菅義偉内閣が不妊治療の公的医療保険の適用に向けて動き出した。不妊治療の経済的な負担軽減は首相が昨年の自民党総裁選時から訴えていた目玉政策。まずは今月1日より従来の助成制度を拡充。その上で、2022年4月の保険適用を目指すという。この先、保険適用の制度設計には困難さも伴うが、首相の強い意向を背景に大胆な保険診療ルールの見直しが行われ、ひいてはそのほかの各種診療行為に思わぬ影響を及ぼす可能性がある。

 「検討事項が多すぎて、そう簡単にはいかない」。今から4カ月前、厚労省の幹部は頭を抱えていた。自民党総裁選で圧勝した菅首相が少子化対策として掲げた不妊治療の保険適用の早期実現を田村憲久厚労相に指示。それを受けてのことだ。

 もともと、政府は昨年5月に閣議決定した「少子化社会対策大綱」の中で、不妊治療について医療保険の適用拡大を検討する旨をうたっていた。翌6月には自民党の「不妊治療への支援拡充を目指す議員連盟」も発足。その流れから、厚労省では2020年度中に不妊治療の実態調査を進める方向で調整していたのだが、首相の命でそうのんびりとは構えていられなくなった。

 保険適用の可否は、中央社会保険医療協議会(厚労相の諮問機関)の総会で判断するため、2022年度の改定で盛り込むのが最速。ならば、それまでのつなぎの措置として、従来の助成制度を大幅に拡充すべきという首相の意向に従い、今月1日から公費助成の条件を見直した。これまでは初回のみ30万円、2回目以降は15万円を補助していたが、2回目以降も一律30万円に倍増。助成回数も、最大6回までとなっていたところ、「子ども1人につき最大6回」に緩和した。さらに、夫婦の合計所得が730万円未満という条件も撤廃した。

 もっとも、この助成金拡充分は2020年度第3次補正予算案に盛り込まれており、法案は1月28日に可決・成立したばかり。この制度の助成金は、国の負担が半分で、半分を都道府県、指定都市、中核市が負担するため、対象者が助成金を実際に受け取れるのは、各自治体に負担分の金額を交付する3月過ぎになるとみられる。助成を受ける場合、手続き上、1月1日以降に終了した治療の領収書などを添えて自治体に申請する必要がある。

実を挙げる仕掛けを盛り込む厚労省

 こうした年度途中での制度変更は珍しい。首相の並々ならぬ強い意向に従い、厚労省が助成の拡充をとにかく急いだという構図だ。ただ、同省は実を挙げる仕掛けを盛り込むことを忘れていなかった。

 厚労省は不妊治療にかかる費用の助成について、新たな条件を加える方向だという。現在、助成対象の指定医療機関になるには、事業実施主体の長である都道府県知事が定める施設や設備・人員の基準を満たす必要がある。そうした指定要件のクリアに加え、どうやら自院の診療内容や治療費、治療実績などの情報開示も求めるようだ。具体的には、医療機関がそれらの情報を自治体に報告、すると都道府県がホームページ上で一覧にして公開する。

 この見直しの意義は大きい。それはなぜか。

 不妊治療を巡っては、不妊の原因を調べる検査や一部の治療を除いて保険が適用されず、人工授精や体外受精、顕微授精はいずれも自由診療で行われている。医療機関ごと治療方法や方針は異なり、設定する自由診療の価格もまちまちだ。実際に厚労省が昨秋実施した実態調査の中間報告では、1回あたりの体外受精にかかった治療費は16万円から98万円と差が大きかった。治療の質にも医療機関により差があるといわれる。

 ばらつきが大きい中、どの医療機関でどんな治療が受けられて、実績はどうなのかを調べるのは、患者側が自力で行うしかなく、多くはインターネットの口コミなどを頼りにせざるを得ないのが実態だ。

 そんな中、不妊治療の公費助成に当たり、規定項目を報告しない医療機関は、助成対象の指定医療機関として認めないという条件を課すことで、情報の開示が進み、患者にとっては医療機関の選択がしやすくなることが期待される。

 そして厚労省はその先もにらんでいる。情報開示の促進により、自由診療で実態が見えにくかった不妊治療の透明性が高まれば、保険適用に向けた具体的な制度設計もしやすくなるとみているのだ。

 実は、不妊治療の保険適用話は1998年ごろにも取り沙汰され、国会で議論されたこともあった。だが、健康保険の財政上の問題などからとん挫。結局、保険適用は見送られ、代わりに2004年に治療費を助成する制度が創設された。以来、今に至るまで不妊治療の手法は日々進歩し、治療の選択肢は広がった。国内未承認の海外の最先端の治療技術や薬なども多く使われている。自由診療ならではの発展を遂げてきたわけだ。

 ところが、そんな不妊治療を2022年4月にも保険適用とする。国の財政事情を踏まえれば、保険の対象範囲は限定的にとどめざるを得ない。当然、できる限り費用対効果に優れ、安全性も確立した治療法を最優先したいところ。厚労省は保険適用にふさわしい診療行為をあぶり出すためにも、今般、不妊治療を行っている医療機関の情報開示が進む施策を打ったといえる。

残る課題克服のため「混合診療」の解禁も

 さて、現在は自由診療の不妊治療が保険適用となった場合、自己負担は原則3割になるとともに、高額療養費制度が適用されるため、一月の自己負担に限度額が設けられ、治療を望む人にとってはかなり経済負担が軽減される。

 もっとも、保険の範囲を超える高度な治療を受けようとした場合の課題は残る。健康保険法上、保険適用と自由診療の治療を同時に提供する、いわゆる「混合診療」は原則として禁止されており、現在は自由診療を併用すると、保険診療部分も含めて全額自己負担になるからだ。せっかく高度な医療メニューがそろっていても、オプションでそれを付けた途端、全額自己負担となるのでは、今までと何ら変わりない。

 それゆえ、厚労省では水面下で、不妊治療の領域では、例外的に混合診療解禁の余地も探っているもようだ。現行制度でも、一定の先進医療については、混合診療が認められているが、あくまで保険適用を前提としたものに限られる。したがって、別途ルールを作る必要がある。

 実際、この先、不妊治療の保険適用ルールがどう定まるかは不明だが、現場の治療実績を調べ、そのうち費用対効果に優れて安全性も担保された診療行為のみを保険適用とする、また混合診療解禁につながる改正も行っていくことになれば、かなり大掛かりな見直しであるのは間違いない。そうした見直しが実現した先には、何も不妊治療の領域にとどまらず、幅広く個々の診療行為において、アウトカム評価を重視して、保険適用の対象が費用対効果に優れたものに限定される可能性は十分にある。

 アウトカム評価の拡充は、厚労省にとって目下、重点課題であるだけに(関連記事)、今後の動向から目が離せない。

■変更履歴
記事初出時、「全ての診療行為」とあったのは「そのほかの各種診療行為」でした。お詫びして訂正します。記事は修正済みです。

(タイトル部のImage:kichigin19-stock.adobe.com)