先週、重要な会見があった。ベンチャー企業のキュア・アップが、ニコチン依存症を対象とする「治療用アプリ」の治験を終え、医療機器としての承認を得るための申請の段階に入ったことを明らかにした。米国では既に、糖尿病患者向けの治療用アプリなどが医療機器として承認されているが、国内ではこれが最初の事例になりそうだ。

いよいよ治験が終わり、次の段階へと進んだ。会見の詳細は別記事でお伝えする(写真:加藤 康)

 会見の詳細は、今週掲載予定の別記事に任せる。ここで筆者が触れたいのは、治療用アプリが、今後の業界構図にパラダイムシフトを起こし得る存在である点だ。

 治療用アプリについての説明は本サイトでも他サイトでも繰り替えされているので詳細は割愛するが、簡単に言えば従来の「医薬品」「医療機器」に次ぐ第3の治療法となる(関連記事)。薬理学的なアプローチである医薬品、解剖学的なアプローチである医療機器とは異なり、行動変容の視点で治療アプローチを仕掛けるのが特徴だ。

 着目すべきは、その医療経済性。例えば、1つの新薬を開発するために膨大な費用と時間が掛かることは良く知られるところだが、それとはケタ違いの低コスト・短期間での開発が期待できる。まさに、IT(アプリ)という大衆化したツールを持ち込んだ醍醐味といえる。

 先日、筆者はあるイベントを取材していた。プログラム最後のパネル討論の終盤、司会が会場からの質問・意見を募った際、製薬業界に従事する(と思われる)参加者の一人がこんな発言をした。「治療用アプリの効果は海外では既に認められている。国内でも早晩、低分子(医薬品)の一部はアプリに置き換わる。その時に、我々製薬業界が“抵抗勢力”にならずに、その事実を認め一緒にイノベーションを加速していくことが必要だ」。

 会場からは大きな拍手が起きた。会場のほぼ全員が賛同しているようにも見えた。そもそも製薬業界の参加者がかなりの割合でいるイベントだ。だからこそ、ここで起きた拍手の意味は実に深い。

 もっとも、ここ数年、製薬業界がヘルスケア×IT(デジタルヘルス)の領域に踏みだしてきたのはご存じの通り。慢性疾患に対する新薬は飽和状態。「ブロックバスター」と呼ばれる製薬企業にとっての継続的な収入源となる大型新薬も生まれにくくなっている。特許切れを迎える薬も多く、次世代薬の候補(パイプライン)も枯渇気味。こうした背景の中で、IT系スタートアップとのオープンイノベーションの強化や、「創薬」にとどまらない新たな事業の模索などに向けた取り組みが目立ち始めている。

 とはいえ、「それは数ある新規事業の一環であくまで枝葉の部分。今後も軸の部分が変わることはない」。そんな空気が業界内には漂っていて、強い危機感を持つ一部の人たちがその空気と対峙している――。先の大きな拍手から筆者が垣間見たのは、そんな光景だ。

 キュア・アップは、冒頭の承認申請の段階に入ったニコチン依存症を対象とした治療用アプリの他にも、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)の治療用アプリ、高血圧の治療用アプリなどの開発を進めている。同社以外にも、睡眠治療、糖尿病予防など様々な分野で治療用アプリの開発・研究が進行中だ。時代は着実に進んでいる。さいは投げられた。

(タイトル部のImage:arkgarden -stock.adobe.com)