経済産業省関東経済産業局と公益財団法人木原記念横浜生命科学振興財団(以下、木原財団)は10月25日、自治体とヘルスケア関連ベンチャー企業をつなぐ「ガバメントピッチ」を横浜市内で開催した。

同ピッチは、民間企業との連携に意欲を見せる自治体が、ヘルスケアベンチャーに向けて、共に取り組みたいヘルスケア分野の地域課題やニーズを発信するというもの。これに対して後日、ベンチャー側から課題の解決策を募り、事務局が最適なマッチング先をサポートするとともにマッチング成立後の実証や社会実装の取り組みを支援する。

関東経産局が昨年10月に初めて実施し(昨年の様子はこちら)、今年度は木原財団が経産省の補助事業の採択を受け主催者として実施することとなった。関東経産局が全面協力する。

この日のピッチは2部構成で行われ、第1部「課題解決プロジェクトの創出」では、6つの自治体がヘルスケア分野における課題やニーズを紹介。第2部「課題解決型新スキームの挑戦」では、前回にない新たな取り組みとして、自治体の課題解決を担う大手企業2社がベンチャー・中小企業に求めるニーズを紹介したほか、様々な民間との対話によるオープンイノベーションを推進する横浜市が、いかにして幅広く企業提案を受け、さらなる提案型連携を進めるか、そのニーズを紹介した。

第1部と2部の様子を前編・後編でお届けする。なお、ベンチャーからの提案の募集締め切りは11月10日(水)まで。木原財団のウェブサイト上に提案フォームが掲載されている。

第1部に登壇したのは、東京都豊島区、静岡県島田市、静岡県三島市、長野県松本市、埼玉県さいたま市、そして東北経済産業局の支援を受けて岩手県岩泉町の計6自治体。以下、登壇順にプレゼン内容を見ていこう。

●東京都豊島区

 東京都豊島区は日本一の人口密度で、一人暮らし高齢者が多いのが特徴だ。75歳以上人口に占める一人暮らしの割合は37.0%で、全国区市第1位、全国平均の約2倍となっている。豊島区保健福祉部高齢者福祉課の伊藤友樹氏は同区について、「多様な社会的背景、複合的問題を抱えている区民も多く、区内全体の町会加入率は44.7%と地域のつながりは決して高いとは言えない」と語る。

 一人暮らし高齢者が安心して暮らせる街を目指すため、豊島区がヘルスケア分野における主な課題として挙げるのは、①介護予防の取り組みにおける運動の習慣化と、②見守りを希望しない在宅高齢者への取り組みの2点。それぞれ課題克服のために、ベンチャー企業には次のようなソリューションを求めている。

 ①については、運動の習慣化のためにはモチベーションの維持が必要なことから、身近にある情報機器などで運動の習慣化による効果を「見える化」できるもの、また一人よりも複数人で取り組んだ方が効果が期待できるため、他の高齢者とつながりながら運動に取り組めるツールが希望だ。

 ②については、異変があった際に速やかに専門機関へつながる体制としたいところ。とはいえ、現状は、単身世帯でも、見守り・つながりがなくても生活ができている環境のため、「見守りの必要性を感じていない人も少なくない」と豊島区保健福祉部高齢者福祉課の松本児太郎氏は話す。したがって、ベンチャー企業に求めるのは、見守りだけに特化しないサービス。例えば、「食事がしたい」という動機に応える配食事業に見守りを組み合わせて食事宅配のついでに見守りを行うといった具合だ。

 現在、豊島区は高齢者施策に注力しており、健康づくりや介護予防の取り組みを評価する国のインセンティブ交付金(市町村保険者機能強化推進交付金、市町村介護保険者努力支援交付金)において東京23区中1位の評価を受けている。企業との連携事例も豊富で、「ノウハウがあるのでベンチャーからの積極的な提案をお待ちしている」と、伊藤氏は締めくくった。

豊島区保健福祉部高齢者福祉課の伊藤友樹氏(左)、松本児太郎氏(右)
豊島区保健福祉部高齢者福祉課の伊藤友樹氏(左)、松本児太郎氏(右)
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●静岡県島田市

 静岡県のほぼ中央に位置する、人口9万7000人ほどの島田市が抱えるヘルスケア分野の課題は、山間部の人口密度が低く、独居の高齢者も多いこと。市内の5283人が高齢者の一人暮らしだという。

