順天堂大学、花王、Preferred Networks(以下、PFN)などの研究グループは、パーキンソン病患者皮脂中のRNA(リボ核酸)に、病態と関連した特有の情報が含まれることを発見した。これを受けて3社は、「皮脂RNA情報と機械学習モデルによる新たなパーキンソン病検査方法の可能性」について、共同でオンライン記者発表会を開催した。

 順天堂大学大学院医学研究科神経学の服部信孝教授によれば、パーキンソン病(以下、PD)の患者には「脂漏性顔貌」という皮脂腺に問題のある特異な症状があるという。これに加えて、「皮脂RNAは安定性が非常に高い」という花王の研究成果があったことから、順天堂大学大学院医学研究科神経学の斉木臣二先任准教授はそれらに着目し「PDの診断に用いられないか」と考えて研究がスタートした。

順天堂大学大学院医学研究科神経学の服部信孝教授(写真:オンライン会見のキャプチャー、以下同)
順天堂大学大学院医学研究科神経学の服部信孝教授(写真:オンライン会見のキャプチャー、以下同)
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 今回の3者の取り組みから得られた結果は「皮脂RNAによるPDの新たな検査方法の可能性を示した画期的な成果」で、AIを組み合わせた「最先端の研究成果」であると服部氏は説明する。さらに、今後は「これを臨床に生かしていくフェーズとなる」と付け加えた。

「現在のPD診断に変わりうる」

 今回の研究の概略については、斉木氏が説明した。まず、PDの症状は「PD運動症状」と「PD非運動症状」の2種に大別されており、運動症状では「筋肉の強張り」や「手の震え」などが有名である。ただ、近年は「PD非運動症状も非常に重要であることがわかってきた」(斉木氏)という。

順天堂大学大学院医学研究科神経学の斉木臣二先任准教授
順天堂大学大学院医学研究科神経学の斉木臣二先任准教授
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 例えば、PD非運動症状としては、PD運動症状が出る前から「抑うつ」「睡眠障害」「嗅覚低下」などの症状が出ることはよく知られているが、今回の取り組みでポイントとなる「自律神経機能が関与する症状」も「非常に高頻度に見られてくる」と斉木氏は指摘する。また、PD運動症状の原因は黒質ドーパミン神経細胞の脱落にあると考えられており、PDの黒質ドーパミン神経細胞の変性には「ミトコンドリアも重要な役割を果たす」(斉木氏)ことが確立されている。

 一方で、皮脂の調節については、自律神経の中枢である視床下部から「皮脂腺」に命令が伝わり皮脂の調節が行われるのだが、これに加えて「プロラクチン等のホルモンよって皮脂腺が制御される」(斉木氏)こともわかっている。これにより、皮脂腺細胞そのものが剥脱し、表皮に細胞内成分(皮脂)を供給する「全分泌様式」という構造でコントロールされている。

 このような構造があるなかで、PD患者は「自律神経を含む神経終末が減少する」や「60%に疲労性皮膚炎あり」、「皮脂化合物で脂質組成変化・脂肪酸β酸化機能低下あり」といった報告がある。そのため、斉木氏は「PD患者にも皮脂の変化が起こっているのではないか」と考えた。

 PDの検査においては、「皮脂が理想的である」ということもポイントの1つだ。これまでの10年間、斉木氏のグループはPD患者を血液で診断する「血液診断バイオマーカー」の研究を中心に進めてきた。しかし、血液は「専門的な病院で採血しなければならない」や「その後の処理も重要になる」といった課題があったため、「より簡便で安全なサンプルが求められていた」(斉木氏)。その点、皮脂の採取には侵襲がなく、血液あるいは尿よりも取りやすいため「とても優れている」(斉木氏)わけだ。

 また、現在のPD診断では、大まかに「医師による問診、診察」→「脳MRI」→「核医学検査」→「PD治療薬が効くか?(i-dopa製剤への反応性)」という流れを経て、それらを根拠に確定診断を行う。しかし、この流れでは「煩雑」「高侵襲」「高価」といった課題があった。そこで、「簡便」「非侵襲」「安価(従来の1/7)」である今回の皮脂RNA解析技術であれば、「現在のPD診断に変わりうる」と斉木氏は期待する。

 研究成果の発展性について、斉木氏は「皮脂検査による精密診断に基づく精密医療」を将来的な目標と位置付ける。具体的な方向性としては3つある。第1は、PDの早期診断による「早期治療介入(リハビリなど)」。これを実現し、PDの進行を抑制して医療/介護費の削減につなげる。第2は、PDを発症した人に対する「病状評価への拡張」。これにより、治療の成功率が向上し、新薬上市の迅速化がはかる。そして、第3は「発症前診断への拡張」。発症する前に先制医療を行うことで発症を予防し、それにより医療/介護費の削減を目指す。

