身に着けた活動量計、あるいは鏡に埋め込まれたカメラなど各種のセンサーによって自分自身の健康状態が自動的に認識・分析され、その結果や変化量に基づき生活習慣の改善や医療機関への通院が促される──。ヘルスケアの方向性については、このような個々の状況に合わせたサービスが提案される個別最適化が中心だと考えていた。

 その一方で「すべての人に効くものを開発する」という逆の動きもある。「科学技術メディア『ネイチャー』において、ユニバーサルワクチン(万能ワクチン)を開発すべきと発表した」。こう語るのは、エクサウィザーズが2021年5月19日に開催したオンラインイベントに登壇した米国スクリプス研究所のエリック・トポル教授だ。トポル氏は、日本でも翻訳出版された「ディープ・メディスン」の著者としても知られる。著書タイトルの「ディープ」は、AI(人工知能)の主要技術であるディープ・ラーニング(深層学習)にかけたものであり、同書ではAIを活用した未来の医療の姿を描いている。

 エクサウィザーズが運営するメディア『AI新聞』の編集長を務める湯川鶴章氏がモデレーターを務めたセッションでは、医療領域においてAIが果たす役割やコロナの影響などについて解説、そのなかでも、変異株の登場もあって日本国内では新型コロナの感染拡大が続くだけに同教授が言う万能ワクチンに興味がわいた。ネイチャーへの投稿「次のパンデミックに備え、変異株に対抗できるワクチンに投資すべき(Variant-proof vaccines invest now for the next pandemic)」を見ると、トポル氏は今回についてはワクチンが短期間で開発されたと評価する一方、今後出現するかもしれないウイルスについてはワクチン開発にもっと時間がかかる可能性があるとも指摘している。

 そのため各国政府に対して、変異株を含む広範なウイルスに対して作用する抗体(パンウイルスワクチンあるいはユニバーサルワクチン)を開発すべきとし、ワクチンの備蓄につながる基礎研究を呼び掛けているという。トポル氏によれば「既に技術はあり、その開発にはAIも貢献している」とのことだ。

 このほか今回のセッションでは、

「スマートフォンを活用した日常の健康管理は、患者に自由と自立をもたらす」
「AIは、バーチャルな医療コーチになる」
「音声認識は医療におけるAI活用の最も身近な領域で、医師に時間という贈り物を与える」

 などの発言があって、とても刺激的な内容だった。同氏は「今後数十年を見通しても、これほど医療が根本的に変わる時代は来ない」と語って対談を締めくくった。新しい技術の登場によって多くの人の健康が維持され寿命が延びれば、医療だけでなく、周辺の事業や商習慣は大きく変わる。最近よく言われる「人生100年時代」において、保険や薬、ヘルスケアサービス、さらには働き方や学びはどうなるのか。セッションを聞き終え、さまざまな考えを巡らせてみた。

(タイトル部のImage:arkgarden -stock.adobe.com)