8月21日にアップした「庄子育子が斬る! 行政ウオッチ」では、薬局とそこで働く薬剤師について取り上げた。薬局・薬剤師は、医療機関・医療従事者の仲間入りをしているとは言い難い状況にあるのではという内容だ。長年の歴史的経緯がそうさせている側面が大きいのだが、筆者は薬局で働く薬剤師に対して前々から物足りなさを感じているところがある。

 僭越な物言いで大変恐縮なのだが、それはずばり閉じた議論ばかり行っている点だ。薬局薬剤師の集まりに行くと、職能論が少なくない。薬剤師の職能とは?という定義づけに始まり、その職能を世間に認めてもらうにはどうすればいいのかを熱く語る。そんな場面に何度出くわしたかわからない。筆者は記者になって四半世紀経つが、その間ずっとなのだ。

 片や、医師や看護師が、同様に自分たちの職能にこだわった議論をしている場面を目にしたことは、記憶のある限り、ない。

 薬剤師の職能や世間へのPR法について議論するのは別に悪いことではないが、気になるのは、とかく仲間内での話し合いに終始してしまっている印象が強い点だ。いや、開かれた議論を行っているという反論もあるかもしれない。でも、実際にそうなら薬剤師の職能はとっくに揺らぎないものとして確立し世間に広く知れ渡っているはずだろう。

 何を言いたいかと言えば、仲間内だけで大いに盛り上がったところで、状況はあまり、いわやほとんど変わらないということだ。

 少し話は逸れるが、現在、Beyond Healthで展開中の「空間×ヘルスケア 2030」のプロジェクトでは、「Beyond Pharmacy」として未来の薬局像を提示している。ここで示したものは完成形ではなく、今後、様々な方と議論を深めながら、新たな形を作り上げいくやり方を取る

 筆者は同プロジェクトに直接関与していないのだが、議論を深める過程では、幅広い職種・立場の方に参加いただければ面白くなるだろうと思っている。もちろん薬局・薬剤師に対して辛辣な意見があっていい。例えば、そもそも医学的知識を背景にしながら生活者の健康もサポートするというなら、薬剤師より看護師の方が適していて、米国の「ナース・プラクティショナー」のような制度を設け、一定の処方権限や独立開業を認める方が近道で現実的なのではといった意見もあるかもしれない。薬剤師にとっては耳の痛い話かもしれないが、厳しい指摘から学べることは大きい。

 いずれにせよ、薬局・薬剤師に関しては閉じていない議論を願うばかりだ。


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