励まし合うことで1人で習慣化に取り組むよりも8倍の効果がある――。三日坊主防止アプリ「みんチャレ」を手掛けるエーテンラボ。当初はダイエット、勉強、早起きなど、ジャンルにこだわらずあらゆることの習慣化が目的だったが、いま力を入れているのが習慣化による行動変容がカギを握るヘルスケア分野だ。経済産業省が主催する「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2020」(JHeC2020)のファイナリスト5社にも選出された。同社を訪問し、代表取締役CEOの長坂剛氏に話を聞いた。

今回訪問した恵比寿駅近くにあるオフィス。社名の通り、「ラボ」という印象を受けた(写真:川島 彩水、以下同)

起業のきっかけ

ゲームをプレーしているとき人は「幸せ」になれる

 私はもともとPlayStationを手掛けるソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の出身。物心ついた頃からゲームが大好きで、学生時代にアーケードゲームに300万円ほどバイト代をつぎ込んだこともある。

代表取締役CEOの長坂剛氏

 ゲームをプレーしているとき人は「幸せ」になれるが、終了するとその幸せは終わってしまう。そこで、ゲーミフィケーションを生かしてユーザーが自ら行動することで幸せになれる世界が作れるのではないかと思ったのが起業のきっかけだ。それが「みんチャレ」の源流になっている。

 元になるアイデアを具現化したのはソニー時代。木下(謙一氏、現在はエーテンラボ取締役)を含むメンバーと一緒にアプリのモックを作っていたときに、ちょうどソニー社内で「シード・アクセラレーション・プログラム(SAP)」という新規事業創出プログラムが立ち上がり、そこにアプリを応募した。

エーテンラボの概要(表:同社への聞き取りを基にBeyond Healthが作成)

 最初は落選したが、ブラッシュアップしたことで2回めで採択され、最初はソニーのアプリとしてリリースした。結果、ソニー製アプリとしてGoogle Playのベストアプリを初めて受賞。外部からの評価をきちんと得たことで、2017年2月にソニーから独立した。

サービスの概要

行動を起こしたときにフィードバックがあると、人はハマる

 みんチャレは行動変容と習慣を身につけるためのプラットフォーム。おもにゲーミフィケーションと仲間同士のピアサポートによって習慣化を支援するサービスだ。何かを継続したいという同じ目的を持った人たちが匿名で5人1組のチームを結成し、日々の活動の証拠写真を投稿する。それに対してチームメンバーがコメントをつけて、励まし合うことで活動が継続していく。

出社時の挨拶はハイタッチで。社員の日々のHabit(習慣)の一つに「ハイタッチ」を設けている。そのほかにも、「筋トレ1分」「体操」「1ストローク(相手の価値や存在を認めるため何かしらのやり取りをすること)」「よかったことを日報に書く」といったHabitを設定している

 5人1組は行動経済学の観点でも最適な人数と捉えられており、行動経済学や心理学からナッジ(ちょっとしたキッカケで行動するように促す仕掛け)を採り入れることにも注力している。例えばカレンダー機能では、アプリ上のカレンダーに今日クリアした行動の写真を貼り、横一本で線を引く。線が続いていると習慣が続いている証拠。これは、継続しているものを途切らせたくない人間の心理をついたものだ。

 一例を説明すると、糖尿病を患っている人が運動を継続しなくてはならないとする。1人だと難しいが、みんチャレの中で「今日何歩歩いたよ」と報告すると何らかのフィードバックがあり、ほかのメンバーも「あの人もこんなに歩いているから私も頑張ろう」という気持ちになる。励まし合うことで1人で習慣化に取り組むよりも8倍の効果があると言われている。行動を起こしたときにフィードバックがあると、人はハマる。それがゲーミフィケーションの基本となっている。

 褒め方も重要なポイントだ。ただ、日本人は日常で口に出して上手に褒めることが非常に苦手なので、みんチャレではその役割をAIのチャットボットが担う。面白いことにAIが褒めるとユーザーもそれを学習して、自然と褒めるようになる。ほかにもリアクションに対してボタンの色がカラフルに動くなど、ユーザーの遊び心をくすぐる仕掛けを施し、毎日のルーティンを継続できるように工夫している。

サービスの現状と課題

ポイントは、あくまで医師の指導内容を継続支援するだけ

 当初はダイエット、勉強、早起きなど、ジャンルにこだわらずあらゆることの習慣化が目的だった。いま力を入れているのがヘルスケア分野。とくに糖尿病などの慢性疾患を抱えたユーザーがとても熱心で、「どんな食事をしているのか」「どんな運動をしているのか」といったテーマでみんチャレを活用してくれている。実際に調査してみると、その人たちにすごく“刺さって”いることが浮かび上がってきた。

 そうした傾向が見え始めた頃、製薬企業のMSDが糖尿病領域の医療課題を解決するビジネスプランコンテスト「Diabetes Innovation Challenge(ダイアビーティス イノベーション チャレンジ)」を開催して、みんチャレが最優秀賞を受賞した。糖尿病の専門医から「これこそ医療関係者や医師が求めているもの」との称賛されたことが、転換のきっかけとなっている。

