医療をもっと身近なものに感じてもらうため、横浜市は2018年10月から、民間企業などと連携した手法で医療広報を実施する「医療の視点」プロジェクトに取り組んでいる。その一環としてこのほど、患者と医療従事者の視点の違いによって生まれるコミュニケーションギャップの改善を目的とした「医療マンガ大賞」を創立した。

 「医療マンガ大賞」は、マンガの原作となる10点のエピソードを事前に用意し、そのエピソードに基づいてマンガを投稿してもらうプロジェクト。「医療に対する視点の違いや想いを描き出す」「実際の医療現場での出来事をエピソード化」「医療の話題をマンガで分かりやすく伝える」という3つをキーポイントに掲げる。応募期間は2019年10月10日までに応募された作品に対して、11月上旬の結果発表を予定する。

 横浜市医療局は2019年9月30日、「医療マンガ大賞」の開催を記念するイベントを横浜市内で実施。応募作品を審査する編集者やマンガ家、医療従事者によるトークセッションが開かれた。登壇したのは、コルク 代表取締役会長(編集者)の佐渡島庸平氏、マンガ家のこしのりょう氏、医師・コラムニストで「SNS医療のカタチ」を展開する大塚篤司氏、メディカルノート 代表取締役・共同創業者で医師でもある井上祥氏だ。

会場の様子(写真:近藤 寿成、以下同)

 まずはそれぞれの立場から、実際の医療現場で起きるコミュニケーションギャップについて語った。現役医師の大塚氏は実際に「大きなギャップを感じている」そうで、専門的になればなるほど「患者と医者との間で知識差が広がっている」と感じている。例えば、近年はがん治療が進歩しており、がんの成長を抑えて共存することも可能だが、20年前の知識で止まったままの患者はいまだに「がん=死」と思っているため、がんを宣告されると大きなショックを受けてしまうケースが多いという。

医師と患者のギャップ

 これには井上氏も同意見で、医師が「このがんは、しっかり治療すれば治る」と説明したくても「患者は頭が真っ白で何も入らない」というシーンを多々経験してきたそうだ。

 医師は同じような患者の反応を何度も見ているため、先の展開が「パターンのように分かってしまうことも多い」と大塚氏は説明する。ただ、それが逆に患者とのギャップを生んでしまう可能性もあるとのこと。例えば、治るがんであれば医師は「患者が戸惑うステップを頭の中ではショートカットしてしまい、すぐに前向きな話を始めてしまう」という間違いを犯すケースもあるそうだ。「医師には見えている未来が、患者には見えていない」からこそ起きる間違いであり、「そのギャップの見極めが難しく、とても気を使う」と補足した。

 井上氏は、以前に外来で「同じ説明を1日に何度もした」という経験は何度もあったという。そこで考えたのが、「この説明をインターネットなどで提供できないか」ということ。病気の基本情報などが患者側に少しでも事前に入っていると、医師としてはルーティン的な説明が不要となるため、「その後のコミュニケーションがとても豊かになる」と感じているそうだ。

メディカルノート 代表取締役・共同創業者で医師でもある井上祥氏

 しかし、とある調査では「約80%の人がインターネット上で医療情報を見ている」ものの、「インターネット上で信頼できる情報は約26%しかない」と言われている。井上氏自身は、現役の医師による医療Webメディア「メディカルノート」で正しい医療情報の発信に努めているものの、「インターネット上の医療情報は信頼されていない」と吐露した。

 佐渡島氏は、以前にマンガ『宇宙兄弟』でALS(筋萎縮性側索硬化症)のテーマに携わったとき、「安楽死」について考えさせられた経験を語った。現在は技術が進歩したことで、脳死状態でも生き続けることが不可能ではない。そのため、いつ死ぬのかという「死の自由」が「我々の手に委ねられてしまった」と佐渡島氏は分析する。

 しかし、この死の自由を医者は決められないし、患者やその家族もそう簡単には決められない。誰もが死の自由に対して向き合えていないことが現代の問題で、「ほとんどの人にとって、死の自由は重過ぎる荷物になっているのではないか」と危惧した。

