日本の重症化率・死亡率が米国に比べ低い理由も?

 4月20日付5月18日付Editor's Noteでは、喫煙者や慢性閉塞性肺疾患(COPD、喫煙歴が長い人に起こりやすい)患者の肺組織にACE2が多数発現している一方、非喫煙者ではその発現量が非常に少ないという研究結果2,3)が報告されていることから、二十歳になって許される喫煙がその発現を増やす要因ではないかとの考えを述べた。

 実は筆者が知らなかっただけで、ACE2の発現量が増える要因・病態は他にもある。例えば、ACE2は心筋細胞や心筋線維芽細胞、血管内皮細胞などにも幅広く発現しており、動脈硬化や心機能障害が進むと発現量が増えることが知られている。強力な昇圧・血管収縮・細胞増殖作用があり動脈硬化を進展させるアンジオテンシンIIという物質を、アンジオテンシン(1-7)に分離し、血管拡張や細胞増殖抑制、抗血栓作用などで心血管を保護する重要な役割を果たす。以前の記事で、損傷を受けた肺組織においてACE2が高発現しているのは、肺を損傷から守るためのホメオスタシス(生体恒常性)機能だと説明したが、心血管系においても同様の理由でACE2が高発現していると考えられる。

 実際、心房細動などの不整脈や、心筋梗塞などの心血管イベントを起こした人でACE2発現量や血中ACE2活性が高いことが報告されている4~6)。つまりACE2の発現量は、高血圧や糖尿病、肥満、飲酒など動脈硬化性疾患や心機能障害の危険因子を複数持つことでも高まるということだ。また、男性では女性に比べてACE2発現量が高いことが報告されている7,8)。これらの因子は、中国をはじめCOVID-19が広まっている国々のデータ分析から分かってきたCOVID-19の重症化・死亡リスク因子と一致しており、ACE2の高発現はCOVID-19の重症化・死亡にも大いに関係していそうだ。

 COVID-19の重症化・死亡例に深部静脈血栓症や播種性血管内凝固症候群(DIC)の合併が多いという報告も、心血管系ハイリスク感染者の血管内皮細胞に多数発現したACE2に新型コロナウイルスが結合したことで、かろうじて維持していたそのホメオスタシス機能を一気に破綻させ、全身の各臓器に血栓塞栓を引き起こしたとは考えられないだろうか。また、COVID-19が蔓延し死亡例を多数出した米国その他の国々に比べて、日本での重症化率・死亡率が低いのは、肥満人口の割合で説明できるかもしれない。

 ACE2をターゲットにした治療薬の臨床試験も進む。オーストリアのバイオ企業Apeiron Biologics社が急性呼吸促迫症候群(ARDS)や肺動脈性肺高血圧症(PAH)の治療薬として第1/2相試験を進めていた「APN01」(可溶性人工ACE2)だ。偽ACE2として体内でおとりとなり新型コロナウイルスに結合し、本来のACE2への結合を遅らせる9)。人工の血管・腎臓組織(オルガノイド)へのウイルス感染を防ぐ効果が示されたことから第2相臨床試験が開始された。急性膵炎治療薬ナファモスタットにもACE2とウイルスの結合を阻害する作用があり、東京大学医科学研究所が治験準備を進めている。

 このようにCOVID-19の発症・重症化に重要な役割を果たしているACE2発現に関する科学的知見を、今後のCOVID-19対策に積極的に生かすべきではないか。ACE2発現量を増やすのは、喫煙習慣とともに、食生活の欧米化、運動不足などに伴う心血管系リスクだということも分かった。緊急事態宣言解除後も続くテレワーク主体の勤務体制は、喫煙・飲酒の習慣、運動不足を促進させ、感染リスクを高めそうだ。これらのリスク因子はどれも改善可能なものだ。禁煙はもちろん、これらの悪い生活習慣を全て見直して免疫力を強化し、感染を跳ね返す体のレジリエンスを身に付けることこそ、真の「新しい生活様式」「ニューノーマル」だ。今から実践して、秋以降来るかもしれない新型コロナウイルスの第2波、未知の病原性ウイルス到来に備えようではないか。


[参考文献]

1)JAMA. Published online May 20, 2020. doi:10.1001/jama.2020.8707

2)European Respiratory Journal 2020; DOI: 10.1183/13993003.00688-2020

3)J. Clin. Med. 2020, 9(3), 841; https://doi.org/10.3390/jcm9030841

4)Europace. 2017 Aug 1;19(8):1280-1287. doi: 10.1093/europace/euw246.

5)PLoS One. 2018; 13(6): e0198144.

6)Eur Heart J. 2005;26(4):369–75; discussion 22–4. doi: 10.1093/eurheartj/ehi114

7)EMBO J (2020)39:e105114

8)Eur Heart J. 2020 May 14;41(19):1810-1817. doi: 10.1093/eurheartj/ehaa373.

9)Cell, online April 2, 2020, doi: 10.1016/j.cell.2020.04.004

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