た目は似ているが、負荷が軽いという特徴を持つ。筋肥大ではなく、関節の柔軟性や関節可動域の回復を目的とする。軽いリズミカルな動きで、弱った全身の神経と筋肉を再び活性化させるという(撮影:大亀 京助)
ゆったりとしたトレーニングルームに、酒井医療のパワーリハビリ用機器6機種を用意する。一般的なトレーニングマシンと見た目は似ているが、負荷が軽いという特徴を持つ。筋肥大ではなく、関節の柔軟性や関節可動域の回復を目的とする。軽いリズミカルな動きで、弱った全身の神経と筋肉を再び活性化させるという(撮影:大亀 京助)
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天井懸下式の支持装置を備えたトレッドミル「Pウォーク」。転倒防止装置や安全装置を備える。0.2km/hといったゆっくりスピードで練習を始める。このトレッドミルで2km歩けるようになった時点で外出訓練リハビリを開始する(撮影:大亀 京助)
天井懸下式の支持装置を備えたトレッドミル「Pウォーク」。転倒防止装置や安全装置を備える。0.2km/hといったゆっくりスピードで練習を始める。このトレッドミルで2km歩けるようになった時点で外出訓練リハビリを開始する(撮影:大亀 京助)
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 一方、ワイズは手足・生活動作の機能改善などに向けたリハビリを担当する。同社は、全国20カ所で「脳梗塞リハビリセンター」を運営している。そのうちの1カ所が2019年2月に開設したリーガロイヤルホテル内の「脳梗塞リハビリセンター大阪」で、今回のサービスで利用する拠点となる。同センターが主に対象とするのは、脳梗塞や脳出血といった脳血管疾患などによる麻痺や失語症、高次脳機能障害といった後遺症。職場復帰などを目指す人の “退院後のリハビリ”需要に応える健康保険・介護保険外の自費リハビリとして、動かしやすい体作りや不定愁訴に対応する鍼灸や、手足の動かし方を中心とする理学療法士や作業療法士によるリハビリ、失語症に向けた言語聴覚療法、CYBERDYNEの装着型サイボーグ「HAL」を使ったリハビリなどを提供している。

 今回のサービスでは脳血管疾患などの要因に限らず、身体の機能改善を目指す人に向けて、鍼灸と理学療法士・作業療法士による手足の動き改善に向けたリハビリを提供する。特に歩行に向けたリハビリをポラリスが週5回集中的に行うことから、ワイズ(脳梗塞リハビリセンター)では手足の麻痺への対応や、入浴や食事など日常動作に関するアドバイス、鍼灸による痛みや疲れへの対応を中心にリハビリを進めることを想定している。個別の要望に応じて、言語聴覚療法やHALによるリハビリをオプションとして追加することも可能だ。

「脳梗塞リハビリセンター」での手足の動き改善に向けたリハビリの様子(撮影:大亀 京助、写真の一部を加工しています)
「脳梗塞リハビリセンター」での手足の動き改善に向けたリハビリの様子(撮影:大亀 京助、写真の一部を加工しています)
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短期集中リハビリに「金はいくらでも出す」

 「脳梗塞で倒れたある有名経営者から、『誰にも知られず2カ月でまたゴルフができるようになりたい。お金はいくらかかってもいい』と言われたことで、世の中にはそういう需要もあるのかと気付いた」──こう話すのは、ポラリスの代表取締役で心臓外科医・リハビリテーション医としての経歴を持つ森剛士氏だ。

ポラリス 森氏。自身の祖母が脳梗塞で寝たきりになったことをきっかけに心臓外科医からリハビリテーション医に転身し、2000年に慢性期外来リハビリ専門のクリニックを立ち上げた。自立支援に特化したデイサービスを全国に展開する(撮影:大亀 京助)
ポラリス 森氏。自身の祖母が脳梗塞で寝たきりになったことをきっかけに心臓外科医からリハビリテーション医に転身し、2000年に慢性期外来リハビリ専門のクリニックを立ち上げた。自立支援に特化したデイサービスを全国に展開する(撮影:大亀 京助)
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 森氏は「水分摂取」「食事」「排泄」「運動」の4つのケアポイントに重点的に対応する独自メソッドを開発し、「要介護度の改善」「介護保険からの卒業」を目指す自立支援サービスを提供してきた。実際、同社では2020年までの6年間で608人が介護保険からの卒業に成功し社会保障費の削減に貢献してきたとする。

 こうした中で介護保険や社会保障とは全く別の観点からの需要があることに気付き、2020年1月に「豪華客船で世界一周の旅を楽しみながら自立支援介護サービスを受けられる」という企画を発表した。「乗るときは車椅子、降りるときは自分の足で」をうたう、3カ月の集中リハビリを実施する介護ツーリズムだった。ところが乗船者を募集しようという矢先に新型コロナウイルス感染症が拡大し、特にクルージング業界が大打撃を受けたことでこの計画は一旦とん挫してしまった。

