膵臓がんの狙い撃ちに成功

 そうして研究グループは、膵臓がんをターゲットに、一本鎖DNAから作られる酵素によってがん細胞を自ら死に追いやる「自殺遺伝子療法」を成功させた。その酵素とは、シトシンデアミナーゼと呼ばれるタンパク質で、無害の「5FC」を、細胞を殺す作用を持つ「5FU」に変換する。

 5FUをそのまま使っても抗がん剤になるが、正常な細胞も影響を受け、貧血を起こしたり、感染症にかかりやすくなったり、下痢になったりする。そこで、5FUに変換されるが、それ自体は無害の5FCを全身に浸透させる。がん細胞も、正常な細胞も害を受けないものだ。その上で、がん細胞にだけ、シトシンデアミナーゼを作るための遺伝子を送る。がん細胞の周囲の血管は未成熟で透過性が高い。正常組織の血管では透過しない大きさの一本鎖DNAの粒子を投与すると、主にがん細胞に取り込まれると予想した。

 一本鎖DNAによって運ばれたシトシンデアミナーゼ遺伝子ががん細胞だけで発現し、がん細胞内で5FUが大量発生。がん細胞だけが自殺に追い込まれることを実証したのである。

 膵臓がんは、5年生存率が10%に満たず、がん種の中でも特に予後の悪いがんだ。血管の密度が低く、周りを「間質」と呼ばれる組織で覆われているため、抗がん剤が届きづらい。一本鎖DNAを使って、ここにブレークスルーを起こす可能性を世に示した。

 具体的には、膵臓がんを発生させやすい系統のマウス(BxPC3)による動物実験を行ったところ、予想していた通り、がんの病巣で一本鎖DNAで運ばれた遺伝子が発現していることを確認。腫瘍体積を抑えることに成功。肝臓や腎臓、膵臓の機能障害も起こしていないことも確認された。

 研究論文の筆頭著者であるトッカリー氏はインドネシア出身で、物理学や化学の研究バックグラウンドを持つ。長田氏は、「物質科学的なアプローチから、ウイルスも見られる発想がある。一本鎖だから小さくて柔らかい、熱を使うと、水素結合を切れるといった考え方ができるのは強みになっている」と説明した。

 今後は、一本鎖DNAを使い、他のタンパク質を使った遺伝子治療も考えていく。ゲノム編集のための遺伝子は、アデノウイルスで運べるサイズを超える。これまでにない治療が、ナノ科学の分野から花開く可能性もある。

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