ネットと生活が不可分な今、多くの人がネット上で健康や病状について検索し、自分が望む情報を入手する。一方でメディアに掲載された情報を疑いなく受け入れることには危険が伴う場合もある。記憶に新しいところでは、信憑性の低い情報を流し続けた2016年の健康情報サイト問題がそれに当たる。

 信頼性よりも利便性・即時性が勝るのは仕方がないことだが、こんな時代だからこそ、どのように情報リテラシー(活用・収集のための能力)を磨くべきかが重要になってくる。とりわけ体の状態に直結する健康・医療情報であればなおさらだ。「第21回図書館総合展」(2019年11月12日〜14日、パシフィコ横浜)では、「医療・健康情報の信頼性について -医療現場と図書館の役割-」(主催:NPO法人日本医学図書館協会/日本薬学図書館協議会)とのテーマで、識者が講演を行った。

 先に登壇したのは北澤京子氏。かつて医療系専門雑誌で編集委員を務め、現在は京都薬科大学客員教授として医療社会学を教える。医療ジャーナリズムの最前線で活躍する立場から、ネット時代における情報収集の怖さや正しい情報との向き合い方について解説した。

京都薬科大学客員教授/医療ジャーナリスト 北澤 京子氏(写真:小口 正貴、以下同)

 北澤氏は「ネットが社会の隅々まで影響を及ぼしてきたのがこの10年の変化。健康・医療情報を考える上でも、ネットをどのように使い、そこから流れてくる情報にどう対応すべきかが非常に大きなテーマとなっている」と切り出した。続けて、急激に変わりつつある情報収集の変化に言及。独自取材をもとに信頼性の高い情報を提供する新聞の力が弱まり、「今やポータルサイトでさえなく、LINE、Facebook、TwitterなどのSNS経由でニュースを読んでいる。しかし、SNSで配信される情報ソースがどこなのかを気にする人は少ない」と指摘した。

フェイクニュースのほうが10倍も広く伝播する現実

 SNSを盲信する弊害として北澤氏が示したのが、NHKで報道されたある母親の事例だ。SNSで「ワクチン、危険」と検索したところネガティブな記述ばかりが目に入り、その情報のみを信じて子どもにワクチン注射を受けさせなかったのだという。「だがその後、小児科医が発信しているSNSを読んで考え方が変わり、子どもにワクチン注射を受けさせたそうだ。これはネットニュースやSNSの情報を鵜呑みにしてしまうと、思わぬ落とし穴にはまってしまう1つの例と言える」(北澤氏)。

 MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究ではフェイクニュースのほうが本当のニュースよりも10倍以上拡散されたとの報告もある。北澤氏は、「動画や写真を加えることでさらにインパクトが増す。間違っていても結果的に多くの人に伝わりやすくなってしまう」と警鐘を鳴らした。

 そこで健康・医療情報には根拠に基づいた「EBM(Evidence-Based Medicine)」が必要だと話す。「EBMは一人ひとりの患者に対してどのようなケアを行うかを決める際に、最新・最良のエビデンス(根拠)を良心的、明確、かつ思慮深く用いることと定義されている。今から20年ほど前に提唱され、日本でも90年代後半から徐々に広がってきた」(北澤氏)。

 このEBMをもとに、患者や一般市民にとって有益で質の高い情報を届けようとするのが、北澤氏が幹事を務める「メディアドクター研究会」だ。もともと豪州ニューカッスル大学の研究チームが始めた医療・健康記事の評価プロジェクトに端を発し、その後カナダや米国、日本に波及した。「メディアドクター研究会では記事のABC (Accuracy: 正確さ、Balance: バランス、Completeness: 完全さ)を高めることを狙いとしている」(北澤氏)。

 豪州、カナダ、米国にならって指標を作成し、フルバージョンでは10項目、簡易バージョンでは5項目のリストを用意した。指標に従い、記事の有用性を評価する。もちろん、科学的根拠が記事内に含まれているかどうかの確認項目があり、北澤氏は「記事を書く人間としてこれらの項目をきちんと盛り込むよう心がけている」と話した。

メディアドクター研究会の指標

 北澤氏自身、メディアドクター研究会に関わって10年ほどが経過した。当初は医療者とメディアがお互いの立場を知って理解を深める意図が強かったが、現在は医療者、メディアに加え、司書、メーカーの社員、広報担当者、患者団体、研究者、学生など健康・医療情報に関わるさまざまなステークホルダーが参加するまでに成長した。

 「正解を探すのではなく、異なるステークホルダーとの対話を通して記事の読み方、受け止め方が人によって違うことを知ることが重要。それによって自分の記事の読み方を振り返るきっかけにもなる。

