一般的に医薬品を届けるのが困難な脳内に、遺伝情報を含んだDNAやRNAから成り立つ「核酸医薬」を従来の100倍の効率で届ける――。そんな技術を、東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻 特任准教授で、ナノ医療イノベーションセンター(iCOMN) 客員研究員の安楽泰孝氏が2020年11月6日に実施したオンラインセミナーで報告した。

失敗が続くアルツハイマー病に注目

 安楽氏が注目したのはアルツハイマー病の治療だ。「アルツハイマー病の治療薬は開発の失敗が続いていることで知られる。例えば、抗体医薬では、ソラネズマブやバピネオズマブの開発がフェーズ3の段階で失敗に終わった」と説明する。

 その理由とされているのは、医薬品の脳への集積が少なすぎること。「従来の研究によると、脳に集積する量は投与量の0.1%未満にとどまると分かっている。たとえ実験段階でアルツハイマー病による認知機能や身体機能の低下に効果を示す可能性が示されても、臨床試験でうまくいかない。それは脳の内部に薬が入っていかないことが大きい」と安楽氏は指摘する。

 なぜ入っていかないのかと言えば、「血液脳関門(brain-blood barrier、BBB)」と呼ばれる、血液から脳への物質や薬剤の輸送を制限する仕組みがあるため。血液内腔と脳実質を隔てる「脳血管内皮細胞」が硬く互いに結合して余計なものを通さない。これは脳を守るために有効である一方で、薬を届けるには障害になってしまう。

イメージ画像(写真:Getty Images)

 これまでに安楽氏はウイルスが脳血液関門を突破する事実に注目してきた。「従来の研究から、脳血管内皮細胞がウイルスの表面のリガンドを認識し、能動的に取り込むことが分かっていた。これと似たような形で、薬をウイルスのようなカプセルで包んで、脳内に届ける方法を開発しようと試みてきた」と安楽氏。

 さまざまな応用を検討する中で、安楽氏が編み出した方法の一つが、脳のエネルギー源となる糖の一種であるグルコースを取り込む仕組みをうまく活用するという方法だった。脳と血液を隔てている脳血管内皮細胞は、糖を特別に認識してこれを能動的に取り込む仕組みを持っている。これを実現するのが、脳血液内皮細胞の表面にある「GLUT1」と呼ばれる酵素だ。

 「グルコースに存在している水酸基(OH)を目印に脳実質へと引き込ませることを考えた」と安楽氏は言う。このために応用したのが、高分子化合物を組み合わせてカプセルのようにして医薬品を体内に届ける「ナノマシン」の技術である。

糖と認識され「ナノマシン」が脳内へ

 安楽氏が作り出したナノマシンは、カプセルの表面にグルコースが飛び出るような形である。この構造は、一つひとつの高分子がレゴブロックのように組み合わさって、内部に空洞を持つ。高分子の末端には、グルコースがつながっており、もう一方はマイナスの電気を帯びる。このため内部が電気的にマイナスのカプセルが作られる。

レゴ分子の自動会合による「ナノマシン」の構築(出所:東京大学・iCONMの安楽氏発表スライド)

 安楽氏は、「プラスの電気を持つ医薬品を一緒にすると、マイナスの電気を帯びたナノマシンの内部に取り込まれて、医薬品を封入することができる」と説明する。さらに、ナノマシンは外側にグルコースが飛び出ているために、脳血管内皮細胞のGLUT1によってエネルギー源の糖として認識させることができる。このため、能動的にナノマシンを脳実質へと取り込ませられるのである。超微小でありながら、狙った機能を実現させられる。まさに、機械のように動かせるところが「ナノマシン」と呼ばれるゆえんだ。

 さらに、マウスによる実験から、絶食した場合に効率よく脳内に取り込まれることも安楽氏らは確認した。エネルギー源である糖の特徴を生かしたものとなる。こうして血糖値の制御によって、薬剤の脳への送達効率を高めることも見いだした。

核酸医薬で相乗効果狙う

 このたび安楽氏は、このナノマシンの仕組みを応用して、核酸医薬の脳内への送り込みを成功させた。

抗体医薬をナノマシンで細胞内に送り込む場合の概念図。今回は抗体医薬ではなく、核酸医薬の送り込みに成功した(出所:iCONM・東京大学・東京医科歯科大学等による2020年5月20日付報道発表資料)

 「直径40nmサイズのナノマシンを作りだし、この中に核酸医薬を封入できることを確認。このナノマシンを動物実験により投与したところ、血糖値の制御も組み合わせると、投与量のうち6.5%を脳内に届けられることを確認した。脳内の各領域に薬剤を届けられるほか、脳内のたんぱく質の発現を抑制できることも確認した。脳へ届けられる効率を100倍に高められることになる」と安楽氏は説明する。

 アルツハイマー病では抗体医薬の開発が進んできたが、さらに核酸医薬もアルツハイマー病のもとになるたんぱく質の生成を抑える可能性がある。安楽氏は、「両方を組み合わせることで相乗効果も期待される」と強調する。

 安楽氏は、抗体医薬と核酸医薬のいずれもナノマシン化を実現させている。既に同氏らのグループでは、抗体医薬についても脳への送達効率を42倍に高められることを確認。同じ効果を得るために1/10の投与量で良いことも確認しており、今回のセミナーでもあらためて説明した。

(タイトル部のImage:monsitj -stock.adobe.com)