 これまでの取り組みとして、市内約90か所で介護予防体操「しまトレ」を実施。3つの任意団体(ボランティア)による生活支援サービスも行っている。

 だが、高齢者の健康寿命延伸に向けて、しまトレの効果の見える化を進めたいものの、現在、効果の測定に利用している業務用の体組成計は結果を感熱紙に出力するタイプで、デジタル化されておらず、重量もあって扱いにくい。また測定項目をそのまま結果表示するだけで、骨量や筋肉量などの説明がないので、高齢者が理解しにくい。したがって、島田市が今回、募集するのは、軽量で持ち運びが容易、かつ高齢者が結果をわかりやすく確認できる装置。提案イメージの例として、島田市包括ケア推進課の小栗教平氏は「ウエアラブルデバイスにスマホアプリなど評価アプリケーションを組み合わせたもの」と語る。

 さらに、高齢者同士の交流を促すツールも求めている。とくに問題視しているのは、山間地で暮らす高齢者。物理的に住んでいる距離が離れ、近くに通いの場もないため、孤立しがちだ。他者と交流する機会が少ないとフレイルになりやすく、認知機能低下のリスクも高まる。

 そこで、住んでいる距離が離れている高齢者に対して、簡単な操作で交流を促進できるオンラインツールも募集する。「継続した利用を促すような楽しい仕掛けがあるのが望ましい」と小栗氏。一例として、タブレット端末に健康マージャンのアプリケーションや交流ツールが備わっているものなどを挙げた。

島田市包括ケア推進課の小栗教平氏
島田市包括ケア推進課の小栗教平氏
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●静岡県三島市

 2021年5月末現在、人口10万8649人、高齢化率29.7%の静岡県三島市。同市には健康の維持・増進、趣味活動、仲間づくりなど様々な目的を持った人たちが身近な地域に集まり、活動している団体が多くあり、市が「お元気シニア」と呼んでいる、65歳以上で要介護認定などを受けていない自立した高齢者、約2万7500人のうち、実に89.5%が何らかの地域活動に参加しているという。

 中でも、高齢者が気軽に運動や趣味を楽しめる「通いの場」の活動が盛んで、各自、身体づくりや仲間づくり、生きがいづくりに役立てている。だが、今般のコロナ禍により、通いの場での活動機会は減少。そのため、三島市が望むのは、お元気シニアがいつでもつながる交流支援として、ICTを活用した通いの場の継続や新たなコミュニケーションの仕組みに関する提案だ。

 三島市地域包括ケア推進課の原 理絵氏によると、「例えば、市、通いの場、高齢者の三者がいつでもつながる仕組みで、LINEやZoomなど汎用的なツールが希望。また、高齢者が使いやすい簡単スマホ対応が望ましく、さらにはオンライン競技大会の開催などもできるものであるといい」と語る。オンラインで行う競技大会としては、途中経過のランキングを見える化することで、高齢者のやる気や意欲を掻き立てる仕組みなどが導入されているイメージを挙げる。

 通いの場やシニアクラブの数は充実しているので、実証実験フィールドの提供や調整にいろいろ融通が利くというのが同市の強みだ。

三島市地域包括ケア推進課の原理絵氏
三島市地域包括ケア推進課の原理絵氏
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●長野県松本市

 長野県のほぼ中央に位置する松本市では、生活習慣病をはじめとした医療費の増大が課題となっている。高齢化の進展に伴い、2015年から2019年にかけて、国保加入者の一人当たり医療費は8.8%増。また、現在、国保加入者の10人に1人が糖尿病を罹患しており、その増悪に伴い、将来的にはますます医療費がかさむことが予想される。

 2015年9月には、住民参加型で健康的な地域づくりを目指す官民連携の団体として、松本市をはじめ長野県、松本商工会議所などが参画する「松本ヘルス・ラボ」が発足。市民向けサービスとして健康づくりの場や健康情報の提供、企業向けサービスとして健康ニーズの把握やテストマーケテイングの支援を行っている。「つまり、松本ヘルス・ラボは市民と企業をつなぐインフラという位置づけ」と、同市産業振興部商工課健康産業推進担当の山崎守雄氏は説明する。

 ただ、その松本ヘルス・ラボの会員となっている市民は約1300人で、大半が健康意識が高い健康関心層。そこでベンチャー企業には、1万人ほどの健康無関心層を動かし、無理なく行動変容してもらうための仕組みを求めている。

 行動変容を促す上では、無関心層へのアプローチ、行動変容の後押し、習慣化の支援といった幾つかのステップがあり、「それぞれのソシューションを提案いただければ」と山崎氏。市では実証費用の助成も行う考えで、助成限度額は100万円(助成率4分の3)を予定する。ただし、助成を受けるには、松本市内に事業所を有する法人と共同での申請が必要となる。