長坂氏の友人の書道家による作品が飾られている。壁には、木のイラスト。オフィスに来社した人に、葉っぱのシールを1枚ずつ貼ってもらうという

 話を聞くと、糖尿病の慢性疾患患者の44%が病院に行かなくなってしまうという。医師は患者が病院に来ないと何もできないため、数年後に重篤化したり合併症になったりして戻ってきても、それ以上は良くならない。そこでかなり歯がゆい思いをしている。だからこそ、きちんと治療を継続することが鍵を握る。

 それを聞いて、まさにこれだと直感した。改めて糖尿病の専門医に個別でヒアリングしたところ、やはりニーズはあると。通常のヘルスケアアプリはアプリ側からオススメをレコメンドしたり、アドバイスしたりするが、医師の指導内容と異なる場合が多々ある。医療は個別性が高いため、現場では逆に混乱することもあるそうだ。だがみんチャレには、アドバイスや指示は一切ない。あくまでも医師に与えられた指導内容を継続する支援を行うサービス。そこがいいと評価していただいた。

自分の治療方法を他人に薦めることは禁止

 そこで我々も糖尿病改善カテゴリーを新たに設けた。明確化することで、さまざまなカテゴリーに分散していた人たちを一箇所に集約した。そのユーザーにアンケートを実施したら、治療が継続できるので素晴らしいとの声が多かった。ピアサポートにより、歩数が2000歩以上向上したり、HbA1c(ヘモグロビンA1c)の値が下がったりと糖尿病の治療に有益な効果が生まれた。

 2019年には、パーソナルヘルスレコーデイング機能も追加した。ただ、先ほども触れたようにみんチャレでは自分の治療方法を他人に薦めることを禁止している。これはルールとして徹底しているので、これまでも医学的な面でトラブルは起きていない。

 生活習慣病へのアプローチには、自分自身の体験も反映されている。私は若い頃、脳幹梗塞で父親を亡くしたが、職場で倒れて急死だった。原因は高血圧、脂質異常といった生活習慣病。まさか本人も家族も翌日に亡くなるなど夢にも思ってもいなかった。これは特別なことかと思っていたのだが、実は日本人の3人に1人が生活習慣病の予備軍だと知った。

 ただし、日常生活で痛みがあるわけではないため、なかなか治療が続かない。そうならないために、ユーザーはみんチャレを使って頑張ってくれているのだと思う。糖尿病予備群の症状が改善すれば、医療費の観点からの社会的インパクトも大きい。

自社の強み

人が感情や幸せを感じる脳の神経系の総称をエーテン神経と呼ぶ

 強みはチームの技術力。ソニー出身のエンジニアが多く、毎週のようにアプリをバージョンアップして常に改善を重ねている。デザイナー、エンジニア、企画担当者が一丸となって事業に取り組むのもエーテンラボの特色だと思う。

エンジニアが多いため、普段は窓側に向かって集中して作業できる環境にしているが、椅子を反対に向ければすぐにチーム会議ができるようなレイアウトにしている

 行動変容に関する知見をアプリ内に実装し、実際にユーザーに使ってもらった結果を見て機能を削ったり加えたり。アップデートの回数は累計で1000回以上にも及ぶ。それらの甲斐あって、みんチャレでダイエットをすると成功の確率が高く、なおかつリバウンドしない特徴がある。

 当初から不変のコンセプトは“テクノロジーで人を幸せにする”こと。例えば電球が発明されたことで夜でも仕事ができるようになり、スマートフォンが生まれたことでどこでも仕事ができるようになった。我々も人を幸せにすることにテクノロジーを活用していきたい。人が感情や幸せを感じる脳の神経系の総称をエーテン(A10)神経と呼ぶが、会社名にもそんな思いを込めている。

今後の展望

エビデンスを蓄積し、医療・ヘルスケア分野に浸透させる

 今後は医療・ヘルスケアの分野で広く浸透させるのが狙いだ。そこには医学的なエビデンスが必要になってくる。現状は医師が自分で使って良かったから患者に薦めるケースが多いが、エビデンスを蓄積して効果が裏付けられればより薦めやすくなる。

 そのための臨床試験を今、2つ進めている。みんチャレを活用して歩数が上がるか、HbA1cが下がるか――アプリを使っている人と使っていない人で比較検証をする。一昨年には、日本糖尿病情報学会でみんチャレのダイエット効果を紹介したが、今度は糖尿病の治療継続効果がどれだけあったのかを報告できればと考えている。それ以外にも、複数の学会で発表して医師への認知を広げていきたい。

 神奈川県の「神奈川ME-BYOリビングラボ」にも採択され、年頭から実証実験が始まった。2020年3月末に結果が出る予定だ。対象は40歳~70歳の2型糖尿病・糖尿病予備群で、HbA1cが5.6%以上7%未満の人たち。フィジビリティスタディ(実行可能性調査)なので、まずは行動変容を維持して、きちんと運動が継続されるかを見ていくのが目的となる。

 これから慢性疾患の患者はどんどん増えていく。しかし医師の数は同じかあるいは減ると予測される。今は慢性疾患の患者をチーム医療で診ようとしているが、将来的に治療の質をどのように担保していくかが大きな課題。ならば増える患者の知恵を使い、ピアサポートによって治療効果を上げていくことも1つの選択肢だろう。それを医師と一緒になって取り組めれば。みんチャレの利点は、さまざまなサービスとも組み合わせられること。これまで同様、いろんな方々と一緒にみんなが行動変容できる世界を作っていきたい。


(タイトル部のImage:川島 彩水)