学生の時に聞いた、3人兄弟の末っ子という友人の言葉が妙に印象に残っている。

 「私、虫歯が多くて…3人目になると、お母さんが飽きてくるんだよ」

 彼女は虫歯が多いことを気にしており、その原因は母親の歯磨きの教え方にあると考えていた。お兄さんやお姉さんの虫歯が多くないのは母親がちゃんと歯磨きのやり方を教えたから。一方、自分に虫歯が多いのは、歯磨きを教えることに飽きてしまった母親がちゃんと指導しなかった結果に違いないというわけだ。

 実は私の母の歯磨きの教え方も適当だった。母の歯磨きに対する意識が低く、自身が歯磨きせずに寝るのは当たり前、子供である私にも「食後に歯を磨け」などと言うこともなく、3〜4歳にもなれば仕上げ磨きをしてもらった記憶もない。

 幸いにも、私自身にはそれほど虫歯はなかった。いい加減な歯磨きのしっぺ返しを食らったのは、私の息子だった。息子が3〜4歳になると、親である私の方が歯磨きしてやるのが嫌になってしまったのだ。自分で磨かせようとしたが、息子の歯磨きはあまりにも適当すぎた。さすがに危機感を抱いて育児書などを参考にやり方を教えようとしても、本人のやる気はゼロ、ひたすら甘い歯磨き粉をなめては歯ブラシをガジガジと噛んですっかり“歯磨きした”気になっている。

 その結果、乳歯のうちから歯科検診に引っ掛かり、毎度虫歯にチェックがついてくる。「お母さんが仕上げ磨きしてあげてください!」と言われて渋々やれば、甘ったれの息子はすっかり仕上げ磨きをアテにして自分で磨こうともしない。もういいだろうと小学生になった時点で仕上げ磨きはやめたが、本人の磨き方は相変らずのまま。一緒に磨こうと誘っても知らん顔、数十秒で歯磨きを終えてしまう。歯は黄色く染まり、学校の検診にはもちろん引っかかり、転倒して口からの出血に慌てて口腔外科に飛び込むと「歯は折れていませんが虫歯があります」と言われる始末だ。

 もはや打つ手なし…というところで、口腔ケア用品などを扱うサンスターグループ オーラルケアカンパニー(以下サンスター)が2016年4月に発売した「G・U・M PLAY」を思い出した。歯ブラシの動きを認識するアタッチメントを製品として販売しており、スマートフォンの専用アプリと連動させて利用する。

歯ブラシの動きを認識するアタッチメントを装着し、スマートフォンと連動させて利用するデジタルデバイス「G・U・M PLAY」(出所:サンスターグループ プレスリリース)

 基本機能は、アタッチメントの加速度センサーが検出したデータから歯磨きの動きや時間などを記録し、歯全体を正しく磨けているか判定するといったものだが、特徴として「歯磨きを“やらなくちゃ”いけないものから“やりたい”ものへと変える」とのコンセプトの下、歯磨き時に本人が楽しむための連動アプリが用意されている。歯磨きの時間に合わせてニュースや天気などを読み上げてくれる便利アプリと、歯ブラシの動きに合わせてバーチャル楽器を演奏するアプリに加え、歯磨き知育アプリの3種類が公開されている。

想像を超えたアプリの力

 実際の口腔内の細菌をモデルにした「マウスモンスター」たちと歯ブラシで戦い、やっつけた相手を「モンスターブック」(図鑑)に集めていく—歯磨き知育アプリ「MOUTH MONSTER」はモンスターを倒してカードを集めるゲームに夢中な息子にはまさにピッタリ。5000円(税別)という価格はなかなか手痛いが、冒頭の友人のケースのように20年以上に渡って恨まれるのも困ると、思い切って購入した。

  “ゲーム感覚で歯みがきできる”とする「MOUTH MONSTER」(動画:ClubSunstar)
  ※動画が見れない方はこちら

 その破壊力たるや、私の想像を軽く超えていた。まず、歯磨きの時間がきっちり3分確保されるようになった。同アプリのゲームには1分と3分のモードがあるが、息子は3分を選ぶのが普通で、途中で止めることもなく必ず3分間磨き続ける。あんなに何度言っても数十秒で「おしまい!」だったのに、これならやるのか…嬉しさとバカバカしさが同時に込み上げてきた。

 そして、ちゃんとブラッシングするようになった。ブラッシングの動きはマウスモンスターへの攻撃となる。動きが大きすぎるとバロメーターが赤くなり、強すぎると警告画面が出てゲームが止まる。高得点を叩き出すには優しく細かくブラッシングするしかない。以前はどんなに頑張って説明しても「ゴシゴシ」の2回で終わっていたのが、点数欲しさに必死で優しく細かくブラッシング—そんな姿を見るとちょっと複雑な心境になる。