松本市産業振興部商工課健康産業推進担当の山崎守雄氏
松本市産業振興部商工課健康産業推進担当の山崎守雄氏
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●埼玉県さいたま市

 人口約133万人を数えるさいたま市は、団塊ジュニアの世代が団塊世代を大きく上回り、現在23%の高齢化率は20年後には30%を超える見込みだ。そうなると重くのしかかってくるのは、社会保障費の増加。だが、近い将来高齢者となる段階ジュニア世代には健康に対して無関心な層が多く、アプローチする効果的な手段もない。それが、さいたま市の抱える課題だという。

 そこでさいたま市が求めるのは、団塊ジュニア世代の健康に無関心な層に対して、データの利活用で行動変容を促す革新的な企業提案。具体的には、歩数や食事、健診結果、購買情報などのデータを使って、個人に寄り添うパーソナライズされた情報やサービスが提供され、健康増進に向けて、気づいたら動いているような仕組みが希望だ。

 さいたま市都市戦略本部未来都市推進部の野沢優子氏は提案例として、パーソナルデータから将来の疾病予測と改善提案、行動変容を促すイベントやセミナーの開催などを挙げた。課題を解決できるなら、必ずしもデジタル活用にこだわるわけではないという。

 さいたま市では埼玉スタジアムがあることで知られる美園地区を対象に、官民連携でAIやIoTなどの最先端技術やデータを活用し、社会インフラの効率化・高度化を目指した「スマートシティさいたまモデル」の構築が進む。野沢氏によると、提案企業には、この美園地区での実証フィールドを提供するほか、大手企業から市内企業まで44団体が所属する美園タウンマネジメント協会会員企業との連携を調整、さらにはすでに構築済みのスマートシティを支える「都市OS」(都市にある膨大なデータを蓄積・分析し、自治体や企業などが連携するためのプラットフォーム)を安価に利用できるようにする予定だ。

さいたま市都市戦略本部未来都市推進部の野沢優子氏
さいたま市都市戦略本部未来都市推進部の野沢優子氏
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●岩手県岩泉町

 岩手県の中央部から東部に位置する岩泉町は、本州一広い町として知られ、その広さは東京23区の1.5倍に相当する。人口は今年8月31日現在、8671人、高齢化率は45.19%。それが2040年には人口が5000人台に落ち込み、高齢化率が50%を超えるという。

 1986年に「健康の町」を宣言し、2004年度からは食と運動を結び付けた健康づくりを推進する「健康づくりネットワーク事業(まめまめ・もりもりネットワーク)」を展開するも、町民の運動習慣の定着や生活習慣の改善に結びついていない。その結果、肥満や血圧リスクの保有者の割合が国や県と比較して高くなっている。中でも脳血管疾患死亡率は全国トップレベルの状況だ。

 そんな岩泉町が求めるソリューションは、健康データを活用し、町民一人ひとりが「自らの健康は自ら守り育てる」ことを意識して、生活習慣改善の実践や定着を図っていくというもの。取り組んだ結果、充実感や爽快感、達成感を得られるようにすることも求めている。岩泉町政策推進課の山崎伸二氏によると、「町民に寄り添った支援でなければ長続きしない」との思いからだ。

 岩泉町は森林率が93%を占め、キャッチフレーズを「森と水のシンフォニー・いわいずみ」と名乗るほど、豊かな森と大地から湧き出る清らかな水に恵まれている。こうした豊かな自然に加え、既存施設・設備として、町で管理している大型の各種運動施設、廃校となった学校施設(計6校、さらに今年度限りで廃校予定も2校ある)、希望世帯すべてに配置されている電話型のIP端末「ぴーちゃんねっと」がある。

 このうち「ぴーちゃんねっと」は、各家庭に無料でレンタルされているもので、岩泉町内のぴーちゃん端末同士で無料で会話(テレビ電話)できるほか、町や学校、公共施設からお知らせや、イベントなどの動画が配信される仕組みだ。

 「これら地域にある豊富な資源を生かし切れていない現状が岩泉町にはある」と山崎氏。ベンチャー企業に対しては、適宜、既存資源の有効活用も視野に入れた提案を求めている。

岩泉町政策推進課の山崎伸二氏
岩泉町政策推進課の山崎伸二氏
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■変更履歴
長野県松本市の記事初出時に「ただし、助成を受けられるのは、松本市内に事業所を有する法人に限られる」とあったのは、「ただし、助成を受けるには、松本市内に事業所を有する法人と共同での申請が必要となる」でした。お詫びして訂正します。記事は修正済みです。

(タイトル部のImage:monsitj -stock.adobe.com)