6月12日にアップした「庄子育子が斬る! 行政ウオッチ」では今月末に投開票が行われる予定の日本医師会(日医)の会長選挙について取り上げた。今のところ正副両会長によるガチンコ勝負が繰り広げられそうだが、日医会長選は得てして「一寸先は闇」、この先、どう転ぶか分からないという内容だ。

 それにしても、日医の会長になるというのはどういうことなのか。

 世間一般の日医に対するイメージは、必ずしも芳しいとは言えないだろう。ぱっと思い浮かべるのは、「政治を裏で操る圧力団体」「診療報酬の増額にしか興味がない医師の集まり」「既得権益の保持を最優先に考えている集団」といったあたりか。

 そしてそのドンたる日医会長は、17万人の医師会員の頂点に立ち、潤沢な資金を思うままに使って力をふるえる人物。そうした「権力」と「金」、加えて「名誉」や「地位」を得るために、権謀術数を駆使して、その頂に上り詰めようとする。頂点に立ったら、医師の「うまみ」を守ることにひた走る――。そんな風に映ってはいまいか。

 ただ、それらはステレオタイプの見方でしかない。筆者も過去に反省すべきことがある。

 筆者はかつて副会長職にあった人物に、ゆくゆくは会長になりたいのかを尋ねたことがあった。

 「それはもちろん」と即答されたので、思わず「え、やっぱり権力を握るためですか? それだけ会長職は魅力的なんですね」なんてことを言ったものだ。

 今にして思えばかなり失礼な物言いなのだが、その人物は怒ることもなくこう返してきた。

 「違う、自分が会長になりたいのは、日医を変えたいから。それだけこの組織は問題を抱えている」

 ずいぶんと力強い口ぶりだった。その迫力に驚きつつも、筆者は不躾な質問をなおも続けた。

 「でも今も副会長ですよね。それなら執行部の一員として組織改革に取り組めばいいじゃないですか」

 「いや『正』と『副』(会長)では、できることが全然違う。副会長は『正』の方針に従うしかない。だから自分は会長にならなければいけない」

 その人物が日医組織の問題点として挙げていたのは、いわゆる「欲張り村の村長」問題だった。1957年から25年間の長きにわたって日医会長に君臨した武見太郎氏は、「医師会員の3分の1は放っておいても勉強して進歩する医学についていき、国民に還元する。3分の1は指導者によってどちらにもいく。残りは『欲張り村の村長』である」と評したとされる。

 それを念頭に置いての発言だろう。「いまだに欲張り村が多いんだよ。自分の収入のことしか考えていない」。少し寂しげな表情を浮かべながら、そんな風に語っていた。

 筆者はこの時のやり取りがいまだに忘れられない。確かに正副両会長の権限には大きな差があり、日医の会長にならなければ、組織改革など到底無理というのはその通りだろうと合点がいった。

 ただ、6月12日にアップした記事に書いた通り、日医の最高意思決定機関は代議員会で、会長および副会長ら執行部は、代議員による間接選挙で選ばれる。代議員の選出は都道府県医師会の裁量に任せられているものの、実質的には、各都道府県医師会の会長や副会長などの重鎮が就くのが常で、事実上、名誉職となっている。 

 よくあるパターンは、まずは傘下の「郡市区医師会」で理事を何期か務め、副会長、会長になる。その後、都道府県医師会の理事をやはり何期か務め、副会長、会長になってから日医の代議員にステップアップするという方式だ。

 こうしたごく一部の“特権階級”にしか日医会長選の投票権はないのだから、選挙戦ではその囲い込みで攻防が生じやすい。

 日医会長になろうとすれば、これら特権階級の信任を得るしか道はなく、身内に弓を引く発言はしがたいだろう。それゆえ、何とか取り繕って、耳当たりのいい言葉ばかりを並べて、無事会長になったとしよう。でもその後、厳しい組織改革をできるものなのかは大いに疑問符がつく。

 何を言いたいのかと言えば、日医の会長選の在り方や代議員の選出方法にも手を入れるべき時期が来ているように筆者は感じている。


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