サッカー元日本代表の鈴木啓太氏が代表取締役を務めるAuB(オーブ)。2015年の設立以来、同社はアスリートの腸内環境研究をテーマに事業を進めてきた。今後は、これまでのアスリートの腸内研究から蓄積してきた知見を生かし、一般生活者のコンディショニング向上に役立つようなヘルスケアサービスの構想も描いている。同社を訪問し、鈴木氏に話を聞いた。

今回訪問したのは、東京・八重洲のコワーキングスペース(写真:川島 彩水、以下同)
今回訪問したのは、東京・八重洲のコワーキングスペース(写真:川島 彩水、以下同)
[画像のクリックで拡大表示]

起業のきっかけ

AuBとは、腸活とともに歩んだ自分の人生そのもの

 浦和レッドダイヤモンズ(レッズ)一筋で、2015年シーズンに引退するまでプロサッカー選手として16年間過ごした。一方でサッカーを始めた幼少の頃から、調理師の母親に「人間は腸が一番大事」と言われて育ってきた。そのため、選手時代は自分の便を見ることでコンディショニングを確認していた。それがAuBのルーツになっている。

代表取締役の鈴木啓太氏
代表取締役の鈴木啓太氏
[画像のクリックで拡大表示]

 オリンピック日本代表や浦和レッズでキャプテンをしていたこともあり、なぜ指導者の道を選ばなかったのかとよく聞かれる。だが私は早い段階で違う道に進もうと決めていた。1つのきっかけになったのは、日本のサッカー界が意外に小さな世界だと実感したことだ。浦和レッズは2000年代の半ばに成長して、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)で優勝した2007年には年間の営業収入が80億円弱に到達した。

 だが、私の当時の率直な感想は「80億円か…」というものだった。浦和レッズの知名度はかなり高い。もしかしたら、全国の4分の1ぐらいの人は耳にしたことがあるかもしれない。そう考えると驚くほど低い数字に思えた。もちろん、ほかのクラブに比べたら頭一つ抜けた収益なのだが、私の少し上の先輩で、ほとんど名前が知られていないのに同程度の売上規模の会社を経営している人がいる。ましてや一般社会では、大企業になれば何千億、何兆円という規模になる。

 そうした思いが契機となり、サッカー界の中で選手を育成して価値を高めることも1つの手段だが、より大きな視点でサッカー界、スポーツ界を取り巻く環境を変えたいと発想した。現役時代の半ばから広い世界で勝負したいとの意志を固めていた。

AuBの概要(表:同社への聞き取りを基にBeyond Healthが作成)
AuBの概要(表:同社への聞き取りを基にBeyond Healthが作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 AuBのアイデアは、引退の半年ほど前に知り合いのトレーナーから腸内細菌ビジネスを手がけている人物を紹介されたところから始まった。「特徴的な被験者の便で腸内を調べることが大きな発見につながる」との話を聞き、「私の周りには特徴的なアスリートの被験者が山ほどいる。これを検査したら面白いはずだ」とひらめいた。

 そのとき、自分の中で散らばっていたピースが結合して、アスリートと腸内細菌を掛け合わせられるのは自分しかいない、自分がやるしかないと思った。なぜなら、ずっと実践してきた腸活、そしてアスリートとしての経験を事業のベースにすることは、ある意味で自分の人生そのものだからだ。もちろん、ビジネスにチャレンジしたかった意味合いも大きい。そこで2015年10月に会社を設立した。

サービスの概要

コンディショニングに向けたデジタルアプリも視野に

 我々の事業の柱は、「研究」「フードテック」「ヘルスケア」と位置付けている。

 このうち起業当初から最も注力してきたのは研究。アスリートの腸内細菌の研究だ。腸内細菌のデータをもとに、周辺のデータと組み合わせながらアスリートのパフォーマンス向上、コンディショニング向上につながる研究をしている。今年からは、京セラと“におい”のセンシングについての共同研究に取り組み始めた(関連記事: 京セラと元サッカー日本代表が「腸内フローラ」でタッグ)。

 フードテックでは、4年間の研究の末に生まれたサプリメント「AuB BASE(オーブベース)」を自社ECサイトで販売している。酪酸菌をはじめとする29種類の菌を独自に配合したアスリート菌ミックスを含んでいるのが特徴だ。2020年9月には、元オリンピック選手の腸内から発見した新種のビフィズス菌「AuB-001」を発表した(関連記事:サッカー元日本代表のスタートアップ、新たなビフィズス菌を発見)。これらの菌を活用し、自社製品のラインアップを増やしていく。さらに外部への菌素材の提供も視野に入れている。

サプリメント「AuB BASE(オーブベース)」
サプリメント「AuB BASE(オーブベース)」
[画像のクリックで拡大表示]

 ヘルスケアに関してはこれから本格化する予定。これまでのアスリートの腸内研究から、いろいろなノウハウを蓄積してきた。その知見を生かし、一般生活者のコンディショニング向上に役立つようなサービスを構想している。まさにプロトタイプを作って実証実験に入るフェーズで、どのような形で提供するのが最適かを検証しているところだ。

 ヘルスケアサービスでは、手軽にコンディションを整えられるようなデジタルアプリも視野に入れている。“コンディショニング”というと構えてしまうかもしれないが、一般生活者にも必要なものだと考えている。

