日本における死亡原因の第1位、生涯に2人に1人が罹患すると言われるがん。しかし、実際にがんになるまでは自分ごととして捉えにくく、いざがんになると何をすればよいのか頭が真っ白になってしまうケースも多い。加えて“死に至る”印象が強いため、救いを求めるかのようにさまざまな情報を求め、かえって混乱してしまうこともある。

 がんに立ち向かうための適切な情報を届けるにはどうすればよいか。国立がん研究センターはこうした課題に対し、「図書館」との連携を推進している。具体的には、「がん情報普及のための医療・福祉・図書館の連携プロジェクト」を進めている。「第21回図書館総合展」(2019年11月12〜14日、パシフィコ横浜)では、「健康医療情報の地域資源としての公共図書館」とのテーマで報告を行った。

多様性のある図書館こそ情報発信に最適

 日本ではどこでも質の高いがん治療を受けられるように、全国各地の二次医療圏内にがん診療連携拠点病院を設置している。これらの病院にはがん相談支援センターが必ず設置されており、通院者でなくとも誰もが無料で相談できる。

 だが、ほとんどの人がその存在を知らないのが現状だ。国立がん研究センター がん対策情報センターの八巻知香子氏は「2013年の調査では利用したことがある人が1.2%、利用したことはないが、よく知っている人が5.7%で1割にも満たない」と述べ、かねてがん情報発信についての危機感を抱いていた。そこで「各地の図書館との連携により、日常の中で情報を知ってもらうことができるのではないか。それが公共図書館との連携を考えるに至った背景」と説明した。

国立がん研究センター がん対策情報センターの八巻 知香子氏(写真:小口 正貴、以下同)

 「図書館なら、生活全般のさまざまな資料を取り扱っている。がん相談支援センターは地域によって偏在しているが、図書館は小さな町村にも存在している。そうした場所でも情報が届くメリットがあり、我々からすると新たな拠点づくりと言える。社会教育機関として医療機関ではできない分野にチャレンジできるなど、組み合わせの多様さもある。病気の診断や治療のために来る場所ではないからこその多様性だ。例えば子育ての情報を求める若い世代にも届けられる可能性が出てくる」(八巻氏)

 図書館にとっても、扱いにくい医療情報を整理して提供できるメリットがある。またリファレンス(図書館サービス)を通じて、医療や病気についての相談先の確保も可能なことから「身近な場所で背中を押してもらうことで相談の増加に結びつくのではないか。お互いの強みを生かし、届けたくても届かなかった人に情報を届けられると期待している」(八巻氏)とした。2019年9月末時点で、全国269カ所の図書館にがんに関する冊子パッケージ「がん情報ギフト」を寄贈しており、さらなる連携を深めつつある。

4施設の担当者が語る「図書館で医療情報を与えるということ」

 このセッションでは連携の実証に参加した図書館を中心に、神奈川県逗子市立図書館、石川県がん安心生活サポートハウス、埼玉県立久喜図書館、大阪府堺市立健康福祉プラザの担当者が登壇した。

●神奈川県逗子市立図書館

 逗子市立図書館は2014〜2016年度(平成26〜28年度)の3年間、国立がん研究センターとともに連携のパイロット実証を行った図書館の1つだ。2014年4月に健康・医療情報コーナーを設置し、医学関連に加え、関係機関からの寄付による書物、図書館が作成したブックリスト、新聞記事ファイルなどを置く。

 同図書館で司書を務める井元有里氏によれば、2013年の図書館総合展が連携のきっかけ。「国立がん研究センターの先生から、当時の館長にお話をいただいた。2014年度からは助成金もつき、徐々に関係者も広がり、幅広いチーム構成になった。国立がん研究センター、慶応大学文学部、横浜市立大学附属市民総合医療センター、湘南ふじさわシニアネット、逗子市国保健康課などが関わった」(井元氏)。

逗子市立図書館の井元 有里氏

 2014年度には医師、保健師、看護師、司書を交えた医療講演会、2015年度には気軽に楽しめる映画上映会と寸劇、2016年度には医療の場でよく見受けられる事例を示した「あるあるカフェ&ミニミニブックトーク」を制作するなど、積極的に健康・医療情報を発信した。中でもブックトークではスライドショーによる物語の形でがんにまつわる本を紹介し、健康・医療情報への興味・関心を惹くことに貢献できたとする。

 「生と死を考えるコーナー」を設けたのも図書館ならではだ。「病院ではなかなか扱いにくい死の情報も、図書館ではさまざまな切り口で資料提供が可能。生命倫理、終活、看取り、グリーフケア、逝き方の5テーマで分類した。患者本人だけではなく、家族や友人なども利用しやすい」(井元氏)。これからも“本・人・場”の3つを軸に、誰でも気軽に無理なく正しい情報を得られる環境づくりに努めたいと話す。

●石川県がん安心生活サポートハウス

 石川県がん安心生活サポートハウスは「つどい場はなうめ」の愛称で知られる、がん患者や家族の交流の場。石川県のがん対策を推進するために石川県済生会金沢病院に委託された事業として2013年(平成25年)に開所した。

 常勤する看護師に医療相談を受けられるほか、がん体験者によるピアサポーターや患者同士の交流などに利用できる。この“がんに近い場所”に図書スペースを併設し、がんや病気に関する図書をはじめ、小説や漫画などを豊富にそろえている。