 海がダメなら陸の上で──との思いに応えたのが、ロイヤルホテル 代表取締役社長の蔭山秀一氏だ。コロナ禍でホテル業界も大きなダメージを受ける中、同社では「新しいホテルのあり方」を模索。例えば新たに提案した長期滞在型宿泊プランは専用に確保した約60室が稼働率6~7割を維持するなど好評で、プランの提供延長を決めたという。

ロイヤルホテル 蔭山氏(撮影:大亀 京助)
ロイヤルホテル 蔭山氏(撮影:大亀 京助)
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 「ポラリスが新たにリーガロイヤルホテルのテナントとして入居することが決まり、話しているときに『宿泊しながらリハビリができて、患者さんを元気にできたらいいね』と盛り上がったことがきっかけで今回の商品化につながった。従来、ホテルの使い方と言えばビジネスかレジャーだった。これからはヘルスケアツーリズムやメディカルツーリズムといった提案もできるのではないかと考えている」(蔭山氏)。

 この案に加わったのが、先にリーガロイヤルホテル内に入居していたワイズ(脳梗塞リハビリセンター)だ。脳出血などは40~50代の患者も多いために職場復帰に向けて保険外サービスでも利用したいとの需要が高く、「患者は増えているのに社会保障によるリハビリは限られている。今後は保険外サービスが増えていくとみている」(ワイズ 代表取締役会長兼CEO 早見泰弘氏)。最近は医療施設からの紹介事例も増えているとする。脳梗塞リハビリセンター大阪に関しては県外利用者も多く、利便性を考えて宿泊プログラムも検討していたため、今回の企画に参加した。

ワイズ 早見氏。自身が車椅子生活とリハビリを体験したことをきっかけにIT業界からリハビリ業界へと飛び込んだ(撮影:大亀 京助)
ワイズ 早見氏。自身が車椅子生活とリハビリを体験したことをきっかけにIT業界からリハビリ業界へと飛び込んだ(撮影:大亀 京助)
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 ホテル内で同フロアに対面して入居するポラリスと脳梗塞リハビリセンターは、ともすれば慢性期リハビリサービスを提供する競合でもある。そこを「この2社が入居する施設はここが日本初」(蔭山氏)とプラス方向に捉え、保険内のリハビリでは飽き足らない層に向けて、2施設での徹底的な集中リハビリと人気のホテル連泊プランを組み合わせたサービスにしたのが、今回の「ホテルリハビリ」というわけだ。なお、今回のサービスでは内容の重複を避けるために、ポラリスは歩行訓練に特化し、通常はトレーニングも提供している脳梗塞リハビリセンターは痛みや疲れに対応できる鍼灸や手足・生活動作の機能改善に特化する形となっている。

 2021年10月1日に提供開始する。基本の「ベーシックプラン」の価格は前述のリハビリトレーニングにリハビリ対象者と付き添いの計2人分の宿泊費(同プラン専用ツインルーム1室2人、諸税・サービス料・朝食含む)30泊分を含めて196万円からと設定する。「体験プラン」として、ポラリスとワイズによるカウンセリング、リハビリ体験を受けられる2泊3日のプラン(同2人分の宿泊費2泊分含む)は11万円から用意している。

 今回のサービスに向け、リーガロイヤルホテルは専用に2室を用意している。ベッド脇に手すりが用意されているほか、浴室にも手すりが設置され、入浴時に使う置き式の補助用品を備えている。現段階では特に目標などは設けず、サービスを提供しながら需要を探るとする。

「ホテルリハビリ」用の客室の様子。リハビリ対象者が利用することを想定した右側のベッドの右横には手すりが置かれている。これは右半身に麻痺がある人の利用を想定したケース。手すりは置き式で位置は変更できる。部屋はオプションとしてアップグレードも可能。その場合は長期滞在型宿泊プラン用の部屋を利用する(撮影:大亀 京助)
「ホテルリハビリ」用の客室の様子。リハビリ対象者が利用することを想定した右側のベッドの右横には手すりが置かれている。これは右半身に麻痺がある人の利用を想定したケース。手すりは置き式で位置は変更できる。部屋はオプションとしてアップグレードも可能。その場合は長期滞在型宿泊プラン用の部屋を利用する(撮影:大亀 京助)
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手すりや入浴用補助用品を備えた浴室(撮影:大亀 京助)
手すりや入浴用補助用品を備えた浴室(撮影:大亀 京助)
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AI・IoTできめ細かな自立支援介護もスケーリング