「あぶら取りフィルム一枚で皮脂中のmRNAを網羅的に解析」

 次に、花王 生物科学研究所 皮脂RNAプロジェクト プロジェクトリーダーの井上高良氏が、皮脂RNAの解析技術について紹介した。

花王 生物科学研究所 皮脂RNAプロジェクト プロジェクトリーダーの井上高良氏
花王 生物科学研究所 皮脂RNAプロジェクト プロジェクトリーダーの井上高良氏
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 花王は、皮脂腺の全分泌様式に着目した研究から、皮脂の中には「ヒトのRNA情報が豊富に含まれる」(井上氏)ことを解明。さらにこの発見を起点とし、皮脂中のヒトのRNA発現情報を網羅的に解析する技術を構築することに成功した。皮脂は「いつでもどこでも誰でも採取できる」ことから、この技術の最大の特徴は「生体試料の採取簡便性」にある。井上氏は「あぶら取りフィルム一枚で非侵襲的に皮脂中のmRNAを網羅的に解析できる」と説明する。

 花王はこれまで、健常者とアトピー性皮膚炎の皮脂RNA情報の比較から、皮脂RNAの解析技術で「アトピーの状態をモニタリングできる可能性」(井上氏)を示唆してきた。さらに、健常な皮膚においても「日々変化する皮膚の状態を精緻にモニタリングできる可能性」を示唆してきた。これまでの研究で「皮脂RNA情報は採取時の皮膚状態を反映する」ことがわかってきたことから、今回はその成果をベースに「皮脂RNA情報でのPDのモニタリング」(井上氏)に挑戦したという。

 今回の皮脂RNA解析では、未治療のPD患者を含むグループと治療中のPD患者を含むグループの2つを対象とし、「健常者とPD患者で皮脂RNA発現量に差異のある遺伝子の抽出」を行った。その結果、健常者とPD患者の間では「一部の皮膚RNA発現量が異なる」ことがわかった。

 そこから、PDの皮膚RNA情報と関連する生物学的現象を探索。今回は「PDで増加した遺伝子」に対して「既知現象との適合性」を解析するためにデータベースを用いた探索を実施したところ、両方のグループで「パーキンソン病」と「ミトコンドリア関連」の機能が密接に関連していることが見えてきた。ミトコンドリアはPDの病態と密接に関連していることから、ミトコンドリアに関連した16分子にフォーカスして「健常者とPD患者における発現差の解析」(井上氏)に取り組んだ。

 その結果、両方のグループで「PD患者はミトコンドリアに関連した分子が多い傾向を示す」ことが明らかになった。これにより、PDの皮脂RNA情報は「ミトコンドリア関連分子の変化を反映する」ことがわかったそうだ。

 今回、皮脂RNA情報により体内の疾患状態をモニタリングできる可能性が示唆されたことに対して、井上氏は「非常に大きな意義を持つ」と考える。花王としては今後、皮脂RNAの採取簡便性を最大限に活用し、さまざまな早期発見や診断につながるような研究を進めていくほか、美容やヘルスケア領域においてもその応用化を目指す考えだ。さらに井上氏は「日々の暮らしの中で手軽に体の状態をモニタリングできる技術を構築し、人々の健康寿命の延伸に貢献していく」と語った。

 最後に、Preferred Networksの小林啓之氏が、今回の機械学習技術について説明した。PFNと花王は、皮膚RNA解析領域における協働プロジェクトを2019年11月から開始。今回のプロダクトでは、取得した皮膚RNA情報等から機械学習モデルを構築し、「できる限り高精度なPDの判別モデルを構築する」(小林氏)ことがPFNの役割となる。

Preferred Networksの小林啓之氏
Preferred Networksの小林啓之氏
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 PD判別モデルの処理の流れでは、主に2種類のモデルを組み合わせて分類される。第1は「皮脂RNAのデータなどからPDの重症度を予測するモデル」、第2は「第1のモデルの予測結果と皮脂RNAのデータなどを組み合わせ、PDかどうかを判別するモデル」である。また、これらモデルの評価結果としては「皮脂RNA・年齢・性別情報を用いてPDをかなり高精度で判別できる」「重症度予測の結果を用いることで、より精度が高くなる」ことが判明したとし、小林氏は解説を終えた。

(タイトル部のImage:オンライン会見のキャプチャー)