6月14日にアップした「庄子育子が斬る! 行政ウオッチ」では、「厚遇される医師の働き方改革」と題した記事を掲載した。医師をはじめとする医療従事者の働き方改革を進めるための行政の支援ぶりは顕著で、他の職種に比べて手厚い旨を書いた。

 記事でも少し触れたが、厚遇されているのはそれだけ医療現場の労働環境が過酷であることの現われとも言えるし、その続きとして「医療・福祉系は慢性性的な人手不足に苦しんでいる」と訴える向きもあるだろう。確かにそうだ。だが、人材確保に頭を抱える業界はあまたある。

 建設や土木、警備などの保安、運送、農林漁業……。すぐにも思い浮かぶのはこのあたりか。ではあまり、いやもしかしたらほとんど知られていないかもしれない業界の話をここでは紹介したい。

 筆者は学生時代、日本美術史を学んでおり、今なお懇意にする学芸員の仲間が大勢いる。彼らが嘆くのは、文化財の修復に関連してくるあらゆる職人のなり手不足だ。

 絵画や古文書、建造物や仏像などの文化財の傷みを診断して、修復を行う技術者たち。数百年残ってきた国宝や重要文化財の書画類の修復の場合、国宝修理装潢(そうこう)師連盟に加盟している認定技術者がその作業にあたる。

 「装潢」とは、作品に使われている材質を明らかにしながら、オリジナルの持つ様々な情報を減らさずに装いを新たにすることを指す。例えば、絵の具のニカワの接着力が弱り絵の具が剥離(はくり)しそうな場合は同質のニカワを補充し、接着力を強化する。

 絹や紙などの脆弱な材料でできている絵画や書跡は、いくら大事に扱っても経年によって劣化する。そのため、状態の見極めの早期診断と定期的な修理が欠かせない。だが、装潢分野の修理技術者は深刻な人手不足に悩まされている。

 もともと装潢師としてそれなりに活躍できるようになるには、最低10年はかかるとされる。覚える技術が多岐にわたる上、修理の実績を積むことでしか技術は身に着けられないものの、失敗が許される世界ではないため、下積み生活がおのずと長くなってしまうのだ。

 少子化の進行により、そんな地道な努力が必要とされる職業を選ぶ若者の数は減るばかり。国宝修理装潢師連盟によると、認定技術者の数は2015年時点で130人に上るが、そのうち経験年数1~4年の若手は19人にとどまり、10年前から半減した。このままいけば、技の継承者がいなくなる恐れがある。

 さらに、美術工芸品に関する文化財の修復に関しては、修理のための材料提供者も担い手不足に苦しんでいる。用途に合わせて使い分ける必要がある和紙をすく職人、古糊(文化財の修理作業で使用する糊は小麦デンプン粉を10年ほど寝かせる)の製作者、刷毛や印刀、丸ヘラなど修理用具を作る工人らも明らかに減少傾向にある。

 担い手不足なら人材の育成や確保に向けて国の補助も欲しいところ。だが、それらを訴えて実行に移せる「政治力」はなし。メディアの注目を集めて、人気に火が付くということもなし。派手さはないので、アピール機会も限られ、結局、いずれも知られざる職業となってしまっている。

 片や医療の世界に目を転じれば、医師の職能団体である日本医師会は強い政治力を持ち、メディアでも医療の話題が取り上げられるのは日常茶飯事。スーパーヒーローの医師が主人公を務めるテレビドラマの類は定期的に作成され、医療現場にあこがれを抱く層が常に醸成され続けている。こうした状況は、文化財の修復に関わる人たちにとっては、うらやましい限りでしかないだろう。

 適切な時期に、 適切な修理をしなければ、日本の文化財を未来には残せない。 そして我々も鑑賞して楽しむことはできない。それゆえ技術の担い手確保は極めて重要だ。とはいえ、今や数少ない若者たちを多種多様な職種で取り合うしかなく、その戦いに敗れたところころは滅ぶしかない。

 何が言いたいのかと言えば、医療・福祉系は慢性的な人手不足といえども、人材確保に苦しむ業界があまたある中、実は恵まれているのではないかということ。ひがみ根性でも何でもなく、筆者はそう感じずにはいられない。