フェイクニュースのほうが10倍も広く伝播する現実

 SNSを盲信する弊害として北澤氏が示したのが、NHKで報道されたある母親の事例だ。SNSで「ワクチン、危険」と検索したところネガティブな記述ばかりが目に入り、その情報のみを信じて子どもにワクチン注射を受けさせなかったのだという。「だがその後、小児科医が発信しているSNSを読んで考え方が変わり、子どもにワクチン注射を受けさせたそうだ。これはネットニュースやSNSの情報を鵜呑みにしてしまうと、思わぬ落とし穴にはまってしまう1つの例と言える」(北澤氏)。

 MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究ではフェイクニュースのほうが本当のニュースよりも10倍以上拡散されたとの報告もある。北澤氏は、「動画や写真を加えることでさらにインパクトが増す。間違っていても結果的に多くの人に伝わりやすくなってしまう」と警鐘を鳴らした。

 そこで健康・医療情報には根拠に基づいた「EBM(Evidence-Based Medicine)」が必要だと話す。「EBMは一人ひとりの患者に対してどのようなケアを行うかを決める際に、最新・最良のエビデンス(根拠)を良心的、明確、かつ思慮深く用いることと定義されている。今から20年ほど前に提唱され、日本でも90年代後半から徐々に広がってきた」(北澤氏)。

 このEBMをもとに、患者や一般市民にとって有益で質の高い情報を届けようとするのが、北澤氏が幹事を務める「メディアドクター研究会」だ。もともと豪州ニューカッスル大学の研究チームが始めた医療・健康記事の評価プロジェクトに端を発し、その後カナダや米国、日本に波及した。「メディアドクター研究会では記事のABC (Accuracy: 正確さ、Balance: バランス、Completeness: 完全さ)を高めることを狙いとしている」(北澤氏)。

 豪州、カナダ、米国にならって指標を作成し、フルバージョンでは10項目、簡易バージョンでは5項目のリストを用意した。指標に従い、記事の有用性を評価する。もちろん、科学的根拠が記事内に含まれているかどうかの確認項目があり、北澤氏は「記事を書く人間としてこれらの項目をきちんと盛り込むよう心がけている」と話した。

メディアドクター研究会の指標

 北澤氏自身、メディアドクター研究会に関わって10年ほどが経過した。当初は医療者とメディアがお互いの立場を知って理解を深める意図が強かったが、現在は医療者、メディアに加え、司書、メーカーの社員、広報担当者、患者団体、研究者、学生など健康・医療情報に関わるさまざまなステークホルダーが参加するまでに成長した。

 「正解を探すのではなく、異なるステークホルダーとの対話を通して記事の読み方、受け止め方が人によって違うことを知ることが重要。それによって自分の記事の読み方を振り返るきっかけにもなる。

 記者にはエビデンスを踏まえて執筆する意識付けに役立つ。エビデンスの考え方を記事に採り入れることで、非医療者がEBMを学ぶきっかけにもつながる。現在は図書館司書によるプレセミナーが開催され、適切な文献の検索方法を教えるなど勉強の機会も広がった。メディアリテラシーとヘルスリテラシーを高めるきっかけに活用してもらえるとの期待がある」(北澤氏)

 また、EBMを採り入れた健康情報サービスとして厚生労働省の推進事業である「『統合医療』情報発信サイト」を紹介。サイト上で具体的な情報の見極め方を指南し、チェックすべきポイントを整理している。これらを踏まえ北澤氏は、瞬時に判断するファスト思考だけではなく、論理的なスロー思考を呼び覚ますことも重要だとアドバイス。「スクワットをこなすように一旦中腰でしんどい姿勢になってこそ、健康・医療情報の読み方の質が向上する」と結んだ。