前編に引き続き、グラクソ・スミスクライン(GSK)が9月末に開催したセミナー「医療現場におけるデータ・ICT利活用の事例と展望」から、医療データを巡る新しい動きを見ていく。後編で紹介するのは、アプリを利用して慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の情報を集め、日常の症状把握や服薬アドヒアランス、QOL・生命予後向上につなげる取り組みだ。

 COPD患者の情報収集におけるアプリ利用の意義について、GSKガバメント・アフェアーズ&マーケット・アクセス部門長の張家銘氏は、「COPDと診断され治療を開始した患者の8割以上が、医師にうまく症状を伝えられていない。このため医師が増悪のリスクを捉えられず、適切な治療を行えていない状況がある」と説明する。こうした問題を避けるには、医師が患者の日常の症状をより簡単に把握できることが大事というわけだ。

 GSKは、オンライン診療システムを開発するインテグリティ・ヘルスケアと協力してアプリによる情報収集の仕組みを作ろうとしている。インテグリティ・ヘルスケアの代表取締役会長で医療法人社団鉄祐会理事長の武藤真祐氏が登壇し、GSKとの共同研究の経緯や進捗状況、臨床での課題などを解説した。

医療現場の課題をICTで解ける?

インテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長の武藤氏(写真:Beyond Health、以下同)

 武藤氏は、東京大学医学部卒業後、病院の循環器内科医、宮内庁の侍医、コンサルティング会社勤務を経て、2009年に在宅医療の経営支援などを手がけるインテグリティ・ヘルスケアを設立した。2016年からオンライン診療システム「YaDoc」を展開し、2019年8月時点で1954施設に導入され、登録患者数は7万7606人となった。YaDocの仕組みを利用して、COPDの治療効果を高めようとしている。同氏は、前段として医療のICT(情報通信技術)化を巡る自らの問題意識について次のように説明した。

 「基幹産業が大きな波で、変化を迫られている。トヨタ自動車でさえ残るか分からない。流通業もアマゾンが入ったりして、大きく変わっている。そうした中で医療は昔から変わらない状態で、存在している。製薬企業が薬を作り、医師が処方して、患者に飲んでもらう。外科が手術をして、治す。この全体の流れは、近代医学が発達してもほとんど変わらない。他の産業がIT化したのに、変わらないでいられるかというと、そんなことはない」

患者発のデータは宝?

 武藤氏は中国を例に出して、医療の仕組みが大きく変わっている状況について紹介。その一つが「無人クリニック」だ。

 「そこに入ると、声や動きがカメラで撮られ、そこから自動問診が行われて、1分ほどでおおむねの診断ができるようになっている。オンラインで医師と話すことも可能で、診断がつけられた後、薬の自動販売機で薬を受け取る」と武藤氏は説明する。中国では人口増加に対応できる医療の担い手不足を、こうしたICTの活用で乗り切ろうとしている。少子高齢化などの問題が横たわる日本にも、「こうしたイノベーションの波が来る」とみている。

 ICT活用という観点から、医療現場で武藤氏が解決すべき問題の一つと見るのは、患者の服薬管理がうまくできていないこと。「慢性疾患の薬は、医師の管理下に置かれておらず、患者さんが自分で飲んでいるのが前提になるが、薬が本当に使用されているかが分からない。医療現場を見ると、実際にいまの医療でできていないことがある。本来、私たちが知るべき情報が入ってこない。患者に伝えたくても伝える暇がない。慢性疾患の管理は難しく、どうにかしないといけない」。

 いくら薬があっても、使われなければ効くはずがない。「薬を出してどうやっていい形で使ってもらえるか。本当のバリューを出すことを考えるフェーズにある」と武藤氏は話す。

 武藤氏らが推し進めようとするのが、患者自らがデータを記録し出していく仕組みである。

 これは、PRO(patient reported outcomes:患者報告アウトカム)と呼ばれているものだ。PROは、医師など医療従事者が検査などで評価するのではなく、患者自らが患者の症状やQOLを測定して評価する。スマートフォンなどの電子機器を使ってデータをやりとりする仕組みに注目して、電子的PRO=ePROと呼ばれることもある。

 前述の通り、現在では患者がうまく薬が使えているかなどが見えづらい。患者の行動を変容させて、治療の結果を上げることが欠かせない。それに対して、YaDocの中では、患者の血圧や食生活などのモニタリングなどを可能としてきた。医師が問診をしたり、診察をしたりすることもできる。

 武藤氏は、YaDocの中で、COPDの症状を把握するためのチェックシート「CAT(COPD Assessment Test)」の利用を拡大し、COPDの症状についても見える化を進めてきた。CATでは、呼吸機能に関連した8項目をそれぞれ0~5点で評価。合計スコアが高くなると悪化していると判断することができる。数字に応じて患者を医療機関に呼んだり、薬の変更や禁煙などを指示したりすることが可能となる。

 武藤氏は、「COPDの潜在患者数は約530万人ともいわれ、治療を受けている患者数は約26万人と4.9%にとどまる。COPDに起因する1人当たりのコストは、生産性損失も含めると年間119万円。早期診断と早期対応によってリスク低減の可能性がある」と説明。既にCATの導入施設数は55施設となり、2624人を登録して、CAT回答総数は2493になった。

仕組みが有効に機能するか検証

 さらに、GSKとの共同研究として、CATの活用を広げていくためにCATが有効に利用できる仕組みの検証を始めた。武藤氏は「患者の中には、データを入れるためのデバイスが使えない、スマホを持っていない人もいる。患者100人を集めて、スマホでデータを適切かつ継続的に入力してもらうことができるかを検証していく」と話す。この中では、COPDに使われる吸入薬の吸入器の使い方の説明もする。ICTの活用によりCOPDの治療効果が高められるか。その基本的な部分が確かめられることになる。

 医療のICT化が進み、患者宅での疾患管理が浸透すると、患者データが集積されて、治療状況が見える化できる。治療成果を検証し、アウトカム評価が可能に。そうすると患者個人に適した医療選択ができるようになる。

 「患者個人個人に適した医療をどう提供するか。患者の中でもバラツキがある。例えば、飲んだくれた明くる日に飲む薬と、外でランニングした後に気分爽快で飲む薬は、同じ薬でも効き方は違う可能性がある。個人間の違いではなく、個人の中でも違う。intrapersonalでの違いに対応するのは、遺伝子の情報を活かす以上に難しい。リアルワールドデータは取れても、リアルワールドエビデンスとして治療の根拠を得るのははるかに困難。理解ある医師とやるしかない。ICT活用により、患者が参加していく医療を実現し、集積された医療データを基に医療を創造し続ける」と武藤氏。

 今回のセミナーを通して見えたのは、患者データの取得を医療に取り入れる上でいま進んでいるのが、ごく基本的な「情報の取り方」という点であること。沖縄の事例でも武藤氏の事例でも、そもそもデータの入力ができるのか、集めたデータが意味を持つのか、という初歩的なポイントが確かめられている。医療でのICT活用では、こうした足腰の強化がまず求められているといえそうだ。

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