 月2回のボランティアで参加する司書の原有樹氏は「司書が関わるようになった2015年度から貸し出しは増加。元気がないときは簡単に読めるものとして漫画や小説が人気。逆に気持ちがつらくなるなどの理由で闘病記は人気がない。ただし闘病記の漫画は読みやすいためか人気が高く、今、集中的に集めている」と傾向を説明した。

はなうめの図書スペースで司書を務める原 有樹氏

 イベントでは、「びぶりお・カフェ」が人気だ。2018年から2カ月に1度のペースで開催するもので、特定のテーマを決めて図書を紹介し、図書を契機に参加者たちが会話を深める。

 「びぶりお・カフェの目的は図書を通して体験や思いを語り、他者の意見を聞いて世界を広げること。図書の話、病気の話、あるいはまったく違う話題につながることもある。病気になって本当に苦しいときには、海外ミステリーを読む。残虐な描写もあるが淡々とストーリーが進むほうがいい。逆に人情ものはつらいといった意見が出たこともある」(原氏)

 公共図書館とはスタンスが異なるが、「利用者ががんとともに豊かでより良い生活を送ってもらうために、健康・医療情報に限らない、さまざまな図書を利用してもらうための活動をしていきたい」と語る原氏。よりがん患者に近いだけに、今後も有益な情報発信を続けていく。

●埼玉県立久喜図書館

 埼玉県立図書館は熊谷市と久喜市に置かれる。久喜図書館では2009年(平成21年)と早い段階で健康・医療情報コーナーを設置し、図書は入門書から専門書まで約8800冊、雑誌は約60冊の各種分野の雑誌を収集。そのほか患者会や相談窓口のチラシを関連分野の図書周辺に配架して、自由に持ち帰れるようにしている。

 さらに医学文献情報を探せるデータベースを3種類導入して県内医療系大学図書館との相互貸借を可能としたり、独自に作成した「健康・医療情報リサーチガイド@埼玉」を紙とウエブで提供して情報リテラシーを支援するなど、健康・医療情報発信に熱心な図書館として知られる。

 館内の障害者サービス、子ども図書室と連携しているのも特徴だ。協力の結果として、2015年には「見て・聴いて・感じる読書コーナー」を設置した。久喜図書館で司書を担当する山本輝子氏はその成果を次のように語る。

久喜図書館の山本 輝子氏

 「あえてバリアフリーや障害という言葉を使わず、誰でも身近に自分ごととして興味を持ってもらえるコーナーを目指した。健康・医療サービスは発達障害関連の資料や親の会のパンフレット、障害者サービスはデイジー(音声図書)やマルチメディアデイジー、子ども図書室はユニバーサル絵本などを持ち寄っている。これにより、視覚障害者以外の読書が困難な方の登録が増加し、活字が読みにくくても図書館が利用できる第一歩となった」(山本氏)

 定期的に音訳者の研修会を開催して音訳の向上を図り、作成したデータを国会図書館に提供するなどの活動もある。がんに特化したわけではないが、「久喜図書館では地域資料や専門資料を中心に、必要とすべき人に届くように、どこの図書館も作っていないものを中心に作成している」(山本氏)。この姿勢には場内からも賛辞が贈られた。

●大阪府堺市立健康福祉プラザ

 堺市立健康福祉プラザは点字図書館を有する。並行して視覚・聴覚障害者向けの情報提供を行い、字幕入りビデオの貸し出し、コミュニケーション支援などに関わっている。同プラザは逗子市立図書館同様、国立がん研究センターとのパイロット実証に参加した。

 同プラザの原田敦史氏は、視覚障害者だった施設の前館長ががんを発症したことが、国立がん研究センターとの接点になったと語る。「視覚障害者は情報をがんの集める際、資料がないために自分が知りたい情報になかなかたどり着けない。目が見えない人が大きな病気にかかると、情報を集めるのが困難。家族、友人から聞くケースが多く、書籍から情報を得ることが非常に少ない」(原田氏)。

堺市立健康福祉プラザの原田 敦史氏

 点字図書館の利用率がわずか2割弱にとどまり、そもそも8割が利用していないとの問題もある。そのためオンラインで利用できる点字・音声図書ネットワークの「サピエ」の利用を促すが、医療情報のタイトルが非常に少ないのがネックだ。

 「制作に時間がかかることもあるが、専門書よりも小説が人気なのでタイトル数は多くない。録音を担うボランティアも高齢になり、ボランティアを集めるのも一苦労。ましてや、がんの専門書を録音してほしいと募集してもなかなか集まらない。

 そこで国立がん研究センターと提携して、センターの資料を堺市で音訳、点訳している。サピエではこの7年間でデイジー(音声図書)が約7400件、点字図書が約2100件利用された。堺市も協力したので、がん検診に音訳、点訳で案内を加え、保健センターで利用されるようになるなどの効果も見られた」(原田氏)

 どうしても医療情報の鮮度が落ちてしまうなどの課題もあるが、原田氏は「いろんな情報提供の形が見えてきたことは学びにつながった。視覚障害者に医療情報をしっかり届けるとの目的はある程度達成されたのではないか」と自信を深める。この取り組みは、全国各地の点字図書館にもヒントを与えるはずだ。

(タイトル部のImage:mikelaptev -stock.adobe.com)