治療用アプリの開発を進めるヘルスケアスタートアップのキュア・アップ(関連記事)。同社は今、大阪府豊中市などと共同で「とよなか卒煙プロジェクト」に取り組んでいる。

 とよなか卒煙プロジェクトは、喫煙や受動喫煙による疾病の予防と健康寿命の延伸を目的に禁煙への動機付けや禁煙支援を行う事業。キュア・アップのアプリを用いた「ascure(アスキュア)卒煙プログラム」(詳細は後述)を活用する。豊中市在住か在勤者が対象で、実施期間は2019年6⽉28⽇~2022年3月末までだ。

『豊中市在住・在勤の喫煙者に対する禁煙支援事業』民間資金を活用した成果連動型業務に関する基本合意書調印式の様子。この調印式自体は2019年5月末に実施された(出所:豊中市)

 この取り組みで特徴的なのは、民間から調達した資金で事業者が行政サービスを市民へ提供し、その成果に応じて行政が委託料を支払う官民連携手法、いわゆる「ソーシャル・インパクト・ボンド」(以下、SIB)を用いる点だ。今回のケースでは、三井住友銀行と社会的投資推進財団が主な資金提供者となる。資金調達のために、SMBC信託銀行が信託機能を提供、キュア・アップは信託受益権の販売をプラスソーシャルインベストメントへ委託する。社会的投資推進財団が中間支援組織としてプロジェクトの管理運営などの支援を担う。

 2019年9月に都内で開催されたメディアセミナーでは、今回の取り組みに参画している各団体・企業の担当者が登壇。それぞれの立場からプロジェクトへの関わりなどについてのプレゼンテーションが実施された。

民間からの資金提供の機運は高まっている

 初めに、社会的投資推進財団 代表理事の青柳光昌氏が登壇。SIBという手法についてあらためて説明した。

社会的投資推進財団 代表理事の青柳光昌氏(写真:近藤 寿成、以下同)

 一般に、行政サービスの民間委託には、「行政」「事業者(NPO、民間企業など)」「受益者」の3つが存在し、まずは行政と事業者が業務委託契約を結び、事業者が受益者に対してサービスを提供する。そして、委託業務の履行に対して行政から事業者に支払いが発生する。

 一方、最近注目を集めているのが「成果連動支払い」の業務委託。行政と事業者が業務委託契約を結び、事業者が受益者に対してサービスを提供する点は同じだが、成果の目標値が設定され、「第三者評価者」による客観的な評価・報告が加わるというのが相違点だ。行政から事業者に支払われる委託料は、その成果に応じた金額になる。

 そして、この成果連動支払いの業務委託に民間資金を投入する仕組みがSIBである。民間の資金提供者にとっては、自分たちの資金が公益の仕事に使われ、良い結果が出れば「社会に対するインパクトと経済的なリターンがしっかり得られる」(青柳氏)という特徴は魅力的であるため、民間からの資金提供の「機運は高まっている」と同氏は語る。

 現在、日本でのSIB導入数は大小合わせて20件ほど。この中で案件が増えているのが、ヘルスケア分野だという。

ヘルスケア分野は成果連動型で特に重視と内閣府

 次に、内閣府 成果連動型事業推進室参事官の石田直美氏が登壇。行政サイドの現状や取り組みなどを紹介した。

内閣府 成果連動型事業推進室参事官の石田直美氏

 内閣府では、SIBを含む成果連動型民間委託契約を「PFS(Pay for Success)」と呼んでいる。これまでは社会的課題の解決に民間の人材や資金があまり入っていなかったことから、「それらを呼び込む有力なツールの1つとして、PFSを活用していく」(石田氏)というスタンスだ。政府としては、SIBに限らずインセンティブの仕組み自体を重視し、「成果連動型民間委託の全体を推進していく」(同氏)とする。

 内閣府のアンケート調査によると、PFSの課題として多かったのが「適正な成果指標等の設定が困難」や「予算の確保が困難」という声。こうした声を受け、内閣府では2019年7月1日に成果連動型事業推進室を設置。これまでの案件から得られた知見や蓄積を生かしながら、普及促進のための取り組みを進めていくという。

 今年度の取り組みとしては大きく2つを掲げる。すなわち、「医療・健康、介護及び再犯防止の3分野を重点分野として、2022年度までの具体的なアクションプランを策定する」、そして「国内外での先行事例を調査・整理し、その成果を基にPFSを普及・啓発するポータルサイトを構築する」である。