コルク 代表取締役会長(編集者)の佐渡島庸平氏

 これに対して大塚氏は、「医療現場で死の話がタブーになっている」ことを課題として挙げる。人は必ずいつかは死ぬのだから、その話を診察室でできるのか。そして、患者にその話をする覚悟があるのか。大塚氏は、日本の病院では「その土壌が育っていない」と感じており、だからこそ「その議論が遅れている」と現状を憂いた。

マンガの持つポテンシャルに期待

 そうした中で、医療情報を届けるツールの1つとして期待されるのが「マンガ」だ。文字や写真、グラフだけが並ぶインターネットの情報ではイメージしにくい部分もあるだけに、疑似体験しやすく、感情も入りやすいマンガであればイメージも容易だ。

 『NS’あおい』や『町医者ジャンボ』など、医療従事者のマンガを手掛けているこしの氏は、「患者と医療従事者が信頼関係をどう構築していくか。自分はそういったマンガを描きたい」と自身の方向性を表現する。また、その作品がしっかり描けていれば、それを読んだ人にも「医師や患者の想いを理解してもらえるはず」と、マンガの持つポテンシャルにも期待を寄せる。

マンガ家のこしのりょう氏

 このポテンシャルを生かし、まさに医療に関するコミュニケーションギャップを改善しようというのが「医療マンガ大賞」である。今回用意された10点の原作エピソードのうち、「転院/退院」「人生の最終段階」「脳卒中」という3テーマ×2視点(患者側 and 医療従事者側)の計6点はメディカルノートが監修した。

 特に「脳卒中」に関しては、監修に携わった井上氏の実体験も大きく反映されており、「自身の母親でさえ、脳卒中の兆候である体のちょっとした“しびれ”を放っておくほど意識が低かった」と当時を振り返った。一歩間違えれば、後遺症が残ってしまう可能性もあるだけに、「そういった人を1人でも出さない」ために選ばれたそうだ。

「医療マンガはこれからどんどん注目が増す分野」

 残り4点のエピソードについては、156点あった一般公募から、大塚氏を含む4人が選定。元々は4人で1点を選ぶ予定だったが、「そこまで厳選するのはとても無理だったので、1人1点を選ぶことになった」(大塚氏)。また、すべての応募作に目を通した感想として、「どれも強い思い入れが込められており、こちらのメンタルに響いた」とのこと。ただ、いい話ばかりではないので「考えさせられることも多く、なかなか辛い作業だった」と選定時の苦労も吐露した。

医師・コラムニストで「SNS医療のカタチ」を展開する大塚篤司氏

 この10点のエピソードを基にマンガを描くわけだが、こしの氏は「同じエピソードでも、描く人によってキャラクターが異なるので、そのキャラクターがしっかり見えるように描いてほしい。あと、思いっきり自分を出してほしい」と応募者にエールを送った。佐渡島氏も「情報を伝えるよりも、読む人の心を動かすのが医療マンガ大賞の意義。どんなシーンやセリフで感情を動かすのか。それをしっかりイメージしてから描き始めるといい」と編集者目線でアドバイスした。

 最後に、各登壇者からのメッセージとして、佐渡島氏は「医療マンガはこれからどんどん注目が増すと思われる分野。本業のマンガ家だけでなく、医師でマンガを描く人の投稿も待っている」。こしの氏は「個人としては、日常的に病気や健康に気を付けていることが大事。その啓蒙のためにも、好きに楽しくマンガを描いて、多くの人に読んでもらいたい」と語った。

 大塚氏は「『これはすごい』というマンガに早く出会いたい。下手でもいいので、とにかく読ませてほしい」、井上氏は「今回、現場の医療従事者もとても前向きに協力してくれた。彼らが普段使いできるようなマンガを期待する」と応募者にエールを送り、イベントを締めくくった。


(タイトル部のImage:近藤 寿成)