元経済産業省官僚の安部一真氏が2019年に設立したメドリングが、AIなどを活用した「スマートクリニック」をベトナムに開設すると発表した。2020年10月31日にベトナムのイオンモールに1号院を開く。

 安部氏は、「日本での医療事業展開は制約が多く、事業成長性がない。ブルーオーシャンであるアジアで成功モデルを作ろうと考えた」と説明する。まずはベトナムでクリニックを増やして成功モデルを作った上で、いずれはベトナム以外での医療施設の運営にもつなげることをもくろむ。

メドリングの安部一真氏(写真:星 良孝)
メドリングの安部一真氏(写真:星 良孝)
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 ベトナムで始める医療機関名は「METiC(MEDRiNG Tokyo International Clinic)」。日本水準の医療サービスとして、内科と小児科の慢性期医療を中心に対応。公的な保険制度から医療費を賄う形ではなく、受診者本人が自費で医療費を支払う自由診療を行う。日本と同様な医療機器や医薬品を使い、接遇も重視する。

 安部氏は、「ベトナムの既存のクリニックでは、受付で足を組んでスマートフォンをさわっているような雰囲気も見られる。接遇は日本水準を実現していく。ゲートキーパーとして、最低限の一次医療を提供する。日本の医療機関と連携して、オンラインでグローバルの遠隔医療や日本の医師による医療指導も行う」と説明する。虎の門病院をはじめ、日本のクリニックなどとの連携先を広げる。

ベトナムのクリニックと日本が容易にオンラインでつながる。左はベトナム、右は日本の本社 (写真:星 良孝)
ベトナムのクリニックと日本が容易にオンラインでつながる。左はベトナム、右は日本の本社 (写真:星 良孝)
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 診療支援AI(人工知能)搭載した電子カルテの開発を進める。ベトナムで一般的ではない電子カルテを先駆けて自社開発で活用していく。しかも診療をサポートするAIの開発を進めて、医師の診療レベルを引き上げる。

 そのために医療データの蓄積を目指すのも特徴だ。クリニックの開院を増やすほど、データの取得も増えていき、診療支援のAIの機能も高まっていくという考えだ。2024年中には、100万人を超えるデータが蓄積するという見通しを持っている。スマートクリニックと銘打つのもこうした情報通信技術を生かすためだ。

 1号院を開設するハノイ市郊外のハドンという地域にあるイオンモールは、年間延べ1800万人の来場があり、ベトナムの物価としては高額商品を置いているのが特徴。経済的に余裕のある層が利用する。国内5モール目でテナントとしてクリニックを入れるのは初めてになる。メドリングにとって初めてのクリニックで今後オペレーション構築やシステム開発を進めて、今後のモデルとしていく考えだ。

 同じハノイ市のロンビエンのイオンモールに2号院を2021年4月に開院予定としている。今後、年間2~4院の開院を続ける方針。安部氏は「日本ではこうしたペースで開院するのは難しい。個人の医師の協力も得ることが難しい。日本以外であれば、こうした展開が可能になっている」と説明した。

ベトナムをターゲットにしたワケ

 安部氏によると、当初は日本で事業展開をしようと検討したが、断念したという。医療法人の理事長は医師である必要がある中で、企業がクリニック運営を拡大していくのは、規制への対応が重要だ。日本では規制緩和が進む方向ではあるものの、医師会などとの調整を行いながら進むことになり、時間はかかってくる。かかる時間を考えたときに、日本以外の方が円滑にクリニック開業を進められると判断できたという。

 さらに、日本では国民皆保険があり、広く一般の人が医療を受けられるのはメリットである一方で、新しい医療行為を取り入れていくのは困難も伴う面がある。財源として保険料や税金の負担を要するため、ロボット手術やAI、オンライン診療の普及において診療報酬の金額が安価になっており普及しづらいといった課題も指摘される。メドリングは、AI診療支援の仕組みなど新しい診療形態を広げようする中で、日本以外の国で自由診療として提供する方が新しい仕組みを進めやすいと判断した。

 アジア圏の中でもベトナムへの進出を決めたのは、大きく3つの理由があると安部氏は説明する。それらは成長市場であること、医療課題があること、新しい取り組みをしやすいことである。

 安部氏は、「ベトナムにも公的な医療施設はある。それらは安く利用できる半面で、フリーアクセスではなく、指定のクリニックに行く必要がある。さらに、大きな病院に紹介受診する場合には、さらに何カ月も掛かる。使い勝手が悪く、経済的に余裕がある場合には公的医療を使わず、自由診療を利用している。我々は自由診療で展開する最低限の医療を提供するクリニックを作り、ベトナムでの成功モデルを構築して他国に横展開しようと考えた」と説明する。

 さらに、「ベトナムの人口は2030年には1億人に達するとみられ、人口は増加傾向にある。日本に対する評価は高く日本のノウハウを持って行くだけでありがたがられる」と説明する。安部氏によれば、米中貿易摩擦の影響などもあり、漁夫の利を得るような形で、中国からベトナムへの生産移管が進んでいるという。製造業が活況で、農村部から都市部に人口移動があり、そこでは医療ニーズも高まっているとする。経済成長に伴い、生活習慣病の問題も出てきている。

 企業が医療機関の経営は日本と比べると行いやすく、電子カルテ導入などの情報化もこれから進む段階。安部氏は、「医師や看護師数が少なく、医師の給与水準は10万円台。カルテはほとんど紙。普及前に自社でクラウド型の電子カルテの開発も手がける」と話す。

医療提供をいかに持続可能な形で実現するか

 安部氏は東京大学法学部卒業後に経済産業省勤務などを経て独立。2019年に立ち上げたメドリングの事業内容は「アジア圏でのスマートクリニックチェーンの展開」。直営、フランチャイズ、臨床研究支援を行う。

 目指すゴールは「ユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)」としている。メドリングは、「誰もが、いつでも、どこでも、安価に『最低限の医療』を享受できる社会」と説明し、これをアジア圏を舞台として実践しようと目指す。

 この言葉はかねて国際連合が進めているSDGs(持続可能な開発目標)の17のゴールの一つに掲げられているものとなる。グローバル化が進む中で、先進国や新興国といった枠組みを越えた普遍的な価値を持つ製品やサービスがより求められるようになっていた。地球温暖化や環境破壊、労働搾取などの国際問題も表面化する中で、SDGsの動きが国連で提唱され、持続的可能性へと発想転換が起こっている。SDGsの中では、ヘルスケアの領域で重視された考え方が、ユニバーサルヘルスカバレッジだ。これは「全ての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保険医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態」を目指すものだとされている。

 そのためにも、医療提供のコストをいかに安価にしていくかは鍵を握るところだ。安部氏は、「ベテランの医師でなくても、一定水準以上の医療を提供できる仕組みを作ろうと考えている。安価に提供できるものを目指す。日本は公的保険なので、個人の負担は軽いが、多額の健康保険や税金を投じる。日本以外では実現できていない。日本でも持続可能性は不透明である」と言う。保険料や税金にいかに頼らずに医療提供を持続可能な形で実現するかは難題ではあるが、そこがメドリングが挑もうとする壁と言えそうだ。


(タイトル部のImage:monsitj -stock.adobe.com)