 ヘルスケア分野は、PFSで特に重視している分野となる。「予防・健康づくりとPFSは非常に親和性が高い」(石田氏)。その理由として、個人的な意見と前置きしつつ「急速な技術進歩に対して迅速に対応できる」「新サービスから出てくるさまざまなデータが、その後のイノベーションの土台になり得る」「信頼関係やモチベーションなどの気持ちの部分が、成果連動とマッチしやすい」という3点を示した。

「虚偽申告の防止と正確な測定にコミットする」とキュア・アップ

 続いて登壇したキュア・アップ COOの宮田尚氏は、とよなか卒煙プロジェクトで利用する「ascure卒煙プログラム」の概要などについて説明した。

キュア・アップ COOの宮田尚氏

 ascure卒煙プログラムは、同社が展開する法人向け事業の一つ。「アプリ」+「オンライン面談」+「医薬品」で構成する完全オンラインの禁煙プログラムだ。従来の禁煙プログラムには「禁煙外来」などがあるが、これには「始めづらい」「支援が不足」「期間が短い」などの課題があり、広く普及するには至っていない。実際、禁煙治療を開始してから1年後に約70%が再喫煙に戻ってしまう状況にあるそうだ。その要因として宮田氏は「心理的依存へのフォローが不十分」「副作用が強く、自動車運転をする人には制約がある」などを挙げる。

 そこでascure卒煙プログラムでは、心理的依存をアプリや専門家でサポートする仕組みを導入。独自の医学知見を組み込んだアプリで、利用者それぞれに合った内容とタイミングで卒煙支援を提供。指導者にも、利用者ごとに支援すべきポイントを伝える。さらに、従来の禁煙プログラムでは3カ月間と短かったサポート期間を6カ月間に設定し、禁煙に失敗しがちな3~5カ月目に対してもしっかりサポートするなど、「成果を重視する民間企業の知恵を反映している」(宮田氏)。実際、従来の禁煙プログラムと比較しても、非常に良好な成績を上げているという。

 今回の事業の成果指標としては、ascure卒煙プログラムへの参加者数や成功実績を設定。成功の指標となる禁煙継続の確認についても、自己申告だけでなく検査キット(だ液検査)による客観的な測定を追加し、「虚偽申告の防止と正確な測定にコミットしていく」(宮田氏)とした。

今回の予算規模は上限額6100万円

 次に、豊中市 健康医療部 健康政策課 主幹の岸田久世氏が登壇。今回、同市がSIBを活用するに至った経緯として、「資金調達の仕方が市の方針(行財政運営方針)に合致したから」と述べた。

豊中市 健康医療部 健康政策課 主幹の岸田久世氏

 保険分野は財政支出の削減対象になりやすいため、「成功報酬は非常に興味があり、新たなスキームとして取り組むことができた」と岸田氏は振り返る。また、SIBは資金提供者からの事業進捗に対するチェックが働くため、「市民に対して、市の取り組みへの理解の促進が図れる」(同氏)と期待する。

 今回の予算規模は上限額6100万円。禁煙外来や他の禁煙支援などの費用と医療費削減効果額との比較などの観点から設定した。期間については、禁煙外来を参考にするとともに、民間事業者の創意工夫を踏まえて、2019年度~2021年度の複数年を設定したという。禁煙の成否は検査キットなどによる客観的なデータで判別できるため、評価機関は設定していない。事業参加者は計900人を目標とし、禁煙成功率50%を見込んでいるとした。

「投資家はキュア・アップの事業に共感して出資する」

 最後に、三井住友銀行 成長産業クラスター 第二グループ グループ長の上遠野宏氏が登壇し、今回のSIBにおける資金の流れの詳細を解説した。三井住友銀行は今回のプロジェクトで資金提供や事業監視の役割を担うほか、「リスクとリターンを切り分ける役目も果たしている」(同氏)。具体的にはSMBC信託銀行の信託機能を活用しているのが大きな特徴だ。

三井住友銀行 成長産業クラスター 第二グループ グループ長の上遠野宏氏

 今回のプロジェクトの場合では、豊中市とキュア・アップが業務委託契約を結んだあと、キュア・アップはSMBC信託銀行に金銭債権信託をする。ここで債権の持つリスクとリターンを切り分けて2つの受益権A・Bを作り、それぞれのリスクに合わせて資金提供者にAないしBの受益権を売却する。

 上遠野氏によれば「投資家はキュア・アップの事業に共感して出資する」というイメージであり、これも信託機能の一つとのこと。専門用語では「倒産隔離機能」と呼ぶそうだが、「“事業者”に投資するのではなく、“事業”に投資すると考えてほしい。ここが他のSIBとは異なる」と補足して説明を終えた。


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