2020年1月に開催された「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2020」(経済産業省が主催)でグランプリを獲得したConnected Industries(CI Inc.)。同年4月に、病児保育室をLINEアプリで簡単に予約できる病児保育支援システム「あずかるこちゃん」を開始した。産婦人科医である同社 CEOの園田正樹氏に話を聞いた(関連記事:[詳報]経産省ヘルスケアビジコン、5代目グランプリ決定)

今回訪問したのは東京・日本橋にあるシェアオフィス。同社ではコロナ禍以前から、リモートワーク前提の業務の進め方をしていたという(写真:川島 彩水、以下同)

起業のきっかけ

母親たちの困りごとのヒアリングで受けた衝撃

 子どもとお産が大好きで大学卒業後、産婦人科医に。天職と感じていたので臨床医を一生続けるつもりでいたが、当時の上司に「将来のプラスになるから大学院へ進んで研究をやりなさい」と説得され、悩んだ末に東京大学大学院に進学。人びとの健康に直結する公衆衛生を学んだ。

CEOの園田正樹氏

 研究でさまざまな人の事例を見ていく中で感じたのは、一人ひとりが抱えている問題は多種多様だということ。研究成果によって社会を良くするアプローチを考えたが、それではかなりの時間がかかってしまう。そのため、少しでも早く社会を変えられるような社会実装に惹かれるようになった。

 そこでまずは母親たちに困りごとのヒアリングを行った。その中で最も衝撃を受けたのが、子どもの急病が原因で出社できないことを理由に配置転換されたり、仕事を任されなくなったりという切実な問題だ。そんなことが起きていいのか、解決する仕組みはないのかと探して出会ったのが病児保育だった。

 病児保育は、急な病気で保育園に通えない子どもを一時的に預かってくれる保育制度で、自治体が運営してクリニックや保育機関と提携している。保育そのものは非常に充実しており、園児の体調が戻れば普通に遊ぶこともできる。

 都市部では利用率が高いが、ほとんど知られていないのがネック。なぜならとにかく利用するまでのハードルが高いからだ。自治体への事前登録が必要で、利用できる状況だとしても施設への予約電話が通じにくい。そもそも情報が整理されていないため、検索しても該当する自治体の行政ページが優先的に表示されてしまい、どんな内容かわかりにくいことも拍車をかける。母親たちは「どうせ使えないんでしょ」「病児保育ってベッドに寝かしつけておくような場所なのでは?」といったネガティブな反応が多い。弊社の全国調査によれば、病児保育を利用したことのある人は12%、制度の内容を知っている人は34%に過ぎない。これは大きな課題だと痛感させられた。

Connected Industriesの概要(表:同社への聞き取りを基にBeyond Healthが作成)

 これらをITを使って解決しようと考えた。私の医師としての知見を加味すれば、病児保育施設と保護者の医療的なずれが埋まるかもしれないと。それが我々のサービスの原点だ。

サービスの概要

利用者、施設スタッフ、自治体が満足できる“三方よし”モデルを

 病児保育支援システム「あずかるこちゃん」を提供している。病児保育の利用者と病児保育施設をつなぐプラットフォームだ。利用者はマップ上で直感的に施設を選ぶことができ、LINEで24時間予約とキャンセルが可能。予約段階では、オンライン上で問診が済ませられる利点もある。利用者は、これらをすべて無料で利用できる。

「あずかるこちゃん」の操作イメージ。直感的に操作できるようにしている

 施設運営者は、導入によってこれまで煩雑だった予約、子どもの身体情報、申し送りなどを一元的に管理できるようになる。施設とのコミュニケーションも徹底してIT化を図っている。契約に関してはすべてZoomで行い、契約済みの施設とはチャットツールのSlackを使って問題点を協議。DropboxのPaperやYouTubeを使って議事録や資料を共有する。

 汎用ツールはもともと使いやすさを前提に作られており、最初のセットアップを丁寧に説明すれば施設の人たちも十分に活用できる。こうしたリッチなコミュニケーションから日々課題を吸収して、サービスのブラッシュアップにつなげていきたい。

「あずかるこちゃん」のキャラクターは、“世界一幸せな動物”とも言われているクアッカワラビーをモチーフにしている

 実は2017年の起業時から3回ピボットして、ようやく今の形にたどり着いた経緯がある。2019年には実証実験で使用していたものを一旦捨てて、ゼロから再構築した。なぜなら施設ごとに柔軟にカスタマイズできる構成を想定していたのに、遊びの少ない画一的なシステムになっていたからだ。