 実は今回のサービスの裏側では、もう一つの新たな取り組みが始まっている。ポラリスとパナソニックが共同開発した、IoT・AIを活用した要介護高齢者向け「短期滞在型自立支援サービス」だ。ポラリス独自の自立支援ノウハウとパナソニックのAI分析基盤技術を掛け合わせ、科学的エビデンスに基づく自立支援介護の実現に向けて開発したもので、対象者の状況をセンシングしデータを収集するIoTシステムと、そのデータを分析するAI分析基盤を利用する。

 ポラリスが開発した独自メソッドでは、先に紹介したように「水分摂取」「食事」「排泄」「運動」の4つがポイントとなる。例えば、高齢者などが陥りやすい脱水症状に向けて1.5L/日といった十分な水分摂取を実施、食事はできるだけ刻みなどの加工を止めて常食をとることで、排泄リズムを整える。同時に、各症状に対して多様な投薬を受けている場合が多いため、主治医と相談しつつ薬を減らす方向で調整する。加えて睡眠や意欲向上への対応も欠かせない。こうして生理機能を整え生活リズムを整えた上で、歩く練習により自立支援を実現するという方法だ。

 そのためには、まず対象者の生活実態を把握し、その状況に応じてケア内容を決め、さらにケアやプログラムを実施しながら現状や改善具合を把握、さらにケア内容を更新する必要がある。ただし、対象者からの聞き取りで正確な生活実態や現状を把握することは難しく、時間や手間もかかる。さらに、ケア内容を作成するスタッフの熟練度により、効果がばらつく可能性もある。またスタッフの人数や能力から対応できる人数にも限りが生じ、今後拡大するとみられるニーズに十分対応できない可能性も生じる。

 こうした課題への対応策として、パナソニックとポラリスはAI・IoTを活用した自立支援介護プラットフォームの構築を2018年から進めてきた。今回のリーガロイヤルホテルで実施する「ホテルリハビリ」は、その実用事例第1弾にあたる。

「短期滞在型自立支援サービス」の流れ。リゾート地やホテルに滞在して短期集中で効果的なリハビリを実践することを想定している(図:パナソニック、ポラリス)
「短期滞在型自立支援サービス」の流れ。リゾート地やホテルに滞在して短期集中で効果的なリハビリを実践することを想定している(図:パナソニック、ポラリス)
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 「短期滞在型自立支援サービス」は、以下のような流れとなる。まず対象者の自宅にリモート用アセスメントキットを送付する。キットには活動量・歩数や睡眠状態を把握するためのウエアラブル機器が含まれており、1~2週間装着して日常生活の状況を把握する。また、疾患や服薬、生活状態などを把握するためのWeb問診をタブレット端末で実施する。これらのデータをパナソニックが収集、AIでの分析によりTUGなどの廃用(長期に渡る過度な安静などで生じる身体機能低下など)レベルを推定し、3カ月後の改善レベル推定などの予後予測を示す。それに基づいてポラリスの専門スタッフがオンライン診断などを交えながら目標や改善プランを策定する。ウエアラブル機器などを利用することで聞き取りに比べて状態把握の精度が高められ、改善レベルの推定は対象者の意欲向上にも役立つとする。

 ホテルではポラリスのスタッフがリハビリなどのケアに当たると同時に、ウエアラブル機器で活動量などのリアルタイムモニタリングを続ける。今回の「ホテルリハビリ」では共同開発した「排泄センサ」(カメラ)をトイレの便器に設置、大便の頻度や形状(量や質)を自動で記録する実証実験を行う。こうしたモニタリングデータから、現状や改善度を分析し、運動だけでなく水分量や食事などについても改善プランを更新することで、効果の最大化を図る。

ウエアラブル機器として米Fitbitの製品を利用している(撮影:大亀 京助)
ウエアラブル機器として米Fitbitの製品を利用している(撮影:大亀 京助)
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「ホテルリハビリ」用客室のトイレに「排泄センサ」を設置して実証実験を行う。聞き取りや個々人の記録では記憶が曖昧だったり評価が主観的になったりすることから、自動でセンシングする意義は大きいとする(撮影:大亀 京助)
「ホテルリハビリ」用客室のトイレに「排泄センサ」を設置して実証実験を行う。聞き取りや個々人の記録では記憶が曖昧だったり評価が主観的になったりすることから、自動でセンシングする意義は大きいとする(撮影:大亀 京助)
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 両社はAI・IoTの活用により劇的な効率化と質の向上が図れる点に期待する。ポラリスとパナソニックは、リーガロイヤルホテルでの「ホテルリハビリ」について定員10人を想定しており、2021年内で3人程度の利用を見込む。加えて、ほかのホテルやサービス付き高齢者向け住宅、国外企業とも話を進めており、事業拡大を狙う。今後は改善プランの自動作成も視野に入れて開発を進める予定だ。現時点では改善プランの自由度が高く個別対応しやすい自費サービスを対象としているが、将来的には介護保険適用のデイサービスや通所後のフォローなどにも活用できるとみている。

(タイトル部のImage:大亀 京助)