膵臓がんをはじめ、薬が届きにくく治療が難しいがんに対し、ナノ領域の技術とノウハウを活用して、世界初の遺伝子治療法を開発したと、川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)が10月25日に記者会見を開き、発表した。

 膵臓がん周囲の透過性が高まった血管だけを通過する20nm程度の大きさで、抗がん剤の活性を促す酵素を作らせる一本鎖DNAを、がん細胞内に送り込んだところ、がん細胞の増殖が止まった。これまでの遺伝子治療の概念を大きく変える発見で、応用範囲を今後広げていく可能性もある。

遺伝子治療の「ダウンサイジング」

 記者会見には、iCONMセンター長の片岡一則氏と、共同研究を行った量子科学技術研究開発機構主任研究員(量子生命科学領域)の長田健介氏、研究論文の筆頭著者で、iCONM研究員のテオフィルス・A・トッカリー(Theofilus A. Tockary)氏が出席した。

 最初に登壇した片岡氏は、研究の意義を次のように強調した。「今回の研究成果は、化学領域の有力誌であるACS Nano誌に掲載された。大事なポイントは、タンパク質は二本鎖でできるが、一本鎖からタンパク質を作ることができることを実証した点。これができると、遺伝子治療のダウンサイジングが可能となる。従来、一本鎖ウイルスのアデノウイルスが治療に使われてきたが、ウイルスに入る遺伝子のサイズに限界があった。サイズにリミットがなくなり、ゲノム編集を行うなど大きな遺伝子などを入れることが可能となる」

 続いて長田氏が、研究の詳細を解説。「細胞の核の中には、二重らせんのDNAがあり、RNAポリメラーゼによって転写され、核の外に出てリボソームでタンパク質へと翻訳される。タンパク質は、人間の活動に重要な役割を果たし、この微妙な制御が大事。この遺伝子発現の仕組みを応用するのが、遺伝子治療だ。外から、薬を作り出すためのDNAを核に入れる。すると細胞内で、薬がどんどん作られることになる」

右からiCONMセンター長の片岡氏、量子科学技術研究開発機構の長田氏、iCONM研究員のテオフィルス・A・トッカリー氏(写真:星良孝)

 今回の研究でのブレークスルーは、DNAの新しい「運び屋」を生み出したところだ。DNA自体は細胞膜を通れず、血液などに裸で入れても酵素で分解されてしまう。そこで従来「運び屋」として利用されてきたのがウイルス。中でもサイズの小さく、免疫反応を起こしづらく、非病原性でもあるアデノウイルスが広く利用されてきたが、ウイルスである以上、安全性などの懸念が残っていた。大量生産しづらく、搭載できる遺伝子のサイズが4800塩基ほどまでと制限もある。研究グループは、ウイルスを使わず、合成のDNAによる方法を可能にすることに成功した。

 こだわったのはサイズがアデノウイルス並みであること。二本鎖DNAだと、サイズは200nm程度で、アデノウイルスの25nm程度まで小さくできない。柔軟性もない。二本鎖を95℃で熱して鎖を分けて、無毒のポリエチレングリコールで分離、「高分子ミセル構造」にして水中で安定させた。研究グループはこの安定化させる手法で特許も取得。医療応用へと歩を進めたのである。