 私が目指しているのは、利用者、施設スタッフ、自治体が満足できる“三方よし”モデル。ITで便利になれば利用者が増え、保育士は合理的な管理で保育に集中でき、利用者が増えれば経営的にも安定する。病児保育は行政サービスの一環と見られているが、どんどん市民に普及すればサービスの質が上がり、量も増えてくる。あずかるこちゃんを通じて、病児保育に対するネガティブがポジティブに変わる体験をしてほしい。

サービスの現状と課題

コンサルティング力を生かし自治体の意識改革にトライ

 利用者の利便性向上に向け、ホットペッパービューティーやスーモのように、あずかるこちゃんの中ですべての情報を閲覧できる設計にしていく。これでその都度、各保育施設や行政ページを確認する手間を減らせる。さらに利用者と施設との連絡事項を共有するコミュニケーション機能も付加する予定だ。

 施設とは月額2万5000円の契約で、山口県、新潟県、栃木県、東京都、岩手県ほかの施設ですでに導入されている。新型コロナウイルスの影響で病児保育のニーズがグンと減ったが、ありがたいことに2020年5月には4件の新規導入が決まった。

 課題としては、自治体単位で病児保育の制度がバラバラなことが挙げられる。利用料金、預けられる子どもの年齢、市外の子どもが使えるかどうか、事前登録が必要かどうかなど。取り組んで4年目にしてようやく全貌が見えてきた。弊社で適宜情報を整理して標準化することが求められる。

 ただし、自治体もこだわりがあって今の制度にたどり着いたのではない。担当者に聞くと、「隣の街がそのようにやっていたから」との声が多い。我々のサービスは基本的にコンサルティング機能がセットになっているため、「全国的にはこういう先進事例があって、市民の方に喜ばれている」といった情報を提供すると、意外と制度の見直しに前向きになってくれる。制度設計の大元は厚生労働省なので、そことしっかりコネクションを築くことも大切になってくるだろう。

自社の強み

最大の強みは産官学の連携

 最大の強みは産官学の連携を意識していること。まず、しっかりとプロダクトを生み出すスタートアップという意味で“産”をクリアしている。“官”に関しては、先ほども話したように厚労省や自治体に対する現場目線での情報提供を行うなどして、密接につながっている。“学”に関しては東大大学院の公衆衛生の連携があり、私自身が病児保育の論文を毎年発表している。これらの関係性があるからこそ、自治体への紹介などでも力を貸してもらえる。

 「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2020」でのグランプリ獲得も追い風となった。あの場に参加していた企業から連絡をもらい、自治体とつながるケースも出てきた。ある市では非常に積極的な反応を示してくれて、恐らく大きなインパクトを残せそうだ。

 それから、非常にユニークなのは従業員がゼロということ。代表である私と庶務を担当する私の妻がフルコミットしているが、エンジニア、デザイナーは別の本業を持った人たちにプロジェクト単位で関わってもらう形だ。

 なぜこの形なのか。病児保育は自治体が大口の顧客であり、年単位でしか契約を取ることができない。なのでBtoCモデルのように急激な成長を見越した株式資本での資金調達が難しい側面がある。それもあってこの戦略を採用している。今のところ、資金はクラウドファンディングや銀行融資が中心だが、自分が背負える部分はとことんまで背負う覚悟でいる。

今後の展望

あずかるこちゃんによる介入効果をエビデンスとして計測する

 今後の展望としては3つある。第1は自治体との契約が決まったら、東大、厚労省を交えて実証実験を行いたい。実験では事前登録がすべてデジタル化され、利用者はスマホから病児保育の予約が取れるようになる。どれだけ利用者の負担を軽減できるか、または行政コストを削減できるかなど、あずかるこちゃんによる介入効果をエビデンスとして計測するのが狙いだ。

 第2は、エリア内での子どもと施設の部屋数とのマッチング機能を提供したい。例えば水ぼうそうやインフルエンザは隔離対応になるが、タイミングによっては空いていないこともある。だが近隣の施設では空いていることがサービス上でリアルタイムでわかれば、利用者にとっても施設にとってもWin-Winになる。これを来年のプロジェクトとして仕掛けていく。

 第3は長期的な取り組みになるが、子育て支援全般の行政サービスをアップデートしていきたい。病児保育に限らず、一時保育、学童保育などだ。見渡してみると、行政サービスがアナログのまま止まっていることが非常に多い。東京都中央区では、一時保育の整理券を取るために父親が早朝から並ぶことが昨年まで行われていた。実際、一時保育でもあずかるこちゃんのスキームを利用したいとの声が届いている。三方よしモデルを横展開しながら、子育て支援に関わるプロダクトすべてに取り組んでいこうと思う。


(タイトル部のImage:川島 彩水)