 例えば“ゾーン”に入ってすごく仕事が捗った、いろんなアイデアが湧いて出てきたといった経験は誰にでもあるだろう。その再現性を常に高めているのがアスリートであり、長年に渡ってコンディショニングを意識してきた習慣がそれを支えている。ただし、一般生活者はその方法を教えてくれる情報にたどり着けなかったり、自分にフィットする方法がわからなかったりする。そこで私たちがアプリなどによって情報を集約し、皆さんがより使いやすいものを提供していきたい。

 スタートアップなのに、いろんなことに手を出して大丈夫なのかと言われることもある。だが、これらは順を追って進めているに過ぎない。私たちが目指しているのは、モノを売ることではなく、コンディショニングに貢献する総合的なソリューションを提供すること。それが使命だと考えている。力が分散する懸念もなくはないが、そこは気合と根性で進めていくつもりだ(笑)。

サービスの現状と課題

研究開発型ベンチャーの壁は乗り越えた

 アスリートの検体は増えているが、今はより深い研究にシフトしてきている。2020年1月には、ラグビー、サッカー、陸上の3競技で、便のデータをAIで機械学習させた結果を発表した。そこでは、サッカー選手は85%、ラグビー選手は80%、長距離陸上選手は50%ほどの確率で競技別の特徴をはじき出すことができた。

[画像のクリックで拡大表示]

 ただ、それが何に役立つのかまでは到達できていない。大枠で傾向をつかんでも、当てはまらない人もいる。ラグビーではウイングとフォワードで特徴が違ったり、サッカーでもフォワードとディフェンスで違ったりする。そう考えるとカテゴライズすべきは、競技ごとの特徴ではないと気づいた。各競技のアスリートに共通するそれぞれの課題で区切ったほうが良いとつかめてきたのは収穫だ。

 課題は、動きをもっと速くしていくこと。研究開発型ベンチャーは、集中してテーマを掘り下げなくてはならない大変な時期があるが、私たちはその壁は乗り越えた。ここからは自分たちが立てた仮説に対してPDCAを回し、どんどんトライアルを重ねる時期に入る。

 AuBには研究が不可欠なので、研究成果によってスピード感が左右される部分があるが、それ以外の部分に関してはよりスピーディに動けるはず。先回りしていろんな予測を立て、研究成果が出たときにすぐに次のステップに進めるようにしなくてはならないと考えている。

自社の強み

一人ひとりがキャプテンであるべきだ

 強みは何と言ってもアスリートのデータ。これがコアコンピタンスだ。

 優秀な社員も強みだ。今は専業で6人、業務委託を含めると20人ほどが関わっている。基本は週一でここ(東京・八重洲のコワーキングスペース)に集まってコミュニケーションを取り、固有のオフィスは持っていない。だからといって仕事が滞ることはない。

 こういう柔軟な組織では信頼関係がすべて。大切なのはAuBのビジョンを共有し、カルチャーにフィットしているかどうかということ。その考えがない限りは同じ土俵には上がれない。人は入社してからいくらでも成長できる。とくにAuBは皆で学んでいくスタイルを良しとしている。

[画像のクリックで拡大表示]

 私は基本的にキャプテンは必要ないと思っている。なぜなら、一人ひとりがキャプテンであるべきだからだ。それこそ、社員には今の社会に求められているリーダーシップ、オーナーシップを持ってほしい。この気持ちを全員に持ってもらわなくてはならないし、強いチームにはその気持ちがある。

 かつて日本代表のイビチャ・オシム監督は、私を「水を運ぶ人」と形容してくれた。AuBもその立ち位置で運営していくのが自分のスタイルだと考えている。とはいえスタートアップなので、何でもやらなくてはならない時期があったのも事実。この1年ほどでやっと組織を整備できるようになってきた。これは自分たちがやりたいことが固まってきたからこそ可能になったのであって、それまではトータルフットボール(ポジションに囚われないサッカー戦術)のような感じだった。

 今は自分たちのポジションはどこかを理解した上で、オーバーラップするときはするし、フォワードが下がってディフェンスをすることもある。それは必要に応じて変化している。そのためAuBでは、誰でも見たい情報にアクセスできる。逆に言えばこちらから与えることはなく、自分から取りに来なくてはならない。

 いずれにしろ、私たちが目指しているのはコンディショニングであり、モノを売ることではない。その哲学を社員全員が理解しているのは大きな強み。だからこそコロナ禍のようなピンチも乗り越えられた。この先にはまたチャンスが待っているかもしれない。

今後の展望

スポーツ×ヘルスケア×テクノロジーの未来へ

 直近はフードテック事業を伸ばしていく。世の中には健康に資するいろんな製品があるが、なぜAuBの製品が良いのか、その理由をきちんと伝えることが重要になってくる。販売チャネルを広げず自社ECサイトのみで販売しているのも、自分たちでコントロールしながら魅力を伝えていきたいからだ。

 将来的にはフードテックとヘルスケアのサービスを両輪で回しながら、夢に向かってチャレンジできる人たちを一人でも多くサポートしたい。先ほども話したように、一般生活者もコンディションが整うことで何か新しいことができるようになるはずだ。

 新型コロナで自粛しているときに、SNSでファンと交流していたことがある。その中で医療従事者の人が「コロナの最前線で恐怖と戦っているが、頑張れる活力になるから早くサッカーを再開してほしい」と書き込んでくれた。それを見て、あらためてスポーツの力の大きさを感じた。最近ではようやくスポーツをビジネスにすることへの偏見がなくなってきたように思う。今後、スポーツ×ヘルスケアは重要な役割を担うのではないか。そこにテクノロジーが入ってくるに違いない。

[画像のクリックで拡大表示]


(タイトル部のImage:川島 彩水)