 加えて、奥歯や歯の内側なども磨くようになった。ゲームの画面では口の中を模した空間をマウスモンスターたちがあちらへこちらへと動き回る。それを追うように自分の口の中で歯ブラシを動かして攻撃する。私が見る限り、口の中を上下と左右前に6分割し、そこをマウスモンスターが移動するのは分かるものの、歯の噛み合わせ側と内側、外側の区別はあまりつかない。息子に聞くと特に気にしている訳ではなく、気分か直感に基づいて磨いているだけのようだが、それでもある程度は全体的に磨けているようだ。磨いた場所のチェックは連動する「MOUTH LOG」から確認できる。たまに私が磨き残しを確認しているのを見て、息子は毎回自分でMOUTH LOGを確認して「BAD」と赤く表示される部分を追加で磨くようになった。

 新しいマウスモンスターに出会いたいと、歯磨き自体にもがぜん積極的になった。モンスターブックでは倒したマウスモンスターのイラストと元となった細菌の説明などが入った紹介文が見られるようになる。歯磨き後には「やったぁ!今日はnewのモンスターだ!」などと言いながら、今までに倒したマウスモンスターたちを眺めている。歯磨き中の写真を自動で撮影してカレンダーに登録し、スライドショー形式の動画にまとめる機能もある。こうした「やったことの証」が少しずつ蓄積されていく点も、続ける楽しみになるようだ。

自動で撮影された息子の歯磨き中の写真(写真:筆者、一部を加工しています)

 こうした変化は必ずしも使ってすぐに起きた訳ではない。使い続けて数カ月経つ頃から、徐々に正しい歯磨きへと変わっていったと感じている。すごいと思ったのは、ある程度正しい歯磨きを習得できるようになるまでの間、飽きずに使い続けられるという点だ。最初は次々と新しいマウスモンスターが現れて「次は何かな?」という期待から続けるが、慣れてくる頃には新しいマウスモンスターは滅多に現れなくなり、「次こそはnewが出るかも」との期待により続けるようになる。そして徐々に「どうやったら高得点が出るのか?」と磨き方や磨く場所を工夫するようになっていく、という流れになっているようだ。

口腔ケアに広がるIoT、在宅健康管理につながるか

 この製品は、まず開発中であることが2014年12月に発表され、私はセンサーや通信機能が歯ブラシのような日用品にも搭載されるというHome IoT的な観点から注目していた。同製品を2016年4月に発売して以降、サンスターは他社製品やサービスとの連携を進めている。具体的には、富士通の歯科医院向けクラウドサービスとの連携や、米Amazon.comの自動再注文サービス対応、シャープのモバイル型ロボット「ロボホン」に向けた連動アプリ、大阪府の健康づくり支援プラットフォーム整備等事業「おおさか健活マイレージ アスマイル」モデル実施への参画などに取り組んでいる。

サンスターグループ オーラルケアカンパニーと富士通による先進予防歯科サービスの概要(出所:サンスターグループ プレスリリース)

 口腔ケアのIoT化はテック系スタートアップに加えて、いわゆる国内大手企業も積極的に取り組んでいる。例えば、ライオンはスマホで撮影した舌の画像から口臭リスクを提示する「口臭ケアサポートアプリ」を2018年に開発し、その技術を活用して笑顔と口臭リスクをチェック、サポートするWebコンテンツ「NONIO MIRROR」を開発、2019年3月に公開した。また、2020年9月には子供向けのIoT歯ブラシ「クリニカKid's はみがきのおけいこ」について、テストマーケティングとしての販売を開始している。

ライオンの子供向けIoT歯ブラシ「クリニカKid's はみがきのおけいこ」(出所:ライオン プレスリリース)

 従来できなかったデータ化を実現することで、プロによる対面の個別指導が必要だったものをあるレベルまでは機械で代替したり、プロによる管理を機械で補助・支援することで対応できる対象人数を大幅に増やしたりできる。口腔ケア分野のIoT化が進みつつあるのは、こうした利点が一般に受け入れられるようになりつつあるということだと思う。私自身、自分では教えられなかった歯磨きをIoTガジェットとアプリが息子に教えてくれるという体験を通じ、「親が頑張るのもいいけれど、頼れるものは機器に頼ってもいいな」と感じた。

 新型コロナウイルス感染症の拡大が続く中、神奈川県は自宅療養者に対して行政が行なっていた体調チェックを療養者自身が24時間行うようにすると発表している(2021年1月19日時点)。リソースの関係上やむを得ない判断なのだろうが、単身の療養者などの体調が急変した場合には対応が困難だろうと予測される。こうした場合に、療養者のなにがしかの生体情報を自動で行政へ報告・集計してくれるシステムがあれば、行政にとっても療養者にとってもプラスになるのではないだろうか。

 平時であれ緊急時であれ、在宅健康管理におけるIoT機器の活用は静かに浸透していきそうだ。今後も注目していきたい。ちなみに息子によれば、歯磨きは“やらなくちゃ”いけないものから“やりたい”ものへ変わったのではなく、モンスターを見つけなければならない、ゲームはクリアしなければならないという、新たな“やらなくちゃ”いけないものになっただけだそうだ。

(出所:サンスターグループ プレスリリース)

(タイトル部のImage:arkgarden -stock.adobe.com)