「PHRは患者エンゲージメントの最強ツール」「ePROが患者の症状改善やQOLの向上、ひいては生存率向上にまでつながる」──。いずれもBeyond Healthの過去記事から抜き出したフレーズですが、PHR(personal health record)、またはePRO(electronic patient-reported outcome)と呼ばれる、患者が自ら医療・健康情報を収集・管理し、かかりつけ医などと共有する仕組みが最近注目され、当メディアでも取り上げる機会が増えています。

 筆者も10月28日付のEditor’s Noteで「プライマリケアを一変させるPHRの可能性」と題して、PHRが生活習慣病管理全般、ひいてはプライマリケアの在り方までも一変させる可能性があると書きました。というのも、これまでの患者データといわれるものは、主に医療機関を受診した際に医師が患者から聴取した病歴や検査結果であり、医師の解釈を介した間接的な情報や医療機関内という特殊環境での測定結果にすぎないわけです。受診と受診の間の日常生活において、患者が本当にどのような状態なのかを医師が診察時間内に正確に知ることは簡単ではありませんし、患者がその場で伝えることができる情報も限られます。PHR、ePROで収集される情報はまさに患者自身が報告する日常生活上のリアルな連続データであり、それに基づく生活指導・治療の在り方はこれまで外来での一時的な情報に基づくものとは違ってくるはず……。

 ところが先日、そんな考えを、都内で在宅医療なども手掛けるあるクリニックの院長にぶつけてみたところ、意外な? 答えが返ってきました。

 「患者の日常生活上の連続的な測定データを共有できても、一人ひとりのそうしたデータを逐一フォローして判断する時間はとても取れない」

 確かに、臨床医の日常は極めて多忙です。午前8〜9時から昼過ぎまで外来診療、昼食後は診療所医師であれば、夕方まで訪問診療や午後の外来診療、病院勤務医であれば病棟回診、カンファレンス、学術研究等に忙殺されます。患者情報のフォローは電子カルテ上の情報で手一杯で、PHRなどの情報把握までとても手が回らないというわけです。

 もちろん、そうした多忙な業務の合間をぬってPHRなどの情報をフォローしている医師は少なくないし、既にPHRサービスを医療機関向けに展開する企業も多忙な医師でも使いやすいアプリ等を提供しています。ただ、その利用率や継続率は高くなくその要因の1つに、医師の多忙さがあるかもしれません。

 個人の健康・医療情報を本人や家族等が把握し健康増進に役立てるための電子記録としてだけでなく、バーチャル治験やゲノム医療、遠隔医療などの臨床研究や最新ヘルスケアシステムのインフラとして、PHRやePROを機能させていくには、IT(情報技術)導入に熱心な一部の医療者や患者にとどまらず、保険医療機関に所属する医師、そこに受診する患者全てが広く利用できる仕組みにする必要があります。

 そのためには、医師をはじめ医療者に負担を強いず、PHRやePROを気軽に利用でき、さらに業務の効率化につながるようなテクノロジーの導入が鍵になると思います。例えば、PHRと電子カルテとを連動させて電子カルテ画面でPHRも閲覧できるようにしたり、人工知能(AI)を導入して個人個人のPHRデータの経過で異常値が出た場合にだけアラートが出るようにするとか。診療報酬上でもPHR、ePROを活用する医療機関を評価して、導入インセンティブを与える制度づくりなども必要と考えます。PHRやePROの普及につながる、テクノロジーや制度改革によるブレークスルーを期待しています。

(タイトル部のImage:arkgarden -stock.adobe.com)