 記者にはエビデンスを踏まえて執筆する意識付けに役立つ。エビデンスの考え方を記事に採り入れることで、非医療者がEBMを学ぶきっかけにもつながる。現在は図書館司書によるプレセミナーが開催され、適切な文献の検索方法を教えるなど勉強の機会も広がった。メディアリテラシーとヘルスリテラシーを高めるきっかけに活用してもらえるとの期待がある」(北澤氏)

 また、EBMを採り入れた健康情報サービスとして厚生労働省の推進事業である「『統合医療』情報発信サイト」を紹介。サイト上で具体的な情報の見極め方を指南し、チェックすべきポイントを整理している。これらを踏まえ北澤氏は、瞬時に判断するファスト思考だけではなく、論理的なスロー思考を呼び覚ますことも重要だとアドバイス。「スクワットをこなすように一旦中腰でしんどい姿勢になってこそ、健康・医療情報の読み方の質が向上する」と結んだ。

聖路加国際大学で開催している「ヘルスリテラシー講座」とは

 続いて、聖路加国際大学 学術情報センターで司書を務める佐藤晋巨氏が、定期的に開催している「ヘルスリテラシー講座」について講演した。聖路加国際大学は看護系に特化した大学として知られ、都心の東京・築地に立地。キャンパスに隣接する「大村進・美枝子記念 聖路加臨床学術センター」の1階に「聖路加健康ナビスポット:るかなび」(以下、るかなび)を設け、市民向けの健康情報、看護師による健康相談、機器を使った簡単な健康チェックなどを提供している。

聖路加国際大学 学術情報センター 佐藤 晋巨氏

 ヘルスリテラシー講座は、るかなびを舞台として2015年から年に1回~2回の頻度で開催してきた。るかなびは「People-Centered Care」(以下、PPC)と呼ばれる市民を主人公としたケアをコンセプトとしており、市民と専門職がパートナーとなり、“自分の健康を自分で創る社会”の実現を支援する場でもある。約3000冊の図書が置かれ、大学図書館の分室としても機能しているのが特徴だ。

 90分を1講座として2日間に分けて実施。座学ではなく、実際に本を読んだり、ネットの情報を閲覧したりしながら参加者と講師たちがともに学び合うワークショップスタイルを採る。ここで拠り所としている基準が「いなかもち」である。

 いなかもちとは、健康情報を見極めるための5つのポイントを指す。その内容は「いつの情報か」「なんの目的の情報か」「かいた人は誰か」「もとネタは何か」「ちがう情報とくらべたか」というもの。これは北澤氏が示したメディアドクター研究会の指標とも通底している。

ヘルスリテラシー講座の基準となる「いなかもち」

 いなかもちをより深く理解するため、1本3〜4分程度のビデオ教材を合計11本用意した。この教材はYouTubeでも公開しており、誰もが閲覧できる。佐藤氏は講座の流れをこのように説明する。

 「最初に関心がある、または読んでみたい本を自分で選ぶ。対象となるのは本屋で並んでいる一般書籍だ。いなかもちを説明したビデオ教材で学んだ後、その日に初めて知り合った人たちと机を囲んで本を中心に語り合い、選んだ本にいなかもちがきちんと書かれているかを該当箇所に付箋を貼って確認する。周囲の人と確認しながら共有することも目的の1つにした。

 いなかもちは基本的な情報なので誰でも気づきそうだが、やはり意識しないとチェックしない。最初の一歩はなかなか踏み出しにくいため、『これだけは確認してみよう』というポイントを紹介している」(佐藤氏)

 講師は看護師、司書に加え、ボランティアがグループワーク支援で参加。PCCは当事者同士がともに学ぶスタンスのため、市民との活発なやり取りが交わされる。その中で司書にできることは「情報を扱う専門家として、そのときの最良のエビデンスを含む資料を探すスキルを提供すること。特定の資料を推薦することはしない」と佐藤氏。専門家による客観的な資料評価は看護師に任せ、それぞれの役割を明確にしている。

 「ヘルスリテラシー学習拠点として気をつけていることは、情報の専門性が異なるものを同じトピックで扱うようにしている点。市民がヘルスリテラシーを身に着け、医療サービスを受ける際に自分自身で納得の行く判断ができるための資料を集めている。るかなびには看護師もいるため、たとえ専門書や医学書であっても教えてもらいながら理解できる利点もある」(佐藤氏)

 受講者を対象に評価を行ったところ、講座の前後で「自分の求める情報を選び出せる」「情報が信頼できるかを判断できる」の項目で有意な差が出た。この意識は1カ月後の追跡調査でも継続していたとのことで、一定の成果が出ている。講座には専門家がいるため性急に答を求めるきらいはあるが、佐藤氏は「答を教えてもらったらそこで終わり。応用が効かず、情報収集能力の向上に結びつかない。この違いを理解してもらうことが今後の課題」と話した。

(タイトル部のImage:小口